第6話 壁バーン

「スライムだな」


 俺が初めて出会った時のように、こちらに跳ねて近寄ってくる。


「今回は、私に任せてもらっていいですか?」


「うん、いいよ」


 夜船さんがどういう風に戦うか見たい、という思いがあったため快諾する。


「それでは、行きます。『ブースト』」


 一番初歩の付与術を唱えて、スライムへと駆ける。


 その速さは、女子中学生とは思えない。

 勿論、付与術のおかげだ。

『ブースト』は使用者のスピードを上げる単純な付与術だが、汎用性が高い。

 付与術に限らず、スキルは使えば使うほど効果が上がるので、『ブースト』を一生懸命使えば音速を越えるのも夢ではないかもしれない。


「フッ」


 スライムに辿り着くとその勢いそのままで刀を振る。

 その軌道は魔石を砕き、スライムの体を崩した。

 夜船さんはスライムの粘液が刀から消えたのを確認して鞘に戻す。


「夜船さんすごく強いね。刀使い慣れてるの?」


 明らかに素人の動きではなかった。


「少しお爺様に教えてもらったことがあります。でも、今のはダメですね。刀頼りの戦いでした」


 何故か夜船さんは落ち込んだ。

 分からない。

 あれで納得できない理由が見つからない。

 結果的に倒せたのだ。そもそもスライムは根性試しの意味合いも強い。


 スライムと戦って死ぬことは、まずない。

 だけど、苦戦はする可能性はある。

 ネットで調べてみると、スライムを倒せず引退という人も少ないけれどいるらしい。


 まぁ、別におかしなことではない。

 スライムは存在自体が酸のような生き物だ。顔面に飛んで来たら……とか考えれば腰が引けて戦うことができない。

 だから、真っ向から切り掛かって行けた時点で勝ちのようなものだ。


 でも、それを夜船さんに伝えても納得しないだろうな……


「それならさ、もっと強い敵と戦わない? 武器頼りじゃ倒せないぐらい」


 恐らくあの狼ぐらいの強さがあればいいはずだ。


「そうですね。お爺様も「武士は死地で磨かれる。命を投げ捨てよ」と言っていました。もっと奥へ行ってみましょう」


「え、あ、うん」


 お爺様って武士なの? ヤクザの組長じゃなかったの?

 というか、死地には行かなくてもいいんだけどな……


 ——そんな俺の心配は他所に、ダンジョン攻略は順調に進む。


 俺の薙刀はリーチが長いこともあり、魔物の命を簡単に切り裂く。

 スライムが出てくるゾーンはとっくに抜け、様々な動物型の魔物が現れている。


 しかし、薙刀の中にあるスライム槍の出番はなかった。


 それは、主に夜船の異常な強さのせいだ。

 夜船は『ブースト』を使って魔物を翻弄する。というか、見つけたら遠くに居てもお構いなしで突っ込んで殺す。

 学校にいるときより楽しそうだ。

 ちょっと怖い。


「夜船さん、次の魔物は俺に任せてくれない? 投げ槍を試してみたいんだ」


 戦闘を終え、魔石を拾っている夜船さんにお願いする。


 夜船さんは特に嫌な顔もせず了解してくれた。

 魔物に歯応えが出て来て満足しているのだろうか。


「2体、狼型が来ました。どうしますか? 1体私がやりましょうか?」


「大丈夫。俺がやる」


 鞘——薙刀を地面に捨て、スライム槍を手に持つ。

 スライム槍には持ち手などなく、全てスライムの体のようにプルプルしている。

 そのため、普通に持てば手を火傷するけど、スライム槍を持つときに着けている手袋を魔力で覆えば、スライム槍をコーティングする俺の魔力に反発して火傷することなく握ることができる。


「フンッ」


 弓なりに自分の体を弾き、槍を狼に向けて——ではなく、狼よりかなり右を狙って投げる。


 2体の狼はそれを嘲笑うように俺の方へと走ってくる。

 だけど、それは途中で止まった。


 2体の狼の顔は、嘲笑う表情で固定される。


「頭を串刺しですか……今のどうやったんですか? 私には槍が勝手に動いたように見えたんですけど」


 2体の頭を貫いているスライム槍について、夜船は困惑気味に聞いてくる。


「これも『武器錬成』の能力だよ、多分。普通に作った投げ槍じゃ無理だったんだけど、あのスライム槍だと自由自在に動かせるんだよ」


「そんな能力、私は聞いたことないですよ……」


 俺も調べた限りでは『武器錬成』にはそんな力はないけど、出来たものは仕方ない。


 思い当たる節と言えば、スキルに従わず、勝手に魔力操作したことだろうか。


 未だに困惑している夜船さんを置いて、スライム槍を取りに行く。


 魔石を拾い、スライム槍を薙刀の中に直す。

 そして、夜船さんの元に戻ろうとした時。


「ん?」


 違和感に気づく。


 一度動きを止めて五感に集中する。


 しかし、得られた情報は少なかった。


 地面が少し震えている。

 パラパラと上から小石が降っている。

 遠くから砕けるような音が響いている。


 これだけでは断言できない。だけど、可能性として挙げられるのは——


 何かの足音だ。

 それもかなりデカいやつ。


 こんな浅いエリアで地響きが鳴るほどの巨体が現れるという話は聞いたことがない。


「夜船さん! 何か大きな——」


「右です!」


 夜船さんの声に反応して右を向く。

 そして、その瞬間。

 ダンジョンの壁にヒビが入り、崩れた。


 壁から現れたのは、ゴーレムだった。

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