第14話 人の上に立つべき人間だったのに  Side:Ian

 俺は、人の上に立つべく生まれたはずだった。

 ボタンのない服を自分で着るような人間じゃなかったはずだ。


 ついに、服の着心地の悪さに慣れてしまった。

 この布は首元でチクチクする。

 それを週一で日用品を持ってくる王城の騎士に言うと、その布は平民が来ている服に使われる布の中でも上等なものだと言われた。


 食事には服よりも早く慣れた。

 腹がすけばなんでもうまく感じるらしい。空腹の限界が来た時に食事をとることで次第に慣れていった。


 朝起きて朝の支度をしながら王城から護衛騎士が到着するのを待つ。

 騎士が到着したら、ラクシフォリアの屋敷まで歩いていき、執務室から見える位置で頭を下げる。最初の頃は騎士に止められても無理やり一日中続けていたが、ラクシフォリア家の執事に長居されると迷惑だと言われてからは騎士に声をかけられたらやめるようになった。

 最近は、一時間ほどで騎士に時間ですと声をかけられる。


「いつまで続けるんですか」

 

 騎士にそう言われることも多かった。俺もなんでこんなことをしているのかわからなくなっていた。


 街のはずれに用意された家へ帰れば、平民として日常生活を送るための知識をつけるべく派遣された使用人の家事や仕事の授業が始まる。

 授業と言っても実技的なもので、座学をやらなくていいのは楽だった。言われたとおりにやればなんでも形になる。


「私共も、いずれはこちらへ来ることがなくなります」


 よく来る執事の一人はよくそう言って、俺に脅しをかける。

 父上だって俺が野垂れ死ぬのは見たくないだろうから、なんだかんだでずっと使用人を送ってくれるに違いないのに。


 暇に任せて、街を散歩していると貴族の乗る馬車が止まっていることがある。

 俺が乗っていた物より数段安いものだが、近くでそれを見ている子供たちは目をキラキラさせてかっこいいねと話していた。


「俺はあれよりもっとすごいのに乗ったことがある」


 思わずそう声をかけたら、子供に嘘つき呼ばわりされた。カッとなって怒鳴ったら逃げられたし、近くのパン屋のばあさんに“子供相手に何ムキになってるんだ”と馬鹿にされた。


 俺はこんなところにいていい人間じゃない。

 シャーロットが余計なことをしなければ、俺は今でも王子でいられたんだ。

 

 その思いは日々積み重なっていく。


「しばらく護衛騎士のみの派遣になります」


 いつも通り執事の言うとおりに洗濯物を干していると、困ったような顔を隠すことなく執事が言った。


「……なぜだ」

「歓迎行事の準備でございます」

「俺の家の家事はどうするのだ」


 お前たちが来ないとできないではないか。俺がそう言うと、執事は深くため息をつく。


「……日々申しておりました。我々はいずれ、ここに来なくなると」


 執事は呆れたような顔をして帰っていった。

 明日から数週間は来ないらしい。


 

 俺の生活は瞬く間に立ち行かなくなった。洗濯も掃除もどうしたらいいのかわからない。

 食事は軽食のようなものなら何とかなったが、夕飯のような食事は作り方が全く分からない。

 金は一定金額渡されていたが、気が付いたら残金はほぼゼロだった。


「ひと月にお渡しする額は決まっています。お金の使い方も教えられていたかと」


 騎士に追加でもらおうとしたら、心底嫌そうな顔をされ、こういわれた。

 そして、俺が一ヶ月毎にもらっていた額は平均的な給料の二ヶ月分だと言われる。


 それが何なんだ。俺は今、金がなくて困っていると言うのに。


「お金に困っているのであれば、その服を売ればいいです」


 騎士が指さした先にあるのは、王城で来ていた服。一着だけ持って行っていいと言われて、選んだものだ。

 一番上等な、国賓が来た時に着るような装い。これがあれば俺はいつでも城に戻れる。


「売れば相当な金になります。質素な暮らしをすれば少なくとも五年は苦労せず生きていけます」


 何を言っているのかわからなかったが、すさまじく馬鹿にされたのだと思う。

 騎士を家から追い出して、そのあとはずっと外で護衛させた。雨が降ってきてかなり濡れていたようだ。いい気味だった。


 翌日来たのは、初めて見る騎士だった。

 昨日俺が追い出した騎士は、当日欠勤らしい。偉そうに俺に意見したくせに、職務怠慢も甚だしい。


「イアン殿下。お迎えに上がりました」


 恭しく俺に一礼をする騎士に俺は口角が上がるのを抑えられない。

 やはり俺はここにいていい人間じゃないんだ。


 壁にかけられた俺のための服が、やっと着てもらえると喜んでいる。

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