#12:小さな守護者!? (お姉さんは怒ってます)

「Enjoy♪ Your Dreamy TIME♪」


お客様に声をかけながら、ドリーミーのぬいぐるみを渡す。私、椎名椎菜しいな・しいな

私がバイトしているのは、ドリーム・ファクトリーのギフトショップ「マジックメモリーズ」

今日は、休日ということもあり、朝からシフトに入っている。

マジックメモリーズの閉店時間は、閉園時間30分前の20時30分。閉店作業も含めると21時過ぎまで。朝からだと12時間拘束になるけど、今日の私は早番。9時から15時30分までの6時間ちょっと(途中45分の休憩あり)。


ということで、今日は早めに上がらせていただく。


「椎菜ちゃん、お疲れ様」


春日部さんの声に振り向く。シフトリーダーの春日部さんは、内線電話を切ったところだった。


「春日部さん、お疲れ様です」


「森川さんのこと、気になるでしょ?」


突然の質問に、少し戸惑う。先日倒れた森川さんは、まだ休養中だ。あの「パークの天使」と呼ばれる笑顔の裏で、どれだけ頑張りすぎていたんだろう。


「少しずつ良くなってるみたいよ。来週には復帰できるかもって」


春日部さんの言葉に、少し安心する。でも同時に、あの手帳の重みを思い出す。一人一人のお客様への気配り、細やかな心遣い。私たちの仕事は、単なる商品販売じゃない。夢を守る仕事なんだ。


閉店作業を終え、ロッカールームでエプロンを脱ぐ。ジャンパースカートタイプの制服から、私服へ着替える。

明るいブラウンのプリーツスカートにスウェット、上にはレザージャケット。キャップもかぶってスニーカーを履いてスポーツミックスに。秋っぽいコーデにしたつもりだが...... はて?どうだろうか?

今日も一日、笑顔で誰かの夢のお手伝いができた。日常に戻った自分を見つめると、少し疲れた表情が浮かぶ。でも、この仕事は悪くないと思う。


バックヤードを抜けて従業員出口へ。9月も中旬を過ぎ、日が傾くのが早くなってきた。空はまだ明るいけれど、もう夕暮れの気配が漂い始めている。


「今日は寄り道して帰ろうかな」


そう呟きながら、最近ルーティンになりつつある、表通りから一本裏側の住宅街の道をあるく。暑さは残るけれど、風に乗って秋の気配を感じる。


しばらく歩くと、翔太くんたちの公園が見えてきた。


「ん?」


そこには見慣れた姿。ブランコに座る翔太くん。でも、いつもと様子が違う。本を読んでいるわけでもなく、ただぼんやりと空を見上げている。


「翔太くん?」


声をかけると、少し驚いたような表情を見せる。いつもの落ち着いた様子とは違う、何か心配事があるような雰囲気。


「椎...。お姉さん...」


うん!?いま椎菜と呼ぼうとしてくれたのかな?

是非そう呼んでくれたまえ少年。

でも今はそれどころでないよね。どうしたのだろうか。


「どうしたの?なんだか元気ないみたいだけど」


ブランコの隣に腰掛けながら尋ねる。夕暮れの公園に、二人の影が長く伸びる。


「実は...琴葉が、学校で転んでしまって」


「え?大丈夫なの?」


「顔を切ってしまって。傷は残らない。そう先生は言っていたんですが……」


翔太くんの声が少し震える。


まて!まて!それって大事では?


「春奈が保健室まで付き添ってくれて...。でも、僕が…」



言葉を途切れさせる翔太くん。その表情には、何か後悔めいたものが浮かんでいる。


僕が......

その先の言葉を私は黙って待つ、でも翔太くんはそこで黙ってしまった。


翔太くんが琴葉ちゃんにケガをさせてしまったということなのだろうか?



「翔太くんが、琴葉ちゃんに怪我をさせちゃったの?」


翔太くんは否定も肯定もしない。ただうつ向いている。


私は彼の前へ移動し、しゃがんで目線を合わせる。距離にして、50センチぐらい。彼の目がうるうると揺れていた。年齢にそぐわない大人でミステリアスな、いつもの彼の面影はそこにはなかった。


小学生の男の子が、クラスメートの女の子のケガに対してどれほど責任を感じる必要があるのか。原因が彼にあれば別だけど。きっとそれは違うと確信している。推測でしかないが、私には自信があった。

先日の鬼ごっご(という名のかくれんぼ)にだって、琴葉ちゃんがケガをしないよう目を配っていた彼のことだ。翔太くんに限ってそんなことはないと思う。私は、彼の安全第一な「ほにショー」ファンなのだから。

小学生に対して思うことも変な話だけど、そういう意味では翔太くんのことは信頼しているのだ。


多分彼の気持ちとしては、”琴葉ちゃんのケガを避けてあげられなかった”ということなのだろう。



「なんで琴葉ちゃんが顔を切るケガをしたのかは分からないけど...翔太くんがそんな顔をしていると琴葉ちゃんは悲しいじゃないかな」


彼は黙って聞いている。


「というかさ~、多分だけど、『ケガを止められなかった僕が悪い』とか思ってるでしょ。翔太は」


小学生の男の子に話しかけるのではなく、自分のクラスメートの男子に説教します。的な口調に変化する私。『くん』づけも外す。


彼の目線が私に向く。

はい。それで良し!私の話を聞きなさい!!


