第18話 コミュニケーション
フードを被った集団の中で1番背の高い男が息を吸う。
「我らは偉大なる始祖の子であり、この戦争を勝利に導くために学園から来た魔術師である! 感謝するが良い!!」
偉大なる始祖、戦争、魔術師。気になる単語が幾つも男の口から溢れ出す。
大声を至近距離で浴びたギルド職員は、丁寧にその男に声をかける。
「久坂様、この度はご援助ありがとうございます。この者たちは久坂様たちの盾となる傭兵です。どうぞお好きなように使ってください」
ギルド職員はそう言って退室した。
呆然とした俺たち傭兵は、久坂と呼ばれた男によってそれぞれ盾となる対象を決められた。
学園の魔術師1人に対して傭兵1人が担当するという、護衛としてではなく本当に盾として使われそうな配属だった。
久坂は俺を見て、チビにはチビを当ててやると言って魔術師の中で1番背の低い人とペアにした。
普通に腹が立った。
だけど、それよりもペアになった人に自己紹介をしなければならないと思い、そっちを優先した。
「石黒透です。短い間ですが、よろしくお願いします」
この人も久坂みたいな感じだったらどうしようと若干ドキドキしながら返事を待つ。
「……」
「……」
しかし、目の前のフードの人物は何も言わない。シカトされた。
最近シカトされることが多い気がする。
しばらくすると、フードから見え隠れしている目が俺の手元の方に向いた——気がする。
フードを深く被っており、俺より身長が低いからしっかりとは顔が見えないのだ。
「……ニク」
「え?」
突然のことだったから戸惑ってしまう。
「名前……ニク……」
そこで俺の手元を見た理由が分かった。こいつは番号を見ていたんだ。29番だからニク。名前を教える気がないようだ。
俺も馬鹿正直に本名伝えるんじゃなかった。
適当にホタルに付けられたクロ——は縁を切るからダメとして、グロとか偽名を名乗っておけば良かった。
「名前はもうそれでいいけど、もっときちんと話そうよ。俺たちは今から背中を預けるんだから」
ギルド職員にも盾と言われた身分でこんなことを言うのはおかしいと思いつつ、言葉を吐き出した。
「喋るの……面倒くさい」
喋り方のせいか、ニクから幼い印象を受けた。声が少し高いのも性別によるものなのか、年齢によるものなのかも分からない。
だけど別に性別とか年齢はどうでもいい。
今大事なのはコミュニケーションを取れていないことだ。俺は死ぬ覚悟はできてるけど、コミュニケーション不足とかいう理由で死ぬのは嫌だ。
どうにかしてニクと最低限でも話せるようにしたい。
今更ながらホタルがどれだけ良いパートナーだったか思い知らされる。
#
「なぁ、ニク。好きな食べ物は何だ?」
「……お肉」
「なぁ、ニク。好きな動物は何だ?」
「……ネズミ」
「なぁ、ニク——」
作戦会議から数十分後、すぐにダンジョンに突入することになり、今は竜種がいるとされている場所に向かう途中だ。
1階層で現れる魔物は瞬く間に狩られて、俺たちは暇を持て余すことになったのでコミュニケーションを取ることにした。
その成果は無いに等しいけど、ニクは俺の質問には必ず答えてくれるから暇な間続けることにした。
「なぁ、ニク。始祖って何だ?」
ずっと気になってた単語の説明をニクに求める。
しかし、答えたのは別の人物だった。
「我らが偉大なる始祖とは、強大で、恐ろしい、人間のその先にある種族なのだ!!」
鼻息を荒くして答えたのは久坂だった。
久坂は背が高いから自慢げな顔がはっきりと見えた。
「始祖は信仰対象ってことか?」
久坂と話すつもりは無かったけど、話題が気になるものだったので話を続けることにした。
「いや、信仰対象は学園だ。始祖は新たなる種族の総称である」
新たなる種族——始祖ってのは人間じゃないのか?
レベルが上がれば見た目が変わるのは聞いたことがある。それを始祖って言ってるのだろうか。
久坂に詳しい話を聞こうとすると、前の方から警戒を促す声が聞こえた。
どうやら竜種がいると思われるエリアに入ったようだ。
久坂は特に気にした風にも見えないが、俺が話しかけたせいで大規模レイドが失敗したら嫌なので大人しく警戒しておく。
ランク持ちの傭兵が前の方にいて、その後ろに重そうな荷物を担いでいるランク無しの傭兵。そして更にその後ろ、最後列に学園の魔術師と俺たち付き添いの傭兵が歩いている。
……いや、最前列のランク持ちの傭兵に紛れて何人か妙にビクついているのが歩いている。
あれはランク持ちじゃなさそうだ。
武器も安っぽいし、明らかに若い。多分俺と同じくらいの年齢だ。
あれは数合わせ……それか、囮かな?
数合わせだとしたらランク持ちと一緒に戦わせるのはおかしい。この大規模レイドに参加しているランク持ちは会議室で見たところ、大半がダンジョン武器——刻印が施された武器を持っていた。
ダンジョン武器はホタルのやつを見てある程度の危険性は分かっている。
ダンジョン武器の力は強大だ。使い手にある程度の実力が無ければ、味方を巻き込む自爆装置となる。
俺がホタルから刻印の提案をされて断ったのは、借りを作りたくないというのも本当だけど、1番の理由は扱いきれないからだ。
そんなダンジョン武器を使うというのに、初めて会ったランク無し傭兵が近くをうろちょろしてたら邪魔だろう。
目の前の敵に集中したいのに横にいる味方にも注意を払う必要があるのは、数を増やしたところで埋まる損失ではない。
まぁ、これも経験が浅いランク無し傭兵の推測だから合ってるか分からないけど。
そんなことを考えていると、前にいた久坂の足が止まる。俺もそれに倣って足を止めた。
どうしたのかと思って前の方を見ると、2階層を示す青い光が見えた。
どうやら考え事をしているうちに、最奥まで着いてしまったようだ。
辺りを見渡す。
何もない。
上を向いても、高くて広いドーム状の天井が広がってるだけ。
竜種は1体も存在していない。
不自然なほどに静かだ。
「ふむ」
久坂は何か納得したような声を出すと、青い光とは逆の方向。俺たちが歩いて来た道の上空に向けて、軽くデコピンをした。
すると、小さな赤い炎の球が高速で飛んでいき、途中で消えた。
そして、グギャという声と共に1体の小さな竜種がどこからともなく現れ、地面に落ちた。
それと同時にさっきとは打って変わって羽音で騒がしくなり、先程の竜種同様どこからともなく現れる。
その中心にいた赤い大きな竜種。レッドドラゴンは俺たちに向けて滑空を始めていた。
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