第11話 足手まとい


強いて理由をあげるなら昨日うまく寝付けなかったからだろう。

夢の中にいるということに気がついた。


定期的に夢をみる。

良いか悪いかで言ったら悪い方に分類される夢。


いますぐにでも目覚めたい悪魔。


僕は暗闇の海に沈む名もなきエキストラだった。

重力に流されるまま沈んでいけばそこには劇場が広がっていた。

水面から差す一点の光だけが舞台上に立つ女を写し照らしていた。


彼女は落ちていく僕を見上げていた。

僕はゆっくりと彼女と同じ舞台の上に立つ。


彼女はエリサ。

僕の暮らしていた村に住んでいた少女だった。

殺された、僕の幼馴染だった。


「遊ぼうよ、セト!」


エリサは昔のように僕を遊びに誘う。

無邪気に、気ままに、善意だけのピュアな感情で。


「いいよ、遊ぼう」


だから返した。

僕も同じような優しい気持ちで。


「じゃあ引っ張ってあげる」


エリサは笑った。

笑って僕の手を引いた。

そのまま舞台を抜け出して僕とエリサは歩いていた。

ただ真っ黒な道を2人で歩いていた。


「どこに連れて行く気?」


エリサに聞く。


「ん?」


「僕をどこに連れて行く気なの?エリサ?」


「思いださせてあげようと思って」


「思い出す?」


「うん。

忘れちゃいけない絶望を思い出させてあげる」


ーーー


僕は精霊の召喚術を生業とする村に生まれた。

そこはイコルという名の小さな田舎村だった。

村人は精霊術を使い生活のあらゆる面で精霊の力を借り共に暮らしていた。


だから僕らにとって精霊術というものは誇りあるものであり、人の評価の基準となる重要なステータス。

召喚術が上手ければ村でいい顔ができ、下手ならその逆。揶揄われ除け者にされる。


そんな村に住んでいた僕の一族。

ソフィール家は最古の精霊術師ソフィア・ソフィールの血を最も色濃く受け継ぐ、優れた召喚術師を排出する一族だった。


「なのにセトは魔法が使えなかったんだよね」


エリサが耳元で囁く。


そう。

僕は出来損ないだった。


ソフィールの名を継いで産まれたというのにもかかわらず、僕には魔法の才能がなかった。

だからというか、元々生まれつきそういう性格だったのかは分からない。

鶏が先か卵が先かみたいな無駄な問答になるから割愛。

とにかく、

僕は弱虫で、陰気で、いじめられっ子だった。

いつも村の子供たちに揶揄われ能力を持たないもの「能なし」と、いじめられていた。

大人達は子供のように直接悪口は言ってこなかったし、暴力も振るわなかったが陰湿だった。その目は冷酷で、召喚術を使えない僕を認めていなかった。

聞こえる範囲で悪口を言い、指を差し嘲笑う。


昔を思い出すと辛くなる。

村がなくなった今ですら、そう。

全てかなぐり捨てて、あんな村から出て行ってやろうと何度思ったことか分からない。

けど出ていかなかったのは、それ以上に僕を大切にしてくれた人がいたからだろう。


父は僕に熱心に召喚術を教えてくれた。何度教えられても出来ないのにそれでも教え方をあれこれと変えて何度も教えてくれた。


母は、村の外なら魔法が使えなくても生きていけると慰めてくれた。

母は元々村の外から来た人間で、その素性は教えてくれなかったが、高い教養を持っていた。

将来僕が村の外に出るだろうことを見越し、そのときに困らないようにと母の培った様々な知識を伝えてくれた。


妹は、…特に思いつかない。

ただ、いつも僕の背中についてきた。

そこには多分、愛があったように思える。


僕は多分、家族から愛されていた。のだと思う。

それを僕自身も感じていた、だから村から出なかった、繋ぎ止めていた。


けれども僕はやはり能なしだった。

愛だけじゃどうにもならない壁があった。


同年代にいじめられて、悔しくて、

それでもやり返すことも出来ない臆病者で。

そんな自分自身が嫌になって、死にたくなったときに決まって彼女は現れ助けてくれた。


エリサとは、小さい頃からずっと一緒だった。

村にいた唯一の友達だった。

エリサは明るく活発で、村のなかでも強かった。

精霊術の有無で人を区別せず、正義感に溢れる少女だった。


エリサはいじめられていた僕を見かけるといじめっ子を追い払い僕をかばってくれて、優しく笑ってくれた。


僕らは自然に友達になった。

エリサと過ごす時間は灰色だった生活に彩りを与えてくれた。

彼女と一緒にいるだけで、僕は少しだけ強くなれた気がした。エリサは僕の良いところを見てくれた、セトは頭がいいと言ってくれた。

