第15話 借金
『明日、私の家に来てくれませんか?』
2階層に辿り着いた夜、こんなメッセージが届いた。
これまでのトーク履歴は何時にダンジョン集合だとかそういうのばかりだったから少し驚いたが、その気持ちは後に続く言葉で心配に変わる。
『急な話ですが、ダンジョンに潜るのが難しくなりました。そのことについて直接会って謝罪と説明をさせてください』
わかった。明日の10時でいいかな? そう送り返すと、大丈夫です。という言葉と共に住所が届く。
心配だ。怪我をしていたのだろうか。2階層には強行軍だったから可能性は少なくない。しかし、2階層から帰るためのゲートを探す時や換金する時も辛そうには見えなかった。
じゃあ、もしかして病気に——
そこで自分が悪い方向にばかり考えていることに気づく。
妹の沙羅が病気だっていうこともあって、こういう事に神経質になってしまうことが多い。
これは悪い癖だ。
ダンジョンに潜る時も常に持ち歩いているメモ帳に、今気づいた改善点を書き記す。
ホタルは明日説明すると言っているのだ。
明日は日曜日。
時間は沢山ある。
ゆっくり話したら良いじゃないか。
そう考え直し、キュウリを連れてベッドに向かう。
#
「高級住宅街だ」
ホタルの家に向かう途中、1つの曲がり角を抜けた先で世界が変わったような感覚を覚えた。
地面が鳥のフンで所々白くなっている薄汚れた黒色から小綺麗なオレンジ色に変わり、1つ1つの家も大きく、広い庭が必ず付いているという余裕も生まれた。
時がゆっくりと流れている感覚さえある。
もうすぐ着くというメッセージを送ろうとスマホを弄っていると、病院からの電話を知らせる画面に切り替わる。
コンマ何秒という間を置いて電話を取る。
「はい、白川沙羅の兄の石黒透です。はい、はい、は——え? 今すぐ向かいます!!」
そして、沙羅の容体が悪化したという話を聞いた俺は、時間の流れが早い黒色の世界に踵を返し、病院へ向かった。
『ごめん、遅れる』
それだけのメッセージをホタルに送ったのは、多分俺が他のことを考えたくなかったからだろう。
病院に着いた俺は沙羅の意識がないこと、治療には1000万円が必要だということ、最後に残された時間が少ないことを伝えられた。
集中治療室に入っている沙羅の元へ、キャップと薄い割烹着に着替えて行く。
沙羅は綺麗な顔でベッドに横たわっている。
沙羅、と呼べば何事もなく起きる予感さえ感じる。
しかし、周りの沙羅に繋がれている機器が俺に沙羅の命の危険を伝えてくる。
「ごめんな、沙羅。お金が無くてまだ治療できないんだ。親父が振り込んでくるお金じゃ足りないし、一応事情を説明するためにメッセージを送ったけど多分気付かない。借金するにも俺じゃ信用が足りないんだ。役に立たないクソ親父とクソ兄貴で本当にごめん。だけど、まだ金のアテはある。絶対金を用意して沙羅を元気にするから」
もうちょっとだけ待ってくれ。
最後にそう言って集中治療室から出る。
向かうはホタルの家。
キャップと割烹着から着替え、電車に乗り、高級住宅街を歩いて一番奥にある他の家とは世界観がはっきりと違う武家屋敷の門の前に立ったのは夜の6時。
約8時間の大遅刻だ。
着いた、ということをメッセージで一応送る。
だが、1つ前の遅れる、というメッセージも既読が付いてないので今回のメッセージにも既読が付かない気がする。
それにしても、どうしよう。
大きな門にはインターフォンらしきものが見つからない。
メッセージも既読付かないから内側から開けてもらうことも無理だ。
電話をしようか、そう悩んでいるとガガガという音を立てて門が開く。
「遅いぞ」
思わず体を震わせてしまうような冷たい声を放った長身の男を見上げる。
「すみません、急用ができて……」
「そうか、では中に行こう。君は石黒くんで良かったか?」
ゆっくりと歩みを進める男の声には抑揚がなく、思わず逃げ出してしまいそうになる威圧感がある。
「はい、そうですけど……あなたは?」
「私は蛍の父の夜船直文だ」
見るからに高いスーツを着込んだホタルの父は、頭を使って相手を陥れるインテリヤクザに見える。
なぜホタルのお父さんが迎えに来てくれたのか。もしかして8時間も待っていてくれたのだろうか。そして、ホタルに何があったのか。
そんな答えの出ない問いは頭の片隅に追いやり、広い敷地で迷子にならないようにホタルのお父さんに着いて行く。
金欠傭兵が英雄になる方法〜青春をダンジョンに捧げる〜 真田モモンガ @N0raken
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