第12話 妹

「どれにしようかな」


 しばらく悩んだ末、シュークリームを手に取り、レジへと持って行く。

 会計を済ませたらいつも通りの道を歩き、通い慣れた病室に辿り着く。


「沙羅、入るよ」


 ノックをして声をかけると、「はーい」という返事が聞こえた。


「沙羅久しぶり」


 病室に入り、久しぶりの挨拶をする。


「久しぶり、兄貴。元気だった?」


 沙羅はいつも通り患者用ベッドに背を預け、こちらに笑顔を向けた。


「それはこっちのセリフだよ。……まぁ、そうだね元気だったよ。最近来れなくてごめんな、ちょっと忙しかったんだよ。はい、これはそのお詫び」


 荷物を部屋の隅に置くついでに、さっき買ったばかりのシュークリームを備え付けのテーブルに載せる。


 すると、沙羅は分かりやすく目を輝かせた。

 テーブルに手を伸ばしてシュークリームを取った沙羅は、そそくさと袋を開けて食べる準備を始めた。


「兄貴いつの間にこんな気遣いができるようになったの⁉︎ あ、あれだね。彼女できたんだ! そりゃあ忙しくなるよね。兄貴の彼女どんな人なんだろ……」


 沙羅は1人で舞い上がり、その興奮を抑えきれないままシュークリームにかぶりつく。


「彼女できてねぇよ。折角優しくしてあげたのに酷い言い草だな。次からは買ってこないぞ」


「んー! ごめんって! それは勘弁して! えっとじゃあさ、忙しい原因ってアレ?」


 咲紀の指に従って目線をずらすと、俺のバッグがあった。

 そして、そのバッグは横に少し揺れた後、コテンと前に倒れた。


「…………」

「…………」


 今日はダンジョンに行ってそのままの格好でここに来た。

 つまり、キュウリが入っているバッグも持って来ているという訳だ。


「……まぁ、沙羅ならいいか」


 もう開き直ることにした。


「ん? 何が?」


「今からバッグの中身を見せる。だけど、他の人にバレたら面倒だからあまり騒ぐなよ」


「え、何。そんなヤバいやつ?」


 キュウリの存在が知れ渡れば面倒なことになるのは確実だ。

 まぁ、そうは言っても調べた限りでは法律上は禁止されていない。

 だから、バレたからと言って俺やキュウリが拘束されたり殺されるようなことはない。

 必要以上に騒ぎを起こしたりしない限りは警察のお世話になったりはしない……はずだ。


「キュウリ出てきていいよ」


 バッグのファスナーを開け、キュウリを外に出す。

 そして、キュウリの丸いお腹を両手で掴み、沙羅の近くに置く。


「何この可愛いプニプニ⁉︎」


「名前はキュウリ。多分ドラゴン。この前拾った」


「拾ったって……どこで?」


「ん? 橋の下」


「そんなベタなことある⁉︎」


 沙羅は手を使って大袈裟に驚く。


「厳密に言えば拾ったわけではない。雨の日にこいつが橋の下で腹空かせてたから、スーパーで安売りしていたキュウリをあげたんだ。そしたら家まで着いて来た」


「もしかして、名付けの理由それ?」


「うん」


「……兄貴ってそういうの結構あるよね」


 呆れた風に沙紀が言う。

 とてつもなく馬鹿にされた気分だ。


「なんだよ、そういうのって」


「変なものでもとりあえずポケットに入れたり、絶対食べられないものも口に入れたり……身に覚えない?」


「…………」


 ないと言えば嘘になるので沈黙で答える。


「はぁ……別にとやかく言うつもりは無いよ。兄貴には自分の好きなようにして欲しいからね。幸いにも行方不明のお父さんが私の入院代諸々を毎月振り込んでいるから兄貴の足引っ張るようなことにはならないし、なんなら私のことは放っておいても……いや、それは寂しいからたまには来て欲しいけど」


「沙羅に言われなくても結構好き勝手してるから大丈夫」


 沙羅が疑いの目をこちらに向けて来た。

 どれだけ俺のことが信用できないんだ。

 一応俺はお前の兄だぞ。


「兄貴は——」


 沙羅の言葉はノックの音で止められる。


「石黒さーん、注射の時間ですよー」


 看護師の人が俺の方に一礼してから準備を始める。

 キュウリは扉の先に人の気配を感じた瞬間にバッグに戻しているから、看護師の人も特に気にした素振りも見せない。


「じゃあ俺もそろそろ帰るわ」


 またな、という言葉を残して病室を後にする。


「次も何か買って来てやるか」


 沙羅は治療とか大変だろうから、労いとして定期的に持っていくのも良いかもしれない。


 俺はこの病室で沙羅を見ることはもう無いとも知らず、プリンにするかゼリーにするか悩みながら白い廊下を歩く。

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