第9話 絶対に嫁にはやらん!
僕の耳元でイズナは語った。
ソフィアとの出逢いを。
この奴隷島で出会い、イズナにとって初めて出来た友人がソフィアだったという。
この島に来てからイズナは奴隷達に酷く虐められたそうだ。そこに現れたのがソフィアだった。ソフィアは虐められていたイズナにも分け隔てなく優しく接した。それから何故かイズナの虐めはぱったりと止んだらしい、暗い絶望に取り憑かれたその時のイズナにとって、ソフィアは聖母の如き光そのものだったと言う。
「私は、ソフィアが好きです。
心のそこから愛してます、この奴隷島から必ずソフィアを救出し幸せにします!
だからここから出れたらソフィアを私にください!」
「舐めるなぁ!!」
蹴った、僕は覆い被さるイズナの身体を蹴って起き上がる。僕に蹴られたイズナは一回転見事な宙返りを披露して、着地した。
「ど、どうしてですか!お義兄さん!」
「黙れっ!!
僕をお兄さんと呼んでいいのはソフィアだけだ!!
いいか!?お前のような奴にソフィアは絶対にやらん!」
「どうして!?
こんなに愛してるのにどうして分かってくれないんですかっ!」
イズナは僕に向け拳を振りかぶる。
その拳を僕は避けた、
僕自身にも理由は分からないけど、ノリと勢いと思いで拳を避けられた。
そしてイズナに向けアッパーカット。
もちろんこれは避けられた、イズナのつけたアイマスクに拳の先がかする。
「ソフィアはお前の事が好きなのか!?
2人は愛し合っているのか!?
愛を誓い合ったのか!?」
「いや、それは…まだ。
まだ、ですけど!
必ずこの気持ちは…確かです。
私たちは通じ合ってるはずです!」
「話にならないな!
それじゃあ、お前の独りよがりだ!
ストーカーと同じ思考回路だ!
そんな男に認められるわけがないだろっ!
せめてキスくらいしてからこい!」
「ぐはっ…!」
もう殴ってはない。
イズナの方が勝手に倒れた。
「時間が…切れた…」
2分の赫瞳の時間が切れたのだろう。
ポタリポタリとイズナの眼球から血が滴っている。
それが涙なのかどうかは判別できなかった。
「参りました」
勝った。
なんだか腑に落ちないけど、イズナの戦意喪失で勝った。
え?
…勝ったんだよな…これ?
「なんじゃい、もう終わったんかい」
イズナに吹っ飛ばされた鎌鼬も合流する。
その時だった。
僕のアッパーカットのせいだろう。
イズナの狐のアイマスクが割れた。
ちょうどいい、ここでその姿を拝見させてもらおう。妹に手を出そうとした男の顔を見させてもらおう。
「…え??」
イズナの顔を隠した狐のアイマスク。
割れて顔を出したのは血の涙を流した、金髪ショートカット青目の可愛らしい少女だった。
ずっとイズナのことを男だと思っていたから女だったことにはまぁ腰を抜かすくらい驚いたけど、次の瞬間それ以上に驚くことになった。
「ごめんなさいっ!!」
イズナは突如、僕に向け土下座したのだ。
「私なんかが生意気言ってごめんなさい!!
あと、殴ったりしてごめんなさい!
ごめんなさい!ごめんなさい!許してください!
なんでもします!なんでもしますからぁ!!」
「い、イズナ…?」
「なんじゃあ?人が変わったようじゃの?」
鎌鼬もイズナの豹変ぶりには驚いたようだ。
「ごめんなさいっ!
出来心だったんですっ!
でも、ソフィアちゃんが好きなのは本当でっ!
私にはソフィアちゃんが必要で!
へへ、でもそうですよね…こんな私みたいなブスでクズにはソフィアちゃんは相応しくないですよね。
そうですよねわかりますうぬぼれていましたはらをきりますしにましょうどうせしょうもないじんせいですわたしなんかがしあわせに…ぶつぶつ…」
やばい。
イズナが壊れた。
壊れちゃった。
え?
これ、僕のせい?
僕が悪いの?
あの、最後のアッパーカットのせい?
「あーあ、やったなこれ」
鎌鼬が僕を見る。
修学旅行でふざけていたらうっかり歴史的建造物を破壊しちゃった中学生を遠くから見るような目つきで僕を見る。予期せず同級生の女子を泣かしちゃった時の友達みたいな態度で僕を見る。
いや他人事みたいに言うなよ!
お前だって飛び蹴りしただろう!
同罪だろ!
ああ!いや!それも僕が命令したからか!
そうだよ!僕の責任だよ、畜生!
「イズナっ!」
焦った。
なんだかよく分からない焦燥感につられ、
強くイズナの名前を呼ぶ。
「はっ!はひっ!!」
僕に恫喝されたのかと思ったのかイズナは胸の前に手を置き、ビクリと身体を浮かした。
「あっ!その、いやごめん!
驚かすつもりはなかったんだ…、えーっ。
とにかく謝らないで、ね、顔をあげてよ」
僕の言葉に顔をあげてくれたイズナ。
「その…そんなに自分を卑下しなくてもいいと思うよ?
