第5話 不審者
「石黒さん、なぜ不審者の格好してたんですか?」
ダンジョンに入り、薙刀を振る練習をしている俺に夜船さんが話しかけてくる。
夜船さんもさっきまで自前の刀を振っていた。
「野村先生ってダンジョンに潜ること嫌がるでしょ。だから、バレないようにしているんだ」
野村先生とは担任のことである。歴史の授業でダンジョンに関連する話になると、いつもダンジョンの嫌なところを教えてくる。
おかげで少しダンジョンについて詳しくなれた。
「確かにそれはありますね。野村先生はα世代なのでダンジョンに忌避感を抱いているんでしょう。あの世代は特にダンジョンで苦労したと聞きますから」
α世代はダンジョンが現れたとき学生だった年代を指す。ダンジョンが現れた当時、世界は大混乱に陥った。
日本も例外ではなく、ダンジョンが群生して現れた土地は捨てることになり、現在も続く無法地帯が所々に点在することになった。
ちなみに俺たちはβ世代だ。
「確か、俺たちの親世代もα世代にギリギリ入ってるよね」
「大体はそうですね。まぁ、今の20代くらいからはダンジョンに対して暗い感情を持ってる人は少ないですが」
歴史の授業を復習するように俺たちは話を続ける。
「学園自治区ができたから、だったっけ?」
「はい、無法地帯として捨てられたダンジョンの群生地域が学園自治区として復活し、テレビで華やかな印象が付いたそうですね」
「野村先生はテレビではダンジョンの良いところしか写してない。本当は地獄のようだって言ってたけど」
あの人はダンジョン嫌いの塊のような人だ。
「……石黒さんの武器って市販品じゃないですよね?」
夜船さんがいきなり話を変えてくる。
「うん、言ったでしょ。俺『武器錬成』持ちだって」
そう言っても夜船の顔は険しいまま変わらない。なぜだろうか。
「『武器錬成』でも仕掛け武器は作れないですよ、普通」
さっき薙刀の中にスライム槍が入っているのを実際に見せたときは、今はそんなもの売ってるんですね、という反応だったけど段々おかしいと思って今言ったのだろう。
「作れたからいいんだよ。それより、夜船さんが持ってるその刀見せてくれない?」
「いいですよ」
夜船さんは思ったより簡単に刀を手渡してくれた。
さっそく刀の鞘をずらして刀身を出す。
剥き出しになった白い刀身には、黒い墨のような模様が描かれている。
「これは……刻印か。高かったんじゃないのか?」
墨のような模様は刻印と呼ばれており、刻印が付いた武器は魔導武器という名称になる。魔導武器はダンジョン武器という呼ばれ方もしていて、その名の通りダンジョンのための武器だ。馬鹿力になった傭兵の戦いに耐えるため、地底にいる化け物の肉を両断できるため、そういうダンジョンのことしか考えてないから、ダンジョンの外ではオーバースペックになるような武器である。
「武器はお爺様がくれたものですけど、刻印は自分でやりました。なので、実質タダです」
お爺様って……これはヤクザの娘じゃなくて、組長の孫娘だな。
「あー、何となく思ってたけど付与術師になるためにダンジョン潜る感じ?」
「まぁ、そうとも言えますね」
「それは凄いな」
付与術師とは、刻印を武器に刻む職業だ。
傭兵とは違い、きちんと企業に属して活動することが多い。付与術師は貴重性から高級取りが多いので、人気の職業である。
しかし、付与術師は簡単になれるものではない。バカ高い『付与術』スキルを買って、何通りもある刻印を全て覚え、それでいて寸分違わず刻印を刻める者のみがなれる。
付与術師になるには主に2つのルートがある。
1つは擬似ダンジョンと呼ばれる、魔力が本物のダンジョンと同じくらい充満した場所で延々と付与術の練習をする養成所ルート。
2つ目は夜船さんが選んだ実戦ルート。これはダンジョンで魔物と戦いながら付与術について理解を深めるというものだ。
実戦ルートは死亡率もまぁまぁ高いため人気はない。それでも養成所ルートはお金がかかり過ぎるから実戦ルートを選ぶ人もいる。
「石黒さん、そろそろ出発しませんか?」
素振りを始めて10分ほど経ち、夜船さんに出発の催促をされた。
素振りをしているのは、前回武器を思った通りに扱えず死にかけた反省によるものだ。
「そうだな、行こう」
素振りはもう十分だと判断した。
それに、実際に動く敵と戦わないと分からないことだってある。
だからとりあえず今は進もう。
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