#14:私がサンタ役をやることになった件(2)~サンタも準備が大変~

また今日も、1000円で夢を売る仕事。私、椎名椎菜しいな・しいなは、メイカーズエリアの廊下を歩いている。今日は、サンタの衣装合わせだ。


バックヤードには、クリスマスの準備に追われる従業員たちの姿。赤と緑の装飾が、あちこちに施されている。このクリスマスカラーって、某飲料メーカーの広告から始まったって本当?世界中が毎年、この色で染まっていく。そのプランナーって、最高の魔法使い...いや、夢遣いだったのかもしれない。


廊下をしばらく進むと、普段はおじゃましない部屋がある。衣装室だ。

ちなみに隣には、普段、ドリーミーやハニーベアが寝泊まりしている(ことになっている)部屋がある。私たちは、「森の家」と呼んでいる。そして、今から行く衣装室は、「森の病院」と呼ばれている。衣装の保管だけでなく、修繕なども行っているからだ。


森の病院の前で深呼吸をする。


「どうかドリーミー達が入院していませんように」


ドアを開けると、50代後半くらいの温厚そうな女性スタッフが迎えてくれた。


「あら、新しいサンタさんね」


メイク担当の田中美月さんだ。優しい笑顔で私を迎え入れてくれる。


「えっと...」


部屋を見渡す。見える範囲でドリーミーたちは居ない。


「大丈夫よ。まずは衣装合わせから始めましょう」


どうやら、私を緊張していると気遣ってくれたっみたいだ。申し訳ないことをした。サンタに集中することにする。


ハンガーから取り出されたのは、立派なもこもこサンタの衣装。ミニスカートタイプじゃなくて良かった。あれだったら、絶対にお断りしてた。まーそれは無いってわかっていたが。


「意外と重いですね、これ」


衣装を手に取りながら、思わず呟く。


「本格的なサンタさんの衣装だからね。寒い夜も暖かく過ごせる分厚い生地に、ファーの装飾、それに大きな袋も持ち運べるようなゆとりのある作り。サンタさんは体格の良い白髪のおじいさんがイメージだから」


田中さんが説明してくれる。


なるほど、と私は納得する。






衣装の調整が終わると、基本動作のレッスン。指導してくれるのは、60代のベテランスタッフ、山田さん。


「子供の目線に合わせること。ゆっくり、優しく話すこと。必ず笑顔を絶やさないこと」


私は静かにうなずく。マジックメモリーズで、普段から気をつけていることと変わらない。むしろ、私の得意分野かも。


「おっ、トナカイも来たぞ」


山田さんの声に振り向くと...


「春日部さん!?」


完璧なトナカイの衣装に身を包んだ春日部さんが、角の動きまで完璧に習得済みの姿で現れた。


「はぁ~、ここまでやるか...」


思わずため息が出る。マジックメモリーズはどうしたんだろう。イベントが終わったら、マジックメモリーズの皆で、お仕置き決定だな。


「では、サンタとトナカイの動きの確認をしましょう」


予想外だったのは、春日部さんと私の息が意外なほど合うこと。練習では、トナカイ役の春日部さんが情熱的に演技するたびに、私が冷静にペースを整えていく。「サンタの手綱さばきが見事だ」と山田おじさんに褒められるほどの息の合った掛け合いになっていた。実際の小道具として、手綱は無いが、春日部さんの熱意と私の冷静さが、絶妙にマッチしていたのだ。


トナカイの引くソリからプレゼント(小さな袋)を受け取り、サンタが子供たちに渡す演技。プレゼントの中身は、パークのキャラクターたちが書かれた紙が入ったフォーチュンクッキー。


試しに一個もらって割ってみると、慌てた感じのサンタ格好のドリーミーが描かれていた。


「ドリーミー♪ 君もクリスマスは、お忙しいね♪」


思わず笑みがこぼれる。


「いいコンビになりそうだ」


山田さんが太鼓判を押してくれた。


練習を終えて、森川さんの満足そうな表情を見る。でも、マジックメモリーズのことが少し心配だ。


鏡に映る赤い服の自分に問いかける。


「よし」


みんなの大切な夢の時間を、私達で彩ろう。


時給は1100円。サンタの夢の原価は、いつもより少し高いのかもしれない。


(つづく)

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