第27話 怪我を隠した兄がいるので
襲撃から四日。グレンと祖父は無事に帰宅の途についた。
昼食会の準備に事後処理、首謀者の調査など、目が回るほど忙しい。
私も兄と一緒に執務室に籠り、書類の処理に追われていた。
昨日の夜からレイも手伝ってくれている。
「おい、デイヴィット、そろそろ休め」
目の下にひどいクマを作った兄へ、レイが今日、五回目の声をかけた。
「……大丈夫だ」
「いや、大丈夫じゃない。この書類のサイン見てみろ」
「なにかおかしいか」
「おかしいに決まっている。シャーロットの名前を書いているぞ」
「は?」
「は、はこっちのセリフだ。寝ろ」
思わず書類をのぞき込む。サイン欄に兄の字で私の名前が書かれていた。
ほかのところにも誤字や脱字が見られる。これは相当訂正が必要だ。
「兄さま。休んだほうがいいわ。せめて一時間だけでも仮眠をとってきて」
私がそう言うと、兄は少し悩んでから頷いた。
しぶしぶと言った様子で立ち上がった次の瞬間、兄が視界から消え、何かが床に打ち付けられる音がした。
兄が倒れたのだ。
「兄さま!」
「デイヴィット!」
兄に駆け寄り、心音と息を確認する。気を失っているだけのようだ。
顔色がさっきよりも数段悪い。貧血のような状態なのだろうか。
頭を打っている様子はない。
「医者を頼んでくる」
「お願い」
レイが部屋を出ていく足音を背に、兄の首元に触れる。異常に熱い。呼吸も荒いように感じる。
体勢をうつ伏せから横に変えた。兄の首元のタイやボタンをはずして呼吸をしやすくしたところで、兄の脇腹辺り、白いシャツに血のようなものがにじんでいることに気が付いた。
――倒れたときに打った?
シャツのボタンを外す。
「え?」
兄の体には肩から腹にかけて、包帯がぐるぐると巻かれていた。胸のあたりから右脇腹にかけて斜めに血が濃くにじんでいる。
――剣の傷だ。
そう思い至り、腹の奥がすっと冷たくなった。
こんな傷を受けるタイミングなんて決まっている。
今この時点でこれほど出血をしているのだ。耐えがたいほどの痛みだったに違いない。
それを黙って、私たちと同じ、いやそれ以上に動いていた。
後悔が波のように押し寄せる。
気が付けるタイミングはいくらでもあっただろう。
腕だけだと、言っていたのに。
かすり傷だと、言っていたのに。
後悔と怒りが少しずつ混ざり合っていく。
「うぅ……」
兄の苦しそうなうめき声で我に返った。
自分の太ももを強く叩き、気持ちを切り替えた。
手伝いに来てくれた使用人たちに指示を出し、兄をベッドに寝かせる。
「お医者様を待ちましょう」
使用人を下がらせて、ベッドの近くに腰かける。
――兄さまが、治ってから。治るまでは、ちゃんと。
沸いて出た想いに、重い蓋をして心の奥にしまい込んだ。
直視するにはまだ覚悟が足りない。
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