第10話 誘い

 順応とは、魔力への適応のことである。


 その適応の高さはレベルとして数値化されることもあり、傭兵の強さの指標としても使われる。

 レベル5を超えたら超人。レベル10にもなれば人外という具合だ。実際にレベル10になると角とか翼が生えるとかいう噂もある。


 順応が進むのは、ダンジョンに潜り、体が魔力に触れた時だ。

 ダンジョンは奥に進むほど魔力の密度が高くなる。だから、ダンジョンの奥に行くほど魔物と人間問わず順応が進んでいて、常識外の強さを誇る。


「キュウリ、お前のレベルはどれ位なんだろうな」


「キュ?」


 魔石を飲み込むキュウリに語りかける。

 ポケットがいっぱいになったからもういらないと言うと、キュウリは魔石を飲み込むようになった。


 ポケットが満杯になったと気づいた時はかなり焦った。

 これまでの探索では一度も満杯にならなかったのだ。今日も浅いところでの探索の予定だったから魔石を入れる袋なんて準備していない。持って帰れないと分かった時は、結構ショックだった。


 魔石がなぜこんなにも集まるのか。それは、ダンジョンの奥に進むと一度に現れる魔物の数が増えるのが原因だ。

 今終わった戦いでは、狼型3体、ウサギ型2体の計5体の魔物が現れた。


 そして、今回の戦いも俺は参加しなかった。

 いや、できなかったという方が正しい。


 キュウリの強さは想像以上だった。

 キュウリはホタルと似ている。

 現れた魔物に近づき、圧倒的な強さで蹂躙する。それだけで戦闘が完結する。


 あぁ、羨ましい。


 そう思ってしまった俺は悪くないはずだ。

 キュウリやホタルを見ていると、俺は平凡な人間なんだと再認識させられる。


 別に平凡で悪いというわけではない。

 分かっていたことだ。だけど、悔しい。

 俺は思ったより負けず嫌いのようだ。


「キュウリ、それ美味しいのか?」


 4つ目の魔石を食べ終わったキュウリは、俺の問いに「キュッ!」と答える。


「じゃあさ、俺にそれ1つだけくれないか?」


 そう言うと、キュウリは嬉しそうに俺の元へ魔石を咥えて持って来てくれた。


「ありがとう」


 ふと、思いついたことをやってみる。

 まず、『武器錬成』を使って魔石を魔力の状態にする。


 次は、魔力をほぐすようにグニャグニャと動かす。

 そして、それを完成品として認識する。


「あーん」


 最後に、液体のようになった魔石を口に放り込み、くちゃくちゃと動かす。

 魔石は味のしないガムみたいで普通に不味かった。


 ——今やったのは、『武器錬成』と魔石の実験だ。


 最初に『武器錬成』について。


 俺は以前スライム槍をスキルの設計図無しで作り上げた。

 その経験で、俺はスキルに囚われ過ぎているのではないかと思った。

 だから、武器ではないものを作ってみた。

 結果は成功だ。

 魔石を魔力に戻して少し形を変えただけなので簡単に作れるものだったとは言え、武器以外のものを作れたのだ。

 これで作れるものの範囲が広がった。


 次に魔石について。


 キュウリは普段の生活からは想像できないけど、一応魔物である。


 それなら、魔物であるキュウリが食べる魔石は何かあるのではないか。

 キュウリは普段何でも口にするタイプではない。ちゃんと、食べられるものを選んで口にしている。

 そんなキュウリが誤って魔石を食べるとは思えない。それなら、キュウリが魔石を食べる理由があるはずだ。

 まず考えられるのが魔力の補給。

 魔石は魔力の塊だということは既に分かっている。これが1番可能性が高い。

 次に考えられるのは、嗜好品として食べているということ。

 さっき俺の「美味しいか」という問いに多分YESと答えた。以前から俺の言葉を理解している節があるので、恐らく間違いではない。

 他にも色々と可能性は考えられるけど、可能性が高いのはこの2つだ。


 まぁ、考えるのは結果が出てからにしよう。


 そう思って、魔石を飲み込む。

 魔石が食道を通っているのを感じる。

 少し通った場所が熱くなっている気がしなくはないが、あまり変化は感じられない。

 いや、少し魔力が増えた気もする。


 体の中の魔力に集中するけど、魔力の詳しい残存量なんてよく分からない。

 もっと食べてみないと効果が確かなものだと言えない。


 だけど、もし本当に魔力を回復することができるとすれば、魔力回復アイテムとして売って大儲けできるかもしれない。


 スキルは基本的に自身の魔力を使って行使する。モノによるけど魔力を大量に使ってガス欠になることもある。

 そのときに魔力を回復するアイテムがあればどれだけ助かるだろうか。

 現在、魔力を回復することができるものは、どこにも売られていない。つまり、俺が今これを売り出せば莫大な資産を作り出すことが可能性としては十分あり得る。


 まぁ、色んなところに敵を作ることになるだろうけど。


「キュウリ帰るぞー」


 飛び回って遊んでいたキュウリを呼び戻し、来た道を戻る。

 今日はもう疲れた。

 実験はまた今度にしよう。


 #


「石黒くん、お疲れ様」


 いつも通り、自動改札機みたいなゲートにカードをかざして地上に出ると、ギルド職員の服を着た女性に名前を呼ばれた。


「あ、加藤さん」


 探索初日に武器を持ってなかった俺を呼び止めた人物だ。

 あれからも何回か話している。


「怪我はない? 無理してない?」


「はい、今日は相方もいないので浅いところしか行ってません」


 俺この人に対して嘘ばっかり言ってる気がする。


「それは良かったわ。夜船ちゃんだっけ? あの可愛い子と一緒に潜ったときゴーレムの魔石を持って来たから心配してたのよ。最近は新人の死亡率が高くなってるから気をつけてね」


 以前、ゴーレムが壁から現れた時に念の為、受付をしていた加藤さんに異常事態として伝えたのだ。

 傭兵は異常事態と考えられることが起こったらギルドの受付に伝えることが義務付けられている。


「はい、ありがとうございます。……そのチラシは何ですか?」


 加藤さんが手に持っているチラシに指を指す。


「あぁ、これね。これは大規模レイドの募集よ。今からボードに貼りに行こうとしてたの。——そうだ! 石黒くんもこれに参加してみない? 戦うのはベテランの人たちで石黒くんは荷物持ちとかに配置されると思うから危険はないわ。いい経験になるし、それに……かなり稼げるの。なんとね、参加するだけで軽く1000万円は貰えるわ」


 指でお金マークを作った加藤さんがニヤっとした顔になる。


「うーん、ちょっと家で考えてもいいですか? あまりこういう判断は簡単にしたくないので」


 1000万円という莫大なお金に衝撃を受けたけど、額が大きすぎて逆に落ち着いて返事できた。


「えぇ、もちろん」


「ありがとうございます。それじゃあまた」


「またねぇー」


 俺は小走りで立ち去る。

 周りを見ると、もう視線はない。

 さっきまであった大量の刺すような視線が嘘かのようだ。


 多分、さっきまでのは加藤さんと話していることへの嫉妬か何かだろう。あの人、なんかふわふわしていてモテそうな雰囲気を持っているからな。


 俺が走って向かった先は、自動換金機だ。

 自動換金機はその名の通り、カードと魔石を入れると自動で換金してくれる優れものだ。


 カードと魔石を投入してしばらく待つと、換金額が表示される。

 今日は5800円だった。

 途中から拾えなくなったし、こんなものだろう。


 満足だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る