第2話 後悔している兄がいるので
「シャルのためにできることは何でもする」
兄、デイヴィットは昔よく私にそう言った。いつからかこの言葉を耳にすることはなくなったが、その思いは変わっていないようで、私が絡むと兄は理解できない行動をとる。
兄の定期試験日に私が高熱を出した事があった。熱にうなされ、目が覚めると兄がいた。当時私はいつもはいない時間に兄がいたことに喜んだのを今でも覚えている。しかし、数年経って、あれは定期試験をサボって看病していたと知った。ほとんどの単位を落としかけたし、実際いくつか落ちていたようだった。
他にも、庭を手作業で整地して腕や背中を痛める。私の誕生日プレゼントを選ぶために学友を1ヶ月間毎日買い物に付き合わせる。こういった話は出し始めたらきりがないほどだ。
突拍子もない行動に文句を言うと、兄はいつも苦笑しながら私の頭を撫でる。
「可愛がれるうちは可愛がらせてほしい」
そう言って寂しそうに笑われると、なにも言えなくなってしまう。
特に婚約が決まってからの数年はずっとこうだ。
兄には私の第二王子との婚約に強い後悔がある。
それは、兄が父に連れられて社交の場に出るようになってすぐの頃、同年代とのお茶会での一言だった。
「シャルが生まれたとき、俺はシャルを一生守りつづけると誓った」
兄がしたこの話はラクシフォリア伯爵家の長男は妹を溺愛しているという笑い話で終わるはずだった。
しかし、数年後、どこからかこの話を知った王家に逆手に取られ、私はイアンと婚約させられた。
『ラクシフォリア伯爵家の長男が一生守ると誓った娘と、彼より家格が下の男が結婚できると思うか? この国の王家である俺がもらってやるのだ。誰も文句は言わないだろう?』
誰の入れ知恵かはわからないが、イアンはこう言って父と兄に婚約を迫ったらしい。後にお茶会で噂好きのマダムから聞いた。
兄の友人であるレイに聞くと、苦い顔をして頷いたので間違いないだろう。
私の婚約者となったイアンは、基本的に何もやりたくないし、何もできない人間だ。
「殿下は本日この部屋にはいらっしゃいません……」
執事の申し訳なさそうな、悲しみすら感じる表情を私はもう何回見ただろう。
私はイアンの執務室で一人、大量の書類をさばき続けた。
イアンの執務室でイアンに会ったことはない。
私がイアンの仕事の大半をこなせることがわかると、彼はすぐにすべての仕事を私に回すように周囲に指示していた。周囲は、王子と婚約しただけの令嬢に任せられる仕事はない、と言おうとはしたらしい。しかし、イアンがあまりにもできないことが多すぎて回す仕事を減らしていたがゆえに、私がやっても問題ないものしかなかった。
むしろ第二王子のフォローができる人物として何かあった時の駆け込み寺扱いだ。
私が仕事を肩代わりできるとなればイアンはますます仕事をしなくなった。そして、暇になったイアンは目についた事業へ思い付きで首を突っ込み、何か言われると理不尽に怒鳴り散らすという迷惑極まりない行動を起こすようになり、その回収とフォローも私の仕事だった。
王城に行けば疲れて帰ってくる私を見て、兄は父から伯爵位を継いだ今でもあの日の発言を悔いている。
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