第20話 守ってくれる外交官がいるので

「すこし、待っていてくれ」


 私を抱え少し離れたところに降ろすと、レイは私に背を向けて短剣を構えた。


 踏み込んだと思った次の瞬間、レイは男に切りかかる。

 男は攻撃を何とかしのぐので精いっぱいの様子で、じりじりと後ろに後退していく。


 レイは長剣を使わない。

 言葉を武器にする外交官が、一目でわかる武力として、帯剣するのは気が引けると話していたのはいつのことだったか。

 しかし、彼は短剣の訓練を欠かしたことはない。

 

 ――何かあった時、自分と大切な人だけでも何とか生き延びられるように。

 

 服の下に短剣を隠し持つレイは苦い顔でそう言っていた。

 実際、その短剣を振るったことは一度や二度ではないだろう。


「このっ!」


 男が追いつめられる寸前、強く踏み込み掴みかかる。

 レイはその腕を強く引き、男の勢いを利用して床に叩きつけた。

 戦意喪失した男はそのままぐったりと倒れこむ。


「お前らは誰の手のものだ」


 レイが男の胸ぐらをつかみ、怒気を抑えることなく言った。


「……誰が言うか」

「そうか、お前は忠義者らしいな。しかし、お前が言わなくてもほかの誰かは口を割るぞ」

「なんとでも言え。屈するつもりはない」

「ほう……何か、恨みがあるのか。それなら今回はさぞ残念な結果だっただろう」

「はっ、目的は達した。あとで笑うの……はわ、れら……だ……」


 男が話しながらすこしずつ意識を失っていった。突如脱力した男に、驚いたレイが咄嗟に呼吸と心拍を確認している。

 男が生きていることを確認すると、男を雑に転がし、私の方に歩いてきた。

 

「怪我はないか?」

「えぇ、ありがとう。助かったわ。レイも大丈夫?」

「よかった。大丈夫だ。ところで……あれはどういうことだ?」

 

 視線の先は転がっていびきをかいている男。


「……睡眠薬。一か八かだったんだけど、彼らへ出したお茶に混ぜたの。全員飲んだから、他の男たちも今頃気を失ったと思うわ」

「なんて危険なことを」


 レイが頭を抱える。一口飲んで誰かにバレれば即戦闘が始まっていた。あれは相当な賭けだったのだ。


「うまくいってよかったわ」

「あぁ、……出来ればしないでほしかったけどな」


 レイが私の無事を確かめるように触れた。その手の温度にレイもまた無事であることを感じる。


「レイ、ありがとう」


 レイは目を丸くして、頷いた。


「……何かあったら、デイヴィットに合わせる顔がなくなるんだ」


 レイは本当は言いたくなかったような苦い顔をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る