公園の友達
#09:寄り道の温度(夕陽の中の小さな出会い)
また今日も、放課後のチャイムが鳴る。私、
「はい、テストを返却します」
数学の藤沢先生の声に、教室全体の時間が停まる。あぁ~、あの時の単元テスト。
というかなぜ今!? HR後に返却する?
帰宅しようとしていたクラスメートたちの席に戻る。
すまん。すまん。授業中に返し忘れた。なんて言いながら藤沢先生が教壇に立った。
「今回の平均点は76点。まずまずの結果ですね」
そう告げた後、藤沢先生は、教室内を歩きながら一人一人答案用紙を返していく。
「山田」「はい」
「佐藤」「はい」
「鈴木」「...はい」
一人一人にコメントを添えながら、藤沢先生はゆっくりと教室を回っていく。ゆっくりと私の席に近づいてくる足音が、心臓の鼓動と重なる。
「椎名」
「はい」
名前を呼ばれて立ち上がる。テストを受け取りながら、そっと点数を確認する。
...92点。
よし!上出来。
「よかったね、椎菜」
隣の席の美咲が小声で話しかけてきた。天然パーマ気味の髪がくるくると揺れて、チャームポイントの八重歯が見える。今日も変わらずかわいい彼女は96点。さすがだ。
「美咲はすごいね」
「ううん、椎菜だってバイトしながらこの点数はすごいよ」
ストレートな美咲の言葉に、少し照れくさくなる。でも確かに、バイトで時間が作れない分、隙間時間で頑張った結果は出せたと思う。
藤沢先生が最後の一枚を返却し終わる頃には、ざわざわと声が漏れ始める。
「やばかった~」
「意外と取れた!」
「次回の予告、ヤバそう...」
ちなみに、机につぶれている男子生徒が一人いる。私の右斜め前方距離5メートル。健太だ。どうやら思いのほか悪かったらしい。確かにテスト前自信なさそうにしていたなと思い返す。
まぁ~、本人に頑張ってもらうしかないのだが、今度勉強会でも組んであげようかとも思う。
テスト返却も終わり、改めて帰り支度を始めるクラスメート達。私も、帰りの支度をしながら、窓から外を見る。夕暮れ前の空。青空と雲は、夏らしいコントラスト。ただ暑さは残るけど、窓から入る風は確実に秋の気配を運んでおり、白いカーテンがそよそよと揺れている。
いつもならこの時間、バイトのために急いでバス停に向かうところだが、あらためてスマホのアプリを立ち上げシフト表を確認する。今日はOFF。
念のためメッセージアプリも確認する。緊急事態もなさそうだ。
本日も、ドリームファクトリーは異常なし。
「たまには寄り道でもしようかな」
そう呟きながら、かばんを持ち上げる。普段は見過ごしている景色を、ゆっくり眺めてみたい。
「椎菜、今日はバイトないの?」
美咲が不思議そうに尋ねる。
「うん。珍しく休み。部活も休みだから、少し散歩でもしようかなって」
「いいなぁ。私も付き合いたいけど、今日は塾だから...」
美咲は少し残念そうに笑う。その表情にまた八重歯がちらり。
「また今度ね」
「うん、また今度!」
教室を出て昇降口へ向かう。部活に向かう者、遊びに行く人。廊下も昇降口も賑やかだ。
下駄箱で靴を履き替える時、部活帰りの生徒たちとすれ違う。汗の匂いと笑い声が混ざり合う。私も部活、もう少し参加できたらいいんだけどな...。
昇降口を出たら、まだ夏の太陽のまぶしさを感じる。目を細め、手で影を作りながら空を見る。まだ陽は高い。バイトも無い。部活も無い放課後。学業に当てるのが学生として本分かし知れないけど......
「まわり道して帰ろう」
今日はいつもと違う道を選んで帰ってみることにした。いつもとは違う角を曲がり、表通りから一本裏道を歩いてみよう。
校門を出ると、秋を感じる風が髪をさらう。まだ暑いはずなのに、どこか清々しい。
そしていつもは真っ直ぐいく丁字路を曲がる。表通りの一本裏側。
裏通りは、閑静な住宅街で、生活の音が聞こえてくる。子供がお母さんを呼ぶ声、テレビの音、どこかで鳴いている猫の声。夕暮れ前の街は、こんなにも音で溢れている。
いつも通るコンビニの裏側を通りかかると、そこには通用口があるらしく、その前でスタッフが荷物を運び込んでいる。コンビニの裏の顔。
たった1ブロック違う道を歩くだけで、まるでテーマパークの裏側を歩いているようだ。お客様が見る夢の世界と、スタッフが見る裏世界の境界。
遠くに観覧車が見える。今日も太陽の光を受けて、ゆっくりと回っている。いつも乗客を乗せて回っているけど、裏路地から眺める今日はなんだか寂しそうに見える。...あれ、なんか今の私ってアンニュイ!?
