第9話 散歩
「クロ、おはようございます」
「おはようホタル」
学校に着いて席に座ると、ホタルが挨拶をしにやって来る。
昨日まで俺をクラスメイトとして認識してなかったとは思えない親密さだ。
「少しここに居ていいですか? 私の席の周りが少し騒がしいので」
ホタルが申し訳なさそうに言う。
「別にいいけど……あぁ、藤野か」
視界の端で騒いでいる一団を捉える。
その中心には制服を着崩した藤野の姿があった。
「なぁ、藤野! 動物型の魔物倒したって本当か!?」
「本当だとも。大剣でヤツの腹を両断してやったぞ」
「すごいな! 藤野なら学園から推薦貰えるんじゃないか?」
学園とは、学園自治区にある学校のことだろう。あそこは優秀な学生傭兵を推薦で入学、もしくは編入させているという噂がある。
「ここだけの話なんだけどさ、俺もう推薦貰ってるんだよ。なんか、優秀な傭兵の素質があるからって」
藤野とその取り巻きたちの会話は、教室の対角線上にある俺の席まで聞こえている。
そして、藤野はわざとそうしているのだろう。
さっきからこっちをチラチラと見てくる。
正確には俺ではなく、ホタルに熱い視線を送っている。
ホタルの席の近くで騒いでいたのはホタルにこの話を聞かせるためだったのだろう。
ホタルはヤクザの娘という噂はあるけど、顔は恐ろしく整っているためモテる。
凛とした立ち姿と冷たい瞳はとても同学年とは思えない。
そんなホタルは、真偽は定かではないが強い男が好みだという噂がある。
藤野はその話を聞いて、傭兵になった自分ならいけると思ったのだろうか。
しかし、残念ながらホタルは動物型どころかゴーレムを倒せる実力者だ。
ホタルの言う強い男というのはどんな化け物のことを指すのだろうか。
「藤野」
俺は声に釣られて扉の方に顔を向ける。
そこには、魔物より恐ろしい威圧を放っている野村先生がいた。
メガネの奥に見える瞳が爛々と燃えている。
「昼休みの始めに生徒指導室へ来い」
野村先生の声は藤野にも届いたようで、藤野は不機嫌そうに小さく「うい」と返事をした。
ダンジョン嫌いの野村先生の前でダンジョンの自慢話をしたんだ。昼休みだけでは済まず、放課後までこっぴどく説教される可能性もある。
藤野、憐れだ。
#
「クロ、今日も弁当食べますよね?」
「ありがたく頂くよ」
ホタルと一緒に教室を出て、昨日と同じ屋上前の階段に向かう。
俺とホタルは前の授業の片付けとかをしていたせいで、時間があまり残されていないことを気にして早足になる。
その途中で、野村先生と歩く藤野の姿を見つけた。
藤野は生徒指導を面倒だと言って、4時間目の途中でどこかへ走り去ったはずだ。
それなのに、野村先生と一緒にいるということは、逃亡も虚しく捕まってしまったのだろう。
ちなみに、俺とホタルが遅くまで片付けをしていたのは藤野のせいだ。
俺と藤野は同じ班で実験しており、本来は4人班であるところ、内2人が欠席のため俺と藤野しかメンバーがいなかった。そして、藤野は片付けの時間になると逃げたので、俺1人になってしまった。ホタルはそれを手伝ってくれたという形だ。
——藤野と目が合う。
「石黒! お前やっぱり——」
「藤野」
俺に飛びかかる勢いだった藤野は野村先生の一言で止まる。
「覚えておけよ」
キッという表情で睨み付けてくる。
藤野は野村先生と共に再び歩き始めた。
何を覚えておけばいいのか分からない。
それに、覚えて欲しいのはこっちの方だ。
俺の時間を奪った恨み、いつか晴らしてやる。
#
「クロはあの騒がしい人と仲良いんですか?」
弁当を食べている途中でホタルが話を切り出す。
ちなみに、今日の弁当はオムライスだ。
「騒がしい人——藤野のことか。あいつとは仲良くないよ」
ホタルは相変わらず他人に興味がないようだ。俺のときと同じで、クラスメイトなのに名前も覚えていない。
「そうですか。それじゃあ排除してもいいですね」
なんか怖いこと言ってる。
聞かなかったことにしよう。
「あ、そういえば今日用事あるからさ、ダンジョンは休みでいい?」
強引に話を変える。
「はい、大丈夫ですよ。でも、用事の内容は聞いてもいいですか?」
「うーん、そんな大したことではないよ。ちょっとした野暮用」
ホタルにはまだ言えない。
#
「キュウリ、出て来ていいよ」
「キュキュ」
通学用バッグを下ろし、キュウリを出す。
キュウリはモゾモゾとバッグから這い出て、ダンジョンの空気に触れる。
しばらく困惑していたけど、数秒もすればはしゃぎ回りだした。
「ここでなら好きなだけ暴れていいからなー」
そう、野暮用とはキュウリの散歩だ。
今日の朝、キュウリがやけに元気がなかったので、気分転換として散歩に来た。
散歩と言っても、キュウリはドラゴンだから公園とかに行くことはできない。なので、ダンジョンの人気の無さそうな場所に来た。
ダンジョンだから他の傭兵にキュウリを見られる可能性もあるけど、その時は『テイム』スキルの効果だとか適当に言っておけばいい。
傭兵は基本的に過度な接触を嫌う。
ダンジョン内ではお互い殺気立っていることもあり、殺し合いに発展する可能性もある。
だから、もし『テイム』スキルについて疑いを持っても詳しく聞こうとする人はいないはずだ。
「キュウリ、あれがスライムだ。遊んできていいぞ」
キュウリは俺の言葉を聞くと、スライムの方に飛んだ。
そして、スライムと衝突してスライムを吹き飛ばした。
幼体とはいえドラゴンだ。ここら辺の魔物は敵ではない。
「ん、魔石くれるのか? サンキュー」
キュウリが魔石を口に咥えて持って来た。
どうやら、俺にくれるらしい。
「スライム槍に合成するか」
魔石を魔力に変え、薙刀の中にあるスライム槍に溶け込ませる。そして、俺の魔力も追加で注げば完成だ。
スライムの魔石は売っても大したお金にならない。
だから、専業の傭兵は荷物を減らすために、そこら辺に捨てることもある。
それを拾ったときはラッキーだ。確かにスライムの魔石は安いけど、俺にとっては宝石のようなものだ。
さっきの魔石のように、スライム槍に合成すればいいからな。
ちょっと得した気分になる。
「これで丁度30個目……」
ポケットから取り出したメモ帳に書き込む。
ダンジョン用にポケットがたくさん付いているズボンを履いているので、ポケットの中はジャラジャラと色々なものが入っている。
メモに『スライム槍を試す相手がいない』と追加で書く。
気づいたこともメモ帳には書くように習慣付けている。
「キュウリ、もう少し奥まで行っていいか?」
「キュ!」
上機嫌のキュウリは元気よく返事する。
魔物は魔力の濃い場所の方が過ごしやすいって聞いたことあるけど、それはキュウリも例外ではないようだ。
そして、俺もダンジョンの魔力に順応が進んできて、以前よりもダンジョン内が快適になった。
ダンジョンの暗闇へと進む。
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