第13話 心配性の兄がいるので

 兄が、眉間にしわを寄せ申し訳なさそうな顔をして帰ってきた。

 一緒に帰ってきたレイに視線を向けると小さく首を振っている。


「何があったの?」

「二日後の視察に同行してほしいと」


 申し訳なさそうを通り越して悲壮感すら漂う顔をする兄。


「大丈夫よ、兄さま。行ってきて」

「しかし、屋敷の準備はずっとシャルに任せっきりだったじゃないか」

「えぇ、だから大丈夫」

 

 四日後の祖父と大使を呼んでの食事会の準備は私が主体でやっていた。兄に必ずしてもらうことと言えば最終確認程度のものだ。二日前に兄がいなくても問題ない。


「……だが、大使がいる間はレイも屋敷にいれない」

「大丈夫よ、二日後は王城騎士団の方々が警備の下見に来る予定だし、屋敷のみんなもいるわ。一番忙しいのは前日だし」


 そう言ってもまだ不安そうな兄は、顔をしかめたままだ。


「それに、パトリシアが納品に来てくれるのも二日後よ。サラも手伝いに来てくれることになってるわ」


 私がそう続けると、しぶしぶ頷く。


「サラ嬢とパトリシア嬢には私からもお願いの連絡をしておくよ」

「二人ともトリトニアの伝統菓子が食べたいと言っていたから用意してあるの」

「わかった、それに合うお茶を用意するよ」

 

 兄が執事長を呼んで指示を出している。


「二日後には間に合うな」


 レイが時間を確認して、私にそう言った。


「えぇ、二人とも喜んで長居してくれるわ」

「サラ嬢はシャルが頼めば二つ返事じゃないか?」

「そうかしら? いつも頼み事ばかりしちゃって申し訳ないのだけど」

「サラ嬢は、君に頼られるのがうれしいだろう」

「そうね、そう言ってくれてるわ。兄さまもそうだけど」


 レイがなにやら形容しがたい微妙な顔をしている。


「オレも頼ってほしい」


 レイの言葉に私は首をかしげる。


「二日後は大使の案内役でしょう?」

「そうじゃない……」


 レイは肩を落としてそう言った。何か違う意図があったようだ。


「またの機会に頼らせてもらうわ」

「……あぁ、任せてくれ」


 私がそう言うと、レイがしょうがなさそうに笑った。今度ちゃんと意味を聞こうと思う。

 背後から、誰かが近づいてくる。振り向くとにやにやと楽しそうに兄が笑っていた。


「今日もダメだったようだね」

「……あぁ」

「私は、レイの頑張り次第だと思っているのだけれど」

「そうだな」

「でも、レイはなかなかうまくできないようだね」

「……そうだな」


 話の内容はよくわからないが、レイの顔がだんだん険しくなる。兄の笑みはだんだんと意地の悪いものになっていく。兄があおっていることだけはわかる。

 そろそろ止めようかと思っていると、レイが深くため息をついて、兄の右肩をがっしりと掴んだ。



 レイの言葉に今度は兄が焦ったように、まだ本気になるな! と叫んだ。

 まだ離れたくない、覚悟が足りないなどと、あれこれ言っている兄を見て、レイが呆れたようにため息をついた。


 あの二人の間には私にはわからない世界がある。いつも少しうらやましい気持ちで二人を眺めている。けれど、それも結構好きな私もいるのだ。

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