第22話 どうしても祝いたい二人がいるので

「……それは、確かに由々しき事態だ」


 兄は深刻な顔で深くうなずく。


「えぇ、力及ばず、申し開きもできませんわ」

「いや、サラ嬢は本当によくやってくれたよ。悪いのは奴らだ」

「そう言ってもらえると気が楽になります。けれど私も自分が許せませんの」


 何やら二人で話している。もしや二日後の準備で何か足りないものがあったのだろうか。

 今回の襲撃でなくなるかもしれない大使の訪問だが、重要案件であることに変わりはない。

 

「兄さま、サラ。その例の件について、私に何かできることはある?」


 例の件が何かはわからない。しかし二人の顔を見るに相当大事な話なのだろう。そう思って問いかけると、二人は顔を見合わせ、そして、申し訳なさそうに眉を八の字にしてこちらを見た。


「シャル、ごめんよ。せっかくの記念日だったのに」

「何と言っていいか……本当に、ごめんなさい。準備が間に合わなくて」


 二人の真剣な謝罪に、頭が疑問でいっぱいになる。

 

 記念日とはなんだ。何を計画していたのか。大使の訪問は関係ないのか。

 

 色々考えていくうちに今朝のレイの“二人に恨まれたくない”という言葉を思い出す。

 記念日、準備、いろいろ考えて私は一つの答えに行きつく。


「兄さま。サラ。私が初めて兄さまと呼んだ記念日のお祝いは去年で最後にしてくれってお願いしていたわよね」


 そう言うと、二人はまた顔を見合わせる。


「もう15年以上祝い続けているんだ。今更やめるなんて!」

「私が祝うようになってからまだあまりたってないもの! 少なくともあと5年、いや10年はさせて!」


 二人して異議を唱える様子に頭を抱えそうになる。兄は私の成長記念日を覚えていて、その中の、誕生日と兄さま記念日、あと初めて一緒に外に出かけた日を記念日として盛大に祝う。

 なぜかはわからない。本当になぜかわからないが、盛大に祝う。


 そして三年前からサラも、なぜかそれに参加するようになった。耐えかねた私が開いた会議で、去年、誕生日以外は祝わなくていいと決まった。議長にパトリシアを迎えた公正な判断だったと思う。


 しかし、この二人は強行したらしい。

 私はため息をついて、二人に尋ねる。


「兄さまとサラが用意していたものに料理はあるの?」

「お菓子があるわ。料理はこの後の予定だったから」

「何人分あるの?」

「ざっと、40人分」

 

 なぜそんな量を。人でも呼ぶつもりだったのか。ここにいる使用人より多いじゃないか。

 サラの答えに、私は近くにいた執事を呼ぶ。


「二人が用意したお菓子、みんなに配ってくれる? 料理の食材の準備があるならそれを使ってみんなが食べられるものを厨房にお願いして」


 執事が困った顔をして兄を見る。私のためにとはいえ、実際に用意したのは兄とサラだ。しかし、私の意志を兄が覆すことはないのはわかっている。


「シャルの言うとおりにしてくれ。恒例の祝いの品は別に用意してあるから後日。今日のこれはみなへのねぎらいだ。怪我人でも食べやすい物を頼むよ」


 兄の言葉に執事は私と兄を交互に見て感謝の言葉を口にする。そして、小走りで厨房へ向かった。

 恒例の祝いの品とはなんだ。

 少し不安になったが、それは後日確認することにする。


「兄さま、サラ。お祝いはもっとささやかでいいの」


 祝わないのが一番なのだが、今回はそれが役に立ちそうなので言わないでおくことにする。


「……兄さまもサラも、気持ちはうれしいわ」


 少し暴走しがちなところもあるが、私のことを大切にしてくれているのはわかるのだ。

 それはとてもうれしいし、私も大事にしたいと言う気持ちはある。


 ――しかし、この歳で幼いころの成長をいまだに祝われる恥ずかしさはわかってほしい。


 キラキラした目で、次の祝いの相談を始めた二人を見て私は、次は誕生日だから少しはましかな、と考えていた。

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