第6話 牙を隠した元女傑がいるので

 お茶会とはなっているが、私たち以外に招待客はいない。王太后が個人的に私たちに声をかけた、という形をとったのだろう。

 王城につくと執事と騎士数名に王城の奥、王太后の住む邸へ案内された。


 王城のどこよりも澄んだ空気と評される王太后邸の庭は、どこからか、川のせせらぎのような音が聞こえ、あちらこちらで小鳥がさえずっている。

 

 庭がよく見える窓の大きな部屋に通された。調度品は細やかな手彫りの模様が入った美しい物ばかりで椅子に座ることすら緊張する。


「よくいらしてくださいましたね」


 王太后、アン陛下がほほ笑みながらゆったりと歩いてくる。その凛としたたたずまいに思わず私も背筋が伸びる。


「お招きいただき、ありがとうございます」

「えぇ、会えてうれしいわ」


 陛下は私の挨拶を受けた後、レイに体を向ける。

 

「あなたが、レイ・ディレイン外交官ね。初めまして」

「お会いできて光栄です。陛下」

 

 私とレイに順にあいさつを交わすアン陛下。その穏やかな雰囲気に張りつめていた気持ちが少しほどけた。

 レイは一通り外交官としての挨拶を終えると、席を外すことを願い出る。


「パラディオの国母である陛下にお目通りできた栄誉で十分でございます」

 

 レイの言葉を聞き入れた陛下の指示で別室が用意された。いや、おそらく、レイとともに行くと返事を書いた時点で用意される予定だったと思う。

 もとより、私と二人で話したかったのであろうことは、招待を受けたときからわかっている。だから、兄は連れていけなかった。

 意図を組んで動いてくれるレイは本当に頼りになる。


「彼は随分優秀な方なのね」

「はい、トリトニアでも指折りの外交官だそうです」


 私の当たり障りない返答に陛下は穏やかに微笑んだ。


 *******

 

「息子と孫が、ずいぶん迷惑をかけたわね」


 お茶が用意され定型文の挨拶ののち、そう切り出された。

 わかっていたし、話す内容も事前に決めてきていた。けれど、実際にアン陛下を前にすると、すこし緊張する。


「不幸な行き違いでございました」

 アン陛下は私の言葉に首を横に振る。

「孫が愚か者だったことに変わりはない」

 陛下は額に指を軽く当てて少し下を向く。

「話は全て聞いています。ラクシフォリア伯爵令嬢、あなたは精一杯イアンを支えようとしてくれていたわ」

「身に余るお言葉です」

「イアンは、昔から考えなしで動くことがあったけれど。こんなことになるなんて。本当にごめんなさいね」

「陛下。謝らないでくださいませ。国王陛下からも謝罪をいただいております」


 公的な謝罪はすでに受け取っている。イアンも王族を離れた。これ以上の謝罪を受けいれれば軋轢を生む。

 そう思って口にした言葉を、アン陛下は少し驚いたような顔をした。


「あなたは、ずいぶんとのね」

「……いえ、まだまだ知らぬことの多い小娘でございます」


 陛下は面白そうに目を細める。目の奥に女傑の片鱗が見えた。

 私は及第点をとれたらしい。

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