嬉しかった。

ただただ、嬉しくて、嬉しくて。

エリサにもっと認められたい、褒められたい、

良いところを見て欲しい、

あわよくば僕を好きになって欲しい。

そんな滑稽な見栄のため自分にできる努力を惜しまなくなった。

いや、もっと簡単に率直に言おう。

自分を偽らずに言おう。

モテたかった。

とにかくモテたくて自分なりに頑張ったんだ。

今より、もっと賢くなれるよう勉強を頑張った。

母の持たない知識を持つ村の有識者の元に頭を下げ教えを乞うこともあった。

強くなる為に、父から小手先の戦闘術を教わった。


いつのまにか。

気がつけばいじめっ子すら追い返せる強さと自信を待てた。

自分を嫌う人の目を気にしない強さを得られた。

ちらほらとだが、僕を認めてくれる人も出てきた。


全て自分次第だった。

自分が変われば、物の見方がガラリと変わった。


まぁ、結局いくら努力してもエリサの僕に対する態度は一ミリも変化しなかったけど、

それでもよかった。


僕はもうイコルの村が嫌いじゃなくなった。

それどころか、今は大事な故郷とすら思える。



そんな僕だったが、

ある日を境に召喚術を扱えるようになった。

きっかけをくれたのはまたもやエリサだった。


「ねぇ、セト。

昔の人は魔法を使うのにわざわざ詠唱していたらしいよ?」


そこは村外れのボロ小屋。

以前住んでいた孤高の爺さんが死んでからはその小屋は僕とエリサの遊び場所になっていた。


「詠唱?」


「そ、言葉に出して魔法を使うんだって。

今からこの魔法を使うぞ―――!

いくぞーー!おーーーって!」


「そんなんで魔法が使えるわけないと思うけど」


気合とか気持ちで使えたらもとより苦労してない。

尻尾の持たない人間に気合いで尻尾を回せと言っているようなもんだ。


「そんなこと言わないで!

セトだってあのソフィア・ソフィールの血を継いでるんだよ?できないはずないよ。

ほら物は試し、やってみようよ、ね?」


ね?のタイミングでエリサは背中からなにかの本を取り出した。

それは酷く古びた、古本。

歴史があり、貴重なものだってことは、見れば一目でわかった。


「エリサ…それ…」


「えへへ。

おじいちゃんの書斎から持ってきちゃった」


「…げ!尻叩かれても知らねー」


エリサの祖父は村一番の学者であり頑固者として有名だ。子供どころか大人でも恐れ離れるような人。


「ば、バレなきゃ問題ないですから!」


そんなことよりもこれ見てよこれ。

と、そうエリサは芝に本を広げた。

本の一面には見たことのない文字の羅列が綴られていた。


「読めない…」


「これは昔の人が使っていた言葉。

ルーナ文字だよ」


「ルーナ文字…」


「昔の人が詠唱をして魔法を使ってたんなら、その言葉も昔に合わせてみるべきじゃない?」


確かに一理ある、とは思った。


「でも読めものをどうやって詠唱するんだよ?」


「大丈夫、私ちょっと読めるんだルーナ文字。

昔お爺ちゃんに教わって」


「…へぇ、そうなんだ」


ルーナ文字の話は初耳だった。

多分、話したいことならとっくに話してるだろう。

話してないってことはそういうこと。

これ以上深く言及しないことにした。


「じゃあセト。

今から私が読み上げる言葉を復唱して、いい?」


「ああ、分かったよ、いつでも」


ゲイリ・ゴウ・ガルス・ザン。


と、エリサは本を眺めながらカタコトにそう言った。


「それ、どういう意味なの?」


「ゲイリ(我)ゴウ(この場所)ガルス(魔物)ザン(召喚する)だって」


「魔物?なんで魔物?」


僕らが召喚するのは魔物じゃなくて、精霊だ。

精霊と魔物はきちん区別されてあるものである。


「精霊と魔物って元を辿れば同じなんだって。

昔は多分精霊って言葉がなかったんだと思う」


「へぇ、なるほど」


「ほら言ってみてよ、

ゲイリ・ゴウ・ガルス・ザン」


「…ゲイリ・ゴウ・ガルス・ザン」


半信半疑に僕も繰り返す。


「なんか変化ある?」


「全然ない」


「あれえ?」

おかしいなーいけると思ったんだけどなー。と頭を抱えるエリサ。

だから無駄だと言ったんだ。

そう言おうとしたその時だった。


身体の中で、不思議な力の循環を感じた。

こんな感覚は産まれて初めてだった。


「え、エリサ!」


僕はすぐにエリサの名を呼んだ。


「ん?どうしたの?」


「他には!?他には何か条件はない!?