「うざいよ翔太! ストーカー予備軍だよ!!」


彼の目が丸くなる。

でも、つぎつぎいくよ!


「なんだ!琴葉ちゃんの保護者か君は!?(そりゃー娘がケガをすればツライよ!)」

「恋人なのか?(もしそうだったらゴメン。でも君の琴葉ちゃんを見る目は違うと私は感じている)」

「お兄ちゃんか?(お兄ちゃんでもそこまで責任を感じなくて良し。原因が自分でなければね)」


矢継ぎ早に、彼を否定するような言葉を突き刺す。

年上として、どうかとも思うが、ここは心を鬼にして、突き刺す話す


「君は優しいから...琴葉ちゃんがケガをした責任を感じてしまうかもしれないけど、」


ちょっとお姉さん口調に戻す。

「...それは違うと思うよ」


乱暴な言葉より、普段の私の口調のほうが突き刺さったと思う。


彼の目線がまた下を向く


「私は、琴葉ちゃんや春奈ちゃん達を大切に思う、いつもの翔太くんのことは大好きだけど、今の君は嫌いだな。」



ゆっくり彼の手を握る。

そして、そのまま立ち上がり彼の手を引く。


びっくりしつつもおとなしく手を引かれる翔太くん。


「さ~行こうか」


「どこへ...」


「琴葉ちゃんのお家へ!」


また、ちょっと口調が強くなり、乱暴な私がでる。お姉さんは怒っているのです。


琴葉ちゃんの家へいきなり訪問するのは失礼だとわかっている。

でも、今日は、それでも彼を連れて琴葉ちゃんに会いたいと思った。


前に教えてもらった。公園に隣接するマンション。

そこへ向かって歩き出す。






* * *






いつも私が使う公園の入口とは反対側にあたる公園の入口前。そこに目的地があった。

白を基調とした5階建てのマンション。1フロアーあたり5世帯程度かな。奥行きがあるというよりは、横に幅広い印象のマンション。


二人してマンションの前に立ち止まっていてもしょうがない。


「翔太!いくよ!」


翔太くんの手をつないだまま、彼をマンションに誘導する。

まだ「お姉さん怒ってます」モードは発動中である。


マンションに入ると、集合玄関がオートロック式らしく、地面から腰の高さぐらいまで生えた打ちっぱなしのコンクリート。その上にインターフォンの端末があった。それだけの小さいエントランスホール。自動扉は、スモークガラスでエントランスの先は見えなくなっている。


インターフォンを前にして停まる私。

そういえば、琴葉ちゃんのお家の部屋番号を知らないや。


「翔太。琴葉ちゃんのお部屋は何号室?」


手をつないだままの彼に聞く。


「5階です。507号室」


「507号室ね」


1フロアーに5部屋以上あった...っていうのはどうでも良い。


私は、翔太くんとつないだ手と反対側の手で、インターフォンのボタンに手を伸ばす。


と、その時、静かにスモークガラスの自動扉が開く。


「椎菜お姉さん?!......翔太くん!」


おさげ髪の女の子、春奈ちゃんだ。まだ制服を着ている。


「椎菜お姉さんと翔太くん?」


春奈ちゃんに続いて出てきたのは、琴葉ちゃん。

薄いピンク色のワンピースに白のカーディガンを羽織っている。こちらは私服。


どうやら春奈ちゃんを家の前まで送ってきたところみたいで、二人とも肩を寄せ合うように仲良く出てくる。制服と私服という違いはあれど、その仲の良さは双子のよう。



「椎菜お姉さーん!」


琴葉ちゃんが駆け寄ってくる。その姿は、とても怪我人には見えない。むしろいつも以上に元気いっぱい。小さなお姫様は、私の腕に飛び込んでくる。それを私はバイトで鍛えた腕で受け止める。白馬にのった王子様ではないけど許してね。


「あれ?琴葉ちゃん、怪我は...?」


「ちょっと切り傷が付いただけで、大丈夫だよ」


そういってほっぺを見せてくれる琴葉ちゃん。

確かに、言われなければ分からないくらいの小さな傷あと。心配するのもわからなくはないけど、これなら大丈夫そうだな。過剰な心配は、それだけ相手のことを想う気持ちの表れ。テーマパークでもよく見かける光景だ。


「春奈ちゃんが付き添ってくれたんだって」


私は、琴葉ちゃんを抱きしめながら話しかける。


「うん!保健室まで一緒に行ってくれて、ずっと側にいてくれたの」


春奈ちゃんが照れくさそうに頬を赤らめる。


「当たり前だよ。友達なんだから」


その言葉に、琴葉ちゃんの目が輝く。二人の絆が、またひとつ深まった瞬間を見た気がした。


「翔太くんもありがとう。保健室で先生にお話ししてくれて。」


琴葉ちゃんは翔太くんに向けて、お礼を言う。


「手当してもらっている間に翔太くんいなくなっちゃったから...なかなか『ありがとう』って言えなくって...」


なんだ、翔太も頑張ってるではないか。君はなんでそこまで気に病むんだい?


