椎菜のクリスマスはサンタクロースで
#13:私がサンタ役をやることになった件(1)
また今日も、1000円で夢を売る仕事。私、
12月のドリーム・ファクトリーは、すっかりクリスマス一色だ。
10月末のハロウィンイベントが終わるや否や、オレンジと紫のイルミネーションは青と白のLEDに取って代わった。夜になると、パーク全体が幻想的な光に包まれる。昼間でも、あちこちにクリスマスツリーが設置され、従業員たちはサンタ帽を被っている。
「ドリーミー、君までサンタさんになっちゃったの?」
私は手に持ったぬいぐるみに話しかける。パークのマスコットキャラクター、フクロウのドリーミーは、今や真っ赤なサンタ帽をかぶっている。大きな瞳と丸い体型は相変わらずだけど、季節限定の衣装が新鮮だ。
「原価は据え置きかな?いや帽子分は上がってるから、販売価格も……」
ドリーミーのぬいぐるみを棚に並べながら、いつものように独り言。
「椎菜ちゃーん!」
突然の声に振り向くと、スマイルキッチンの森川さんが小走りでやってくる。パークの天使と呼ばれる彼女の笑顔は、今日も眩しい。
「森川さん、どうしたんですか?」
「あのね、お願いがあるの!」
森川さんの切羽詰まった表情に、私は思わず身構える。この表情は、何か重要な依頼が来る前触れだ。
「実は、クリスマスマーケットのサンタ役が一人足りなくて......」
「え?」
今年のクリスマスイベント『スターライト・ウィッシュ~ティーナ姫のクリスマス~』は、パークの人気キャラクター、ティーナ姫が主役の冬の祭典だ。
そこのクリスマスマーケットの人員が足りないらしい。パークが全力を上げているのに、人が足りないらしい。私はちょっと驚きだ。
「椎菜ちゃんにお手伝いしてほしいの!」
一瞬、頭の中が真っ白になる。サンタ...役?
「私が?でも、マジックメモリーズは......」
「大丈夫!春日部さんにはもう許可もらってあるから!」
なるほど。そういうことか。春日部さんも森川さんには頭が上がらないんだな。まあ、そうだよね。
屋外のクリスマスマーケットでのサンタは寒そうだ。どうせなら、トナカイはダメだろうか?サンタよりトナカイのほうが、
「トナカイ役とかは......」
トナカイ役ができないかとダメもとで提案している。
「あ、トナカイは春日部さんがやることになってるの」
「えっ!?」
思わず声が裏返る。実際トナカイ役があったことにも驚いたし、春日部さんがトナカイ?おいおい、ここの責任者は何を考えているんだ。じゃあ、マジックメモリーズはどうするつもり?
「あのね」といって、森川さんが声を潜めて教えてくれる。
「春日部さん、私が『トナカイ役を探してるんです』って言った途端、『僕にやらせてください!』って...」
森川さんは少し困ったような、でも嬉しそうな表情を浮かべる。
「『衣装のサイズ、すぐ測りますから!』って、メジャーを持って走っていったの。久しぶりにあんな慌てた春日部さんを見ちゃったよ」
なるほど。春日部さんもやっぱり天使には抗えないか。それにしても想像以上の食いつきだ。
「椎菜ちゃん、お願い!私、今回のマーケットの責任者なの。絶対に成功させたいの!」
森川さんに拝まれる。
ここまでいわれたらしょうがない。私も森川さんの頼みは断れない。ある意味春日部さん、およびそのほか男性陣と同類。天使には抗えないのだ。
森川さんの真剣な眼差しに、やれやれという気持ちで「はぁ~」とため息をつく。でも、悪い話じゃない。
「分かりました」
「ほんと!?ありがとう!」
抱きつこうとする森川さんを、私は優しく制する。
「でも一つ聞いていいですか?」
「なに?」
「サンタ役って特別手当あります?」
森川さんは一瞬きょとんとした後、クスッと笑う。
「時給100円だけUPです♪」
「でも北極からの出張手当とか、トナカイの餌代とか...」
「椎菜ちゃん、相変わらずね」
森川さんは優しく笑いながら、私の背中を軽く叩く。
「じゃあ、衣装合わせは明日、お昼休憩の時にやりましょ!」
そう言い残して、森川さんは小走りで去っていく。その後ろ姿を見送りながら、私は小さく笑う。
商品棚に目をやると、サンタ帽を被ったドリーミーのぬいぐるみが、いつもの優しい目で私を見つめていた。
「ドリーミー、私もサンタさんになっちゃうみたい」
ぬいぐるみは何も答えない。でも、その丸い瞳が「頑張れ」と言ってくれているような気がした。
商品棚の整理に戻りながら、私は小さく呟く。
「よーし。」
まあ、トナカイの春日部さんも見てみたいし。
(#14へつづく)
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