第19話 用意周到な親友がいるので

 兄のいつも使っている執務室は二階の最奥にある。連れて行きたくない。そもそも部屋から出したくない。

 階段を上がってすぐにある、私の執務室にでも連れて行ってお茶を濁すか。

 しかし、私の執務室は使っていなさ過ぎて不自然だろう。


 そう思っているとパトリシアが耳元でささやいた。サラからの伝達だ。


「シャーロットの執務室へ。準備はOK」


 奥の部屋で聞き耳を立てていた使用人が伝えてくれたのだろう。

 パトリシアに耳打ちをして伝言を頼む。


 不審者たちを連れて二階に上がる。私の執務室を開けると、いかにも兄が使いそうな執務室がそこにあった。

 この短時間でどうやって用意したのか? そう考えてサラの用意周到さを思い出す。


「好きなだけご覧になってください」


 そう言うと、男たちは何かを探したいのかただ荒らすことだけが目的なのか判別がつかない雑さで部屋を物色し始める。夢中になっている男たちから少しずつ距離をとり部屋の外に出た。

 控えていた執事長がゆっくりと扉を閉める。外側から鍵をかけ椅子や棒で止めた。気が付くまで、数分持てばいい。あの部屋の窓は嵌め殺しだ。窓ガラスを割って飛び降りて逃げてくれるならそれでいい。

 きっと、扉を壊そうとするだろうが。


「裏門はどうなったの?」

「ただいま掃討中です。もう間もなく終わるかと」

「さすがね」

「いえ、ちょうど助けが……」


 執事長の言葉の続きに意識を向けた瞬間。怒号とともに扉を殴る大きな音が聞こえてきた。


「気がついたのね」

「お下がりください。扉から破られ次第戦闘が始まります」

「外が終わってから出てきてくれるといいのだけれど」


 今いる騎士の人数は男たちより少し少ない。

 

 扉が激しく軋み、揺れている。もともと外開きの扉だ。内側から押せばいつかは開く。

 私は十分に距離をとり、騎士たちの後方に下がる。

 完全に離れるより早く、扉が開いた。

 

 何人かは短剣を隠し持っていたようだが、相手はほぼ丸腰。剣を持つ騎士に囲まれ、観念してくれることを願ったが、あいにく素手で殴りかかってくるような荒くれものばかりだった。


「剣を奪え!」


 騎士たちに襲い掛かる男たち。覚悟が決まっているのか、捨て身すぎる勢いに騎士も圧倒されかけている。

 数人が武器を奪われ劣勢に追い込まれた。


「女だ!」


 誰かが私を指さして叫ぶ。

 ここで私が捕まれば面倒なことになる。私はなりふり構わず走り出す。

 二階はサラがいる。一階に行けばうまくいけば外の騎士と合流できるだろう。

 叫び声や汚い罵りが追いかけてくる。


 一階は明かりをつけて回る余裕がなく、薄暗い。

 エントランスホールまで走ってきたとき、スカートの裾を踏んで転んだ。

 すぐに起き上がろうとするが、その時後ろに男が1人迫ってきているのが見えた。短剣を持っている。


「まてっ!」


 男の叫び声がすぐ近くまで来ている。

 まずいと思った次の瞬間、大きな稲光と雷鳴が響いた。

 私だけではなく、男も動きが止まる。

 稲光で目がくらんで思うように動けなくなった。


 男から離れようと這うように動く。何かにぶつかった。

 次の瞬間、驚きと恐怖で体が強張る。肩に触れたのは人の手だった。

 

「大丈夫」


 耳元でささやかれる聞きなれた声。緊張が少し溶ける。

 

「遅くなってごめんな」


 表情まで見えないが、悲しそうな、悔しそうな、そんな感情のこもったレイの声だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る