第7話 刻印

「はぁあああッ」


 夜船さんが声を上げながら刀を横に振り抜く。


 しかし、夜船さんの刀はゴーレムの体を斬ることはできず、弾かれた。

 ゴーレムの体は文字通り岩みたいだった。

 刀であれを切り飛ばす姿が想像できない。


「石黒さん、刻印を使います。1分ほど時間を稼いでください」


 夜船さんはそう言ってゴーレムから少し離れた場所に行き、目を閉じる。

 今ゴーレムから攻撃を受けたら死ぬのは分かってやっているんだろう。

 俺はこの短い時間で信頼を勝ち取ったようだ。


「それなら、その信頼には応えないとな」


 ボソッと独り言を言う。

 俺はその言葉を守るため、ゴーレムの足止めを始めた。


 ゴーレムがゆっくりと無防備の夜船さんの方に歩いて行くのを、ガラ空きの背中を切り付けることで阻止する。

 擦り傷も付けられなかったが、ゴーレムの気をこっちに向けるのには成功した。


「ガァアアア」


 ゴーレムは振り向くと共に、拳を振るう。

 その拳を俺は避けることができず、薙刀を盾にして防御したのに数メートル吹っ飛ばされた。


「……バキって言った」


 殴られた肋骨が痛む。

 満足に動けそうにない。

 盾にした薙刀も拳の跡がくっきり残っている。


「これはもう使えないな」


 中にあるスライム槍は無事なようなので、取り出したスライム槍を投げようと弓のように体をしならせるが、肋骨が痛すぎて真っ直ぐ飛ばず、力なく空中に放り投げられた。


 だけど、これでいい。


 空中にあるスライム槍は操られるように穂先の向きを変え、ゴーレムへと向かう。

 驚いたゴーレムは腕を前に出して防御体制をとるが、槍はそれも貫いて体に穴を開ける。


 スライム槍はゴーレムと相性が良いようで、刀のときとは違いすんなりと攻撃が通った。


 だけど、地面にあるスライム槍を再び浮かせようとしてもピクリとも動かない。俺ができるのは穂先を変えるのと、少しの推進力を与えることだけのようだ。スライム槍は使い捨てだという認識に改めて行動する。


 ゴーレムが硬直している間に、夜船にもしもの時のためと渡されていたポーションを飲む。

 痛みがじわじわと引いて行く。


「これ高いのに……」


 俺が苦言を呈したのと同時に、ゴーレムは俺に向かって走り始めた。

 大きな体を揺らしながら走っている。

 穴が空いたはずの体は、すっかり綺麗に直っていた。

 再生待ちのようだ。


 でも、大丈夫。


「おかわりは沢山あるからな」


 ポケットにしまっておいた魔石を空中に放り投げる。

 そして、その魔石の魔力を動かしてスライム槍を作る。


 その数6本。


 一つのスライム槍に4個の魔石を使うため、今回使ったのは24個の魔石だ。


「お前のおかげで大赤字だよ」


 空中に浮かせていたスライム槍の穂先をゴーレムに合わせ、発射させる。


 ゴーレムはさっきので学んだのか大きな体を動かして大袈裟に避ける。

 その巨体が満足に動けるスペースはここにはないため、体を壁にぶつける。

 スライム槍は通り過ぎた後もカーブを描き、ゴーレムの体に向かって突き進む。


 その過程で2本壁にぶつかり制御不可能になったけど、4本のスライム槍がゴーレムの体に穴を開けるのに成功した。


「ガァアアアアア!!!!」


 ゴーレムはさっきとは違って一瞬の硬直もなく、怒り狂った。


 ドスドスと巨体を揺らして走って来る。


「しゃがんでください!」


 声に従ってしゃがむ。

 ゴーレムがすぐそこまで来ていたが気にしない。


「『スラッシュ』」


 その言葉と同時にゴーレムの体は腹で上下に分かれて倒れる。


 夜船さんの刻印が発動したようだ。

 夜船さんからある程度の話は聞いていたけど、想像以上だ。『斬撃を飛ばす』単純だけど強力だ。

 壁も傷が入っているのを見ると攻撃範囲も広い。


 俺が夜船さんと戦うとしたら、どうすれば勝てるだろうか。


 近寄れば刀の技巧に対抗できずにやられ、離れればスライム槍で攻撃できるけどあっちも『スラッシュ』——斬撃を飛ばす攻撃方法がある。

 いや、だけどホタルは刻印を使うのに1分もかかった。

 奇襲すれば勝てる——


「やりましたよ、クロ!」


「へ?」


 夜船さんがパーを俺の前に差し出す。


「へ? じゃないですよ。ハイタッチです」


「あぁ、うん」


 俺たちはハイタッチをして、乾いた音をダンジョンに響かせる。


「えっとさ、クロってもしかして俺のこと?」


 気になったことを直球で聞く。


「えぇ、そうですよ。戦闘中に石黒さんと呼ぶのは少し長いと思ったので短縮させていただきました。嫌だったら別の呼び方でいいですよ」


「別に嫌じゃないけど、俺イシグロだからクロではなくない?」


「クロの方が呼びやすそうなのでクロにしましたけど、グロでもいいですよ」


 一気に名前が暗い感じになった。

 グロはなんか嫌だ。


「いや、クロにしよう。代わりに夜船さんのことホタルって呼んでいい?」


 女子を下の名前で呼ぶのは中々ハードルが高いけど、この流れなら自然にいけそうだ。


「はい、いいですよ。これからもよろしくお願いしますね、クロ」


「あぁ、よろしく。ホタル」


 握手を交わして戦いの後処理を始めた。

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