いける…!かもしれないんだ!

なんだかわからないけど、そんな感じがするんだ!」


「え?!う、嘘!ちょ、ちょっと待ってね!!」


エリサは古本のページを急ぎ捲った。


「あ。あった。

血…昔の人は自分の血を使っていたらしい。

術者本人の血を使って魔法陣を描き、そこから魔物を召喚したんだって…」


血で召喚陣…。

僕はすぐさまエリサと距離を置いた。

右手の爪で左腕を縦に引き裂き出血させる。

想像以上の出血、絶する痛み。

けどそんなものはこの勢いの前ではどうでもよかった。


「ゲイリ・ゴウ・ガルス・ザン!!」


詠唱に合わせて、血に流れた血が魔法陣に姿を変える。


いける。

疑心が確信に変わった瞬間だった。


「呼び出す精霊の名前を呼んで、セト!!」


精霊。

エリサに言われ。

僕の家に代々仕える精霊の名前がパッと浮かんだ。

昔、父が僕の目の前で召喚した精霊。

将来僕にくれると言ってくれた、

鎌の尻尾を持った鼬の精霊が。


「鎌鼬!!」


魔法陣の中心から

突風が荒々しく吹き荒れ、そいつは現れた。


「ふん、呼び出すのが遅いんじゃ、カインのガキ…」


僕の目の前で腕を組む鎌鼬。


「…鎌鼬」


感動して言葉が出なかった。

こいつが僕の精霊。

これが僕の魔法。

僕は今ここで召喚術師になれたのだ。


「やったね!セト!」


僕と鎌鼬が視線を交差させるその間、エリサが僕に抱きついた。


「え、エリサ…」


急なスキンシップだった。

僕はエリサの顔をちゃんと見れなかった。

照れてしまって、それどころじゃなかった。


「やった!やったよ!

ついにセトが召喚士になった!」


エリサ僕のように恥ずかしさなんて気にせず僕の分まで喜んでくれた。

やった、やったと抱きついたままピョンピョンと跳ねて笑顔で泣いてくれた。


「これでもう、落ちこぼれなんて言われないね!」


「うっ、うん、エリサ。

あの、ちょっと苦しいかも」


「あっ…!」


エリサは自分のやってることに気が付いたのだろう。

顔を赤らめ僕から一歩離れた。


「あ、…こほん。

その、私も手伝ったんだからそりゃあちょっとは嬉しかったんだよ…ね」


そのまま、頬をかいたエリサ。


「…エリサ…ありがとう」


「…うんっ!」


そうだ。

僕はエリサのお陰で召喚術を扱えるようになった。

あの日のことは今でもよく覚えている。

この時のエリサへの恩は多分一生消えることはないと思うし、消すこともないと思う。


思い起こせば、

僕はきっとエリサのことが好きだったんだろう。

子供なりに恋をしていた。


けど、やはり子供なりだった。

恋をしたことに気がつかなかった。

いや気が付いてたのかもしれない。

僕は同年代よりもませてたし、拗れていた。

きっと、自分の気持ちを薄ら分かっていた。


ちょっとの勇気でエリサに好きとは言えたはずだ。


臆病だっただけだ、関係を壊すのが怖かった。

エリサとの関係が悪い方向に壊れてしまうんじゃないかって思ってしまった。


いつか伝えられればいいとそう思っていた。

機会があればやれればその時でいいやと。

今日と同じような明日が当たり前のように来るって思っていた。


今じゃ後悔ばかり。

全てが遅かった。

遅かったんだ。


「へぇそうなんだ。

セトは私のことが好きだったんだ」


僕の隣で、暗闇の中から僕とともに過去を見ていたエリサが言う。


「そうだよ…

僕はエリサが好きだったんだ」


やっといえた。

言いたかった言葉を。

でもすっきりなんてしない。

虚しい、それだけ。

ただそれだけ。


「そうなんだ、嬉しいけど、悲しいね」


悲しい。


「そうだね、悲しい。とても悲しいよ」


分かっていた、本物のエリサは死んでいる。

ここにいるエリサは幻だ。

都合の良い夢だ。

僕が作り出した偽物だ。

意のままに動く傀儡でしかない。

だからほら。


「私も好きだったよセトのこと」


指先一つで、簡単に動かせる。

所詮は夢人形。

孤独を紛らわすためのもの。

魂の入ってない肉の塊に過ぎない。

でも、それでもなお。そばにいてほしかった。

これから見るだろう破滅は一人じゃ耐えられるものじゃなかった。


「ごめんね、エリサ」


君を冒涜してごめん。


「いいよ」


「…」


「最後まで一緒にいてあげる」


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