殴る殴らないは…言いっこなしだと思うし…。
ソフィアのこともさ。
さっきは、その…カッとなってああ言ったけど。
もしソフィアが自分の心から結婚したいと言ったらボクは止めないと思うし、そこは祝福する」
「セト…さん」
「うん。
それにね、イズナは可愛いよ。
こうやって顔を見ればよく分かる。
ブスでもないしクズでもない。
とびきりの美人だ。
それになにより凄く強い。
イズナはもっと自分に自信を持っていいと思うんだ」
「え?…ええっ!!」
イズナは赤面して顔を隠した。
「いっ、いやっ!!ふ、ふひっ!
だ!ダメです!ダメですよぉ!!
私にはソフィアちゃんがいて…」
顔の前で手のひらをぶんぶん振るイズナ。
「で、でも、そこまで言うなら…結婚もやぶさかではないと言うか…。
求められちゃったら…んん…仕方ないと言うか…。
…それにソフィアちゃんの義姉として生きるってのも案外悪くないかもしれないし…形は違えど家族になれる……セトさんもソフィアちゃんと良く似てるし…結構美形」
人差し指同士を付き合わせてもじもじと視線が揺れる。
「チラッ…チラッ…。ま、まぁいいかなって!
えー、はっ!はいっ。
分かりました、喜んでっ!
子供は最低10人は欲しいですっ!
海の見える丘に家を立てて、老後は沢山の孫に囲まれて賑やかに!
最後は一緒のお墓に入って死にましょう!えへへ」
最後は満面の笑みを僕に向けた。
なるほど、どうやら僕らは結婚することになったらしい。
やば、可愛い…。
じゃなくて!
…色々と飛躍しすぎだ。
どうしてそうなった。
「セト…あの、ワシもう帰っていい?」
横の鎌鼬が退屈そうに言った。
「ああ。
ごめん、いいよ。
今回もありがとう鎌鼬、頼りにしてる」
僕は指を鳴らし鎌鼬を精霊界に返した。
鎌鼬の身体は淡い光に分裂し、やがて宙に消える。
出来てればこのまま一緒に精霊界に連れてって欲しかったけどあいにく、人間は入れないからなぁ。
「イズナはあがり症でね。
人前に素顔を晒すと恥ずかしさのあまり、ああなっちゃうのさね」
いつのまにか僕の背後にいたイシェトがそう説明する。
瞬間移動でここに着いたのだろう。
そうは言うが…イズナのコレはあがり症の一言で片付けていいものなのだろうか。
「二人の戦いはちゃんと見させて貰ったさね。
とりあえず、セト。
アンちゃんは合格」
合格した。
何かに受かったようだ。
喜べばいいのだろうか?
なんか貰えるのだろうか?
「そしてイズナ」
「は、はい!」
イシェトから名前を呼ばれて背筋を伸ばしたイズナ。
「不合格!」
「ええそんなぁ!」
だからなんなんだそれは!
合格したら何があるんだ!?
不合格だと何になるんだ!?
「不合格だからイズナには代わりの仮面を用意したさね。
つけときなさい」
「師匠!は、はい!分かりました」
イズナはイシェトから新しいアイマスクを受け取った。
今度は狐じゃなく猫の形をしていた。
そしてそれを装着した瞬間。
「ありがとうございます師匠。
気分が落ち着きました」
声のトーンがいつもの冷静なイズナへと戻った。
「で、合格したアンちゃんには」
な、なんだろう。
何かが貰えるのだろう。
少しドキドキ。
金一封とかだったらどうしましょ。
「ウチのキスを贈呈」
「いりません」
返せ、僕のドキドキを返せ。
てか酒飲んでただろアンタ。
悪酔いだ。
この人酔ったら、絡むタイプだ!
最悪だ!!
「じゃあイズナにあげちゃうもんねー、
んちゅー!」
イシェトは口を窄めイズナの頬にキスをしようとする。イズナは初めは少し嫌がったが、最後には満更でもなさそうに受け入れた。
「…あの、イシェト様。
イズナのあの性格は…なにかあったんですか?」
僕はイシェトに聞いた。
イシェトは初めあがり症だと言ってたが、絶対それだけでないことは分かる。
「忘れて下さい、セト」
「え?」
「少し前の私についての記憶を全て消してください、今ここで。すぐに!
さもなければ…」
赫瞳を僕に向けるイズナ。
「無理矢理消すしかありません」
ひえっ…おっかな。
おっかないなぁ。
その眼で人を脅すのは良くないよ、
うん、ホントニ、ヨクナイトオモイマス。
僕は目線でイシェトに助けを求めようとしたが、そこにはもうイシェトはいなかった。
悪意だ。
あからさまな悪意、遊びでこの猛獣の前に置いてかれたのだとすぐに気がついた。
「あ、ああ!
消す!消した!はい!今消しました!」
「…感謝します。
…顔を隠さないと私はおかしくなっちゃうんです。
パニックになって自分でも何をしてるか、何を言ってるか分からなくなる。
だから人に嫌がられ嫌われる」
独り言のように呟くイズナ。
僕に向けて言ってる訳ではないって分かってた。
けど、聞こえてしまったから、
つい答えてしまった。
「嫌いじゃないよ」
「え?」
聞き返すイズナ、僕は言葉を続ける。
「僕は別にイズナを嫌いだとは思わない。
今のイズナも素顔のイズナも、どちらも嫌じゃないし嫌いじゃない」
イズナは眼を丸くした。
と思いきやすぐ。
「忘れてくださいって言いましたよね!!」
赫瞳で僕をキツく睨みつける。
「え、ええ…あ、あう」
「いッ!言ったよねっ!!」
その後のことは記憶にない。
ただ、イズナには逆らってはいけないという恐怖心だけが身体に染み付いていた。
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