第4話 クラスメイト
初めてダンジョンを潜った翌日、俺は弁当がなくて泣きそうだった。
収入0円なのに弁当を食べるのは如何なものかと自問自答し、結果的に食べないことにした。
一つも魔石を売らずに帰って来たことを激しく後悔している。
空腹を紛らわすために屋上へ向かう。
正確に言うと屋上前の階段へと向かっている。
これは、現在みんなが弁当やら給食やらを食べていて、学校中に良い匂いが溢れており、俺はそんな空間にいるのが耐え難かったからだ。
流石に人気のない屋上前の階段なら匂いはしないだろうと思ったのに——
「なんでだッ!」
思わず言葉が出てしまうような良い匂いが押し寄せてくる。
気になってしまい、階段の上へと行って匂いの元を発見した。
それは、運動会で見るような大容量の弁当箱だった。
おにぎりを5個、卵焼きも5個、そして残りのゾーンは唐揚げとウィンナーで埋もれている何とも美味しそうな弁当だった。
「えっと、あのー」
声を掛けられて正気に戻る
少し伸びそうだった手を抑え、声の主の方を向く。声の主は少し不満顔の少女だった。
「あぁ、ごめん。ちょっと正気を失っていた」
「どうすれば学校生活で正気を失うんですか」
「その弁当が美味しそうで、つい……」
俺が弁当を指差すと、少女の顔が少し緩んだ。
「食べますか?」
少女は弁当箱からおにぎりを一つ俺に差し出した。
俺は一瞬も悩まなかった。
「有り難く頂戴いたします」
おにぎりを受け取ると、少女の横に座って食べ始める。
「……私のこと怖がらないんですね」
「怖がって欲しいの? ヤクザの娘だーって」
「いえ、少し珍しく思っただけです」
彼女——夜船 蛍は学校でちょっとした有名人だった。
ある時までは稀に見る美少女として、ある時からはヤクザの娘として。
噂の発端は夜船さんの容姿に嫉妬して意地悪をしていたクラスメイトたちが、不自然な時期に全員転校になったという話だ。
そして、ここから夜船さんが黒服と一緒に歩いているのを見たとか、お屋敷に入って行くのを見たとかいう話が出回り、現在ではほぼ事実として扱われている。
「それにしてもこれ美味しいね。中に唐揚げ入れるのは中々センスがいいと思う」
「ありがとうございます」
「俺が金欠じゃなかったらお金払って作ってもらいたいレベルだよ」
夜船さんは、弁当の話になると少し嬉しそうな顔をする。
いつもは鉄仮面のように無表情なので、夜船さんが笑うのを見るのは今日が初めてだと思う。
「作りましょうか? 別にお金は困ってないんで余裕があるときで大丈夫ですし」
「え、ほんと!?」
「それくらいで喜んでもらえるなら」
小躍りしそうなほど嬉しい。
ダンジョンに行ってから良いことばかりだ。
「今日のおにぎりの分もちゃんとお金返すから弁当お願いね。稼ぐアテはあるから!」
稼ぐアテが何かとは言わない。
夜船さんがそんな口が軽いとは思わないけど、こういうのは誰にも言わない方がいい。
「稼ぐアテって……傭兵ですか?」
すぐバレた。
そりゃあそうか。中学生が稼ぐって言ったら犯罪か傭兵しかないんだから、まだマシそうな傭兵だと思うよな。
「そうだよ、他の人には内緒にしてね」
別にバレても死ぬわけじゃないと考え直して、開き直った。
担任にバレなかったらいいんだ。担任の野村先生はバレたらちょっと面倒くさそう。
「それなら、お弁当の代金として私をダンジョンに連れて行くというのはどうですか? 私ダンジョンに潜ってみたいんです」
「別にいいけど、俺昨日始めたばかりの初心者だよ?」
俺は仲間が増えるのは正直ありがたい。昨日死にかけて少しでも安全を確保する必要性を感じたからだ。
「はい、逆に実力が離れすぎていたら色々と不便だと聞いたことがあるので丁度いいです」
「うーん、スキルは持ってるの? ギルドへの登録とかも必要だよ」
ギルドへの登録は少し面倒だ。
登録にはスキルと諸々の書類が必要になるのだけど、この諸々の書類が厄介なのだ。市役所の確認、保護者の承認、そして死んでも構わないという誓約書。他にも色々あったけど記憶に残っているのはこの3つだ。
「スキルは『付与術』を持っています。ギルドにも既に登録しているので大丈夫ですよ」
それなら、断る要素がない。
まぁ、2人とも補助スキルというバランスの悪いパーティーになるけど仕方ない。
「じゃあ一緒にダンジョンに潜ろう。今日の放課後は行ける?」
「それは大丈夫ですけど、少し聞いてもいいですか?」
「いいよ」
「学年と名前とスキルを教えてください」
「あ……」
本来なら自分から言うことだなこれは。
弁当に気を取られ過ぎていた。
「3年の石黒透だ。スキルは『武器錬成』。よろしく」
立ち上がって自己紹介をする。
こういうのはキチンとする派だ。
「3年の夜船蛍です。よろしくお願いします」
互いに自己紹介を終えてお辞儀をし合う。
俺も夜船さんも食べ終わっているので、一緒に階段を降りて行く。
夜船さんは最初からある程度食べていたにしても、食べるスピードが凄かった。
上品なんだけど、箸と口が止まることが無い。
弁当の量自体も多いし、ゆっくりだと間に合わないから俺に合わせたとかじゃなくて、いつもこれなんだろう。
「それではまた放課後に」
そう言って教室の中へと入って行く夜船さんの後ろに着いて行く。
「何か他に用事がありましたか?」
夜船さんが振り向いて聞いてくる。
「特にないけど?」
「それなら何で着いて来るんですか?」
心底不思議そうに聞いて来る。
「だってここ俺の教室だもん」
「え、同じクラスだったんですか?」
「知らなかったの……?」
しばらくの沈黙の後、お互いの様々な感情が乗った視線が交差して、思わず笑ってしまう。
夜船さんも少し笑っていた。
通りがかったクラスメイトはギョッとした顔をして逃げた。
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