「翔太。やるじゃん!」


琴葉ちゃんを解放して、彼のほっぺを指でつんつんする。

彼はちょっと嫌そうな顔をしたけど、その状況をおとなしく受け入れている。


「それにしても翔太は、ずいぶん落ち込んでたんだよ?」


ほっぺに指つんつんを続けながら、彼女たちに暴露する私。


「今もだけど」


ほっぺに指つんつんを続け...以下略。


私の言葉に、琴葉ちゃんと春奈ちゃんが翔太くんの方を見る。


「え?そうなの?」


「うん。『琴葉ちゃんが怪我したのは僕のせいだ』って」


「翔太くん、そんなことないよ!」


私の腕から離れて、琴葉ちゃんが真っ直ぐな目で翔太くんを見つめる。


「翔太くん、今日はごめんね」


琴葉ちゃんの声に、彼の目線が上がる。


「廊下で走るなって、いつも翔太くんが言ってくれてたのに...」


「私も琴葉を止められなくて...」


春奈も申し訳なさそうに言う。でも、二人の表情には後悔の色はない。むしろ少し照れくさそう。


「だって、春奈が『図書室に面白い本あったよ』って言うから、早く見たくて」


「あ!そういえばその本、まだ図書室に置きっぱなし!」


「え~!もう貸出時間終わっちゃったよ~」


二人の自然なやり取りに、翔太の緊張が少しずつほぐれていく。私にはその変化がよく分かった。


「でもね」


琴葉ちゃんが改めて彼の顔を見る。


「次からは気をつけるから。翔太くんの言うこと、いつも正しいもん」


春奈ちゃんも頷く。二人の素直な言葉に、翔太の表情が少しずつ和らいでいく。

まるで、テーマパークでよく見かける光景みたい。注意されて落ち込んでいた子が、友達の言葉で元気を取り戻す瞬間。でも、ここには演出も台本もない。ただ素直な気持ちがぶつかり合って、優しい空気が生まれている。

琴葉ちゃんが彼にゆっくりと歩み寄る。


「いつもありがとう。翔太くん。私は大丈夫だよ。また、みんなで遊ぼうね?」


その言葉に、翔太くんの表情が少しずつ和らいでいく。


はぁ~。こういうの、いいな。


良きかな良きかな。


三人の様子を見ていると、とても好ましく思う。

私も三人に何かしてあげたいなぁ~


あっ!? そういえば‼

私の部屋の引き出しに全然使わないので溜まっている、ドリーム・ファクトリーのモニタリングチケットを思い出す。

モニタリングチケットは、従業員メイカーズ に渡されるパークの特別招待券。研修としてパーク内で遊び、その体験を仕事に活かせ!という目的に作られたらしいけど、家族や友人に渡して使ってもらっても何ら問題ないチケット。一種の福利厚生の一部らしい。


「そうだ!みんなでドリーム・ファクトリーに遊びに行かない?ちょうどチケット余ってるだよね」


「えー!本当に!?」


「良いですか!?」


私の提案に、琴葉ちゃんと春奈ちゃん、二人の目が一斉に輝く。

翔太はまだ本調子に戻っていない。


「うん。みんなの休みが重なる日に、みんなで一緒に行けたらいいな」


「わぁ!行きたい!」


私の言葉に琴葉ちゃんが跳びはねる。春奈ちゃんも嬉しそうに頷く。そして翔太くんも、久しぶりに柔らかな笑顔を見せた。


三人の喜ぶ姿を見ていると、私の中でも温かな気持ちが広がっていく。今まで笑顔を売る仕事をしてきたけど、こうして皆と一緒に笑顔になれるのも素敵だな。






* * *






空を見上げると、もう夕暮れが深まっていた。街灯が次々と灯り始めている。


「みんな。もう暗くなってきたから帰ろうか。」


長居をしてしまった。そろそろ翔太も春奈ちゃんも帰る時間だ。


私の言葉に、三人は名残惜しそうにしながらも頷いた。


「「また明日!」ね!」


4人の声が重なる。

いつもの挨拶。でも特別な響きを持っていた。

みんなで過ごす、次の一日を約束する言葉として。


マンションの前で立ち止まり、三人の帰宅を見送りながら、私は空を見上げる。


今度、里奈と美咲をパークに誘ってみようかな。その時は健太も誘ってやるか。

なんとなく友人たちの顔を思い浮かべていた。


空には小さな光が、優しく瞬いていた。



P.S. 今日から翔太くんは翔太だな。

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