第2話 想定外

「調べた通りだ」


 俺の言葉に反応するかのように、一匹のスライムがこちらに寄ってくる。

 それはとても可愛らしい姿だが、油断をしてはならない。スライムの大部分を形成する粘液は、強力な酸で出来ている。

 地上に近いこのエリアのスライムは皮膚が変色する程度の軽い火傷で済むが、奥へと進むと鉄を溶かすほどの酸を持つスライムがウジャウジャといるらしい。


 対策として持って来た手袋を両手に着ける。

 革製の黒い手袋を信じて、スライムの体に手を突っ込む。

 スライムがプルプルと震えるが気にしない。

 液体が包む魔石を掴み、勢い良く引き抜く。すると、スライムの体はただの液体のように弾力性を失い、地面に染みていく。


「これでやっとスタートラインに立てた」


 そう、今がスタートラインだ。ダンジョンに入っても、俺には攻略する資格——武器がなかった。


 俺は確かに『武器錬成』があるが、これは魔石がないと使えない。

 大丈夫だと嘘をついた職員の人には罪悪感を少し感じるけど、結果的には成功したから許して欲しい。


「先端を鋭く、重心は真ん中に……」


 気持ちを切り替えて魔石をスキルで錬成する。

 今俺の脳内には魔力の動かす順序が勝手に描かれている。これが『武器錬成』スキルの効果のようだ。

 その順序に沿って魔力を動かせば武器は完成すると本能的に理解できた。


 俺が今作っているのは槍だ。

 しかも投げる用の槍。


 最初の錬成は、比較的作るのが簡単そうなものにした。


 真っ直ぐ飛んで刺さればいいのだ。

 短刀のようなものを作り、切れ味を出したりするのは未だ難しくても、投げ槍なら出来る——そう思っていた。


「くそ、難しいな」


 大苦戦だ。

『武器錬成』がマイナースキルの中でも断トツで人気がない理由を身を持って実感している。

 それでも、あと少しなんだ。


 あと少しで感覚を掴める気がする。

 そう思って俺は地べたに座って錬成を再開する。


 たまに来るスライムから核を抜き取る作業をしながら錬成しなければならないため、集中を保つのが大変だ。


「……できた」


 目が完全に暗闇に慣れた頃、自分の身長より長い槍が完成した。

 ただし、それは一本ではない。

 錬成してる最中、おかわりのように何度も来るスライムから抜き取った魔石の内、4個は槍に姿を変えている。

 一本目ができれば残りは簡単にできた。


 もう疲れ果てて家に帰りたい気分だけど、地上へ戻る道とは逆へと歩み続ける。

 今日の目的は3つある。

 1、ダンジョンに入る。

 2、スキルを使う。

 3、武器を使って魔物を殺す。


 最悪2までで良いと思っていたけど、意外と元気なので3まで頑張ることにした。


 片手に2本づつ持った槍を、1本を除いて全て地面に置く。


 慣れてもなお全ては見えない暗闇から、ハァハァと息の荒い狼が現れる。


 これは調べた中にはいなかった。

 記載漏れだろうか。

 ひとまず右手に持った槍を狼目掛けて投げる。

 華麗なサイドステップで避けられたが、不意をつけたのか顔に抉られた跡を付けるのに成功した。


 今ので警戒心を上げた狼は、しばらくこっちを見て唸るだけだったけど、痺れを切らして一歩一歩前に足を進める。


 槍の数は少ないので無闇に投げることはできない。それでも、槍をいつでも投げられるように構えて待つ。

 距離が短くなればなるほど、命中率は上がる。しかし、それは同時に攻撃をもらう確率も上げることになる。

 防具なんてものは付けていない。

 だから、一発もらって即死亡なんてこともあり得る。


 あと5歩だけ引き付ける。

 5、4、3、2——


「くそッ!」


 あと一歩というところで狼はダッシュを始めた。慌てて槍を投げるが、外れる。

 槍を投げるというのは案外難しい。

 野球ボールとかとは違い、長い棒状なのだ。

 最初の1本が掠ったのは運が良かっただけと言える。


 足元の槍を急いで拾い、フォームも何もない状態で投げるが当たり前のように外れる。


 最後の1本を投げようとした時には、既に目の前にいた。

 大きく口を開けた姿で飛び掛かってくる。


 頭が真っ白になる。


「ヒッヒッフゥ……」


 呼吸が荒い。

 目の前が真っ暗だ。

 何がどうなったのか分からない。


 そこでようやく目をつぶっていたことに気づく。

 ゆっくりと目を開ける。


 まず目に入ったのは腹に穴が空いた狼。

 次にその穴を開けたであろう血だらけの槍を見つけた。


 どうやら、狼は俺が投げようとして構え損ねた槍の穂先へと、自ら突っ込んだようだ。


「ハハ、無様だな……」


 自嘲気味に笑って気を取り戻し、投げた槍の回収へと向かった。


 その途中で、狼の血が付いていた槍が元通り綺麗になっていることに気づく。

 狼を殺した場所に戻ると、狼の死体は無く、代わりに魔石が転がっていた。


 その魔石はスライムの魔石と同じようにポケットへと突っ込む。


「疲れた。帰ろう」


 自分に言い聞かせるように言葉を発して地上に向かおうとしたけど、その足はすぐに止まる。


「槍どうしようかな」


 スキルという超常の力が溢れる世界になって約30年。日本の銃刀法は変わらなかった。

 つまり、槍は家に持って帰れないのだ。


 ギルドには武器を預かるサービスがある。

 しかし、個数と大きさによって値段が変わるため、槍を4本も預けたら費用が高くなる。


 どうしようか——そこまで悩まなくても答えは出た。

 4本の槍を1本の槍にすればいいんだ。


 そもそもこの槍は魔力の塊のようなものだ。

 実体を持っていても、もう一度魔力に戻してしまえば一つの槍に作り変えるのが可能になるのではないか。

 多少屁理屈な気がするけど、いける気もする。


 さっそく4本の槍を地面に置き、錬成を開始する。槍自体を魔力に戻すのは簡単だった。

 しかし、それらの魔力は1つになろうとしない。まるで水と油みたいだ。


 やはり無理なのか、そう思ったがもう魔力に戻してしまった。気を抜いたらこの魔力は空中に散らばってしまう。もう一度4本の槍に戻そうとしても同じだ。

 無駄になるのはダメだ。損失は許せない。

 気合いを入れ直して反発する魔力を押し込む。


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