第29話 妹が怒っているので Side:David
襲撃の時、剣で腹を切られた。
それなりに深かったようで、出血がなかなか止まらなかった。
シャルには心配をかけたくなくて、黙っていることにした。レイにも言わなかったがバレた。
パトリシア嬢は気が付かなかったようだが、サラ嬢にはバレた。
「デイヴィット様。それ、早めに白状したほうが身のためですわよ?」
腹を示してそう忠告してきたサラ嬢にあいまいに笑ってごまかしてしまった。
********
ベッドに縛り付けられるような生活を半月ほど過ごし、動けるようになって数日。
久しぶりに起き上がった姿でシャルと対面したら、シャルの態度が少し変だった。
気のせいかと思いたかったが、明らかにシャルと距離できている。
レイも表には出さないようにしているが、かなり怒っている様子で理由を聞きだしてもらえない。
二人で出かけてくると私へ言いにきた時のシャルの顔は、あまりにも他人行儀で、鼻の奥がツンとした。
「あぁー……」
「だから、白状なさいといいましたのに」
思わず出たうめき声をサラ嬢に聞かれた。
にっちもさっちも行かず途方に暮れ、藁にも縋る思いでサラ嬢へ相談に乗ってくれないかと持ち掛けた。
今朝、今日の昼過ぎに行くと連絡がきていたが、もう来たのか。
そう思って外を見る。
日の光は午後の角度だ。
「随分とお悩みのようで」
そうだ、先ほど到着したと言われて部屋に通すよう頼んだ。
随分と、という言葉に引っ掛かりを覚えて聞き返す。
「えぇ、私、お茶を一杯飲み終えましたわ」
「ああぁぁあーもー……」
自己嫌悪で死にそうになった。
サラ嬢が楽しそうに笑っているのが心に来る。
謝罪を口にするとさらに笑みを濃くした。
「で? 相談とは?」
謝罪は受け入れられることなく、本題を促される。
ことの顛末を話すと、要所要所でサラ嬢は苦いものを口に放り込まれて吐き出せないような顔をしながら聞いていた。
「シャーロットにはどう話をしたのです?」
サラ嬢の言葉に私は背中が丸まっていくのを感じる。
「……なにも」
ため息が降ってきた。
「怒らせた自覚はあるようですけど……」
「はい」
さすがにサラ嬢を正面から見られなくなる。
サラ嬢には常々、『もっとシャルと会話をしなさい』『社交界での虫払いをレイ様と私に任せないように』『シャルを知ろうとしなさい』などと会うたびに小言のようなアドバイスを言われていた。
すべてシャーロットを思っての発言であることは十分理解していた。実際に彼女に救われた場面をいくつも知っている。
私も、シャルと同様にいや、おそらくそれ以上にサラ嬢へ絶大な信頼を置いている。
だから、サラ嬢にも叱られるのを覚悟で相談を持ち掛けた。
なにか手掛かりが見つかれば、そう思いなおして、もういちどサラ嬢を見ると、サラ嬢はさっきまでの哀れなものを見るような目はしていなかった。
「デイヴィット様が、シャルのことを一番に考えているのは皆わかっています。もちろんシャーロット本人も」
「そう、か」
「えぇ、デイヴィット様の想いは伝わっているのです。シャーロットにはちゃんと」
サラ嬢が何か、愛おしむような優しげな目をする。シャルのことを思い出しているのかもしれない。
サラ嬢は私の心臓のあたりを指さす。
「でも、シャルの想いは?」
やっと、私は自分の過ちに気が付いた。
ここまで言われないとわからないなんて、私はなんて愚か者だ。
「あとは、シャルと直接話しをするべきです」
私から言えるのは、ここまで。そう言ってサラ嬢は立ち上がる。
「ありがとう。助かった」
「シャルとあなたは、ずっと仲良しでいてもらわないと悲しいですもの。私の為ですわ」
サラ嬢が、花が咲いたように笑う。シャルの笑顔を見たときとはまた違った高揚感を覚えて少し不思議だった。
「今度、またお礼をさせてくれるかな」
「えぇ。シャルと仲直り出来たら、ぜひ」
「あぁ、必ず、シャルに許してもらうよ」
「期待してますわ」
サラ嬢が帰ってから、私はサラ嬢と話したことをもう一度考える。
やはり、シャルとしっかり話をする時間が必要だ。
まだ動ける範囲は限られているから、部屋に来てもらわなくては、どうやって呼べばいいのか。お茶の用意をして、お菓子もいるかも。
脱線を繰り返しながら色々考えているうちに、二人が帰ってきてしまった。
後ほど部屋に行くとシャルからの伝言を届けられ、背筋が伸びる。
まずい。なにも用意していない。
シャルを待っている時間の中で今までで一番緊張している。
控えめなノック、返事をすると数秒置いて、勢いよくドアが開いた。
「兄さま! 喧嘩しましょう」
「……え?」
シャルの後ろで笑いをかみ殺しているレイが見える。
レイ、何を吹き込んだ。
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