そんなことを考えながら、町の裏通りを散策する。
「ん?」
小さな公園が目に入った。
ブランコや滑り台があって、街路樹に囲まれた静かな空間。
秋の夕暮れが、遊具を優しく照らしている。ブランコの影が、砂場に長く伸びている。鉄棒の横では、一枚の落ち葉がくるくると舞っている。
どうやら、思ったより時間が経っていたようだ。
夏の日差しはなりを潜め、秋の気配に変わっていた。
普段なら下校時間で賑やかなはずのこの公園も、この時間はもう静か。子供たちはみんな帰ったのかな...。
そう思った瞬間、違った。
ブランコに座って泣いている女の子がいる。小学生くらいだろうか。紺の制服に身を包んだ小さな背中が、かばんを抱えたまま震えている。夕陽に照らされた横顔が、切なく光っている。
そして、隣のブランコには一人の男の子が座っている。同じく小学生。でも不思議と、その佇まいには落ち着きがあった。ゆっくりとブランコを揺らしながら、女の子に寄り添うように座っている。
二人の姿が、夕暮れの光の中でシルエットのように浮かび上がる。何だろう、この光景。テーマパークで毎日のように見かける光景とは違う、でも確かに大切な何かが、ここにはある。
私は思わず足を止める。砂利を踏む音が、静かな空間に響く。
男の子がゆっくりと顔を上げた。優しい目をした、穏やかな表情。夕陽に照らされた瞳が、深い光を湛えている。
「こんにちは。お姉さん」
予想外の声かけに、少し驚く。敬語で、丁寧な口調。でも、どこか親しみのこもった響き。
「あ、こんにちは」
私も思わず返事をする。声が、少し震えた気がする。
「琴葉が、ちょっと落ち込んでいるんです」
男の子が静かに説明を始める。その声は落ち着いていて、年齢以上の深みがある。
「友達と、ちょっとした行き違いがあったみたいで」
泣いている女の子...琴葉ちゃんが、少し顔を上げる。目が赤くなっている。制服の袖で、涙を拭おうとする仕草が痛々しい。
「私、嫌われちゃったのかな...」
小さな声で呟く琴葉ちゃん。その声に、どこか見覚えのある不安を感じる。ああ、そうか。テーマパークで時々見かける、友達同士でケンカしちゃった子たちの声と同じだ。小さな誤解が、大きな不安になってしまう瞬間。
男の子が穏やかな声で言う。まるで、暗い部屋に小さな明かりを灯すように。
「きっと大丈夫だよ」
その言葉に、私も思わずうなずく。そうだよね。
「そうだよ。私もバイト先で、よく似たような場面を見るんだ」
琴葉ちゃんが興味深そうに顔を上げる。涙で潤んだ目に、小さな希望の光が宿る。
「バイト...?」
「うん。テーマパークでバイトしてるんだけど、友達同士の小さな行き違いって、よくあることなんだよ。特に仲の良い友達だからこそ、ちょっとした誤解が大きく感じちゃうことも」
私は自分の経験を思い出しながら話す。毎日のように見かける光景。でも、その一つ一つが大切な物語なんだ。
「でも、それは裏を返せば、それだけ相手のことを大切に思ってるってことでもあるんだ」
琴葉ちゃんがゆっくりと顔を上げる。ブランコの鎖を握る手に、少し力が入る。
「本当に...?」
「うん。明日、そのお友達に話しかけてみたら?きっと相手も同じように気にしていると思うよ」
男の子が静かにうなずく。その仕草には、不思議な説得力があった。
「春奈たちも同じ気持ちだと思うよ」
男の子の言葉に、琴葉ちゃんの表情が少し明るくなる。涙の跡が、夕陽に輝いている。
春奈ちゃんが喧嘩してしまった琴葉ちゃんの友達なのかな。でもきっと大丈夫だよ。
静かな時間と、夕暮れの光が三人を包む。公園の木々が、優しい影を落とす。金木犀の香りが、ふわりと漂ってくる。不思議と心地よい空気が流れている。テーマパークとは違う、でも同じくらい大切な空間。ブランコの軋む音だけが、静かに響く。
「ありがとう...。お姉さんも、翔太くんも」
琴葉ちゃんが小さく微笑む。
「琴葉、もう大丈夫?」
男の子.......翔太くんが優しく尋ねる。その声には、深い思いやりが込められている。
「うん......。明日、話してみる。翔太くん、お姉さんありがとう」
私は頷きながら、ハンカチを琴葉ちゃんの顔にあて、彼女の涙を拭く。琴葉ちゃんはおとなしく、されるがままで居てくれる。
そしてほんの短い時間だったけど、涙を拭き終えると、琴葉ちゃんのやわらかい笑顔が現れた。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
翔太くんの言葉をきっかけに、三人で立ち上がる。夕暮れはさらに深まり、街灯が次々と灯り始めていた。オレンジ色の光が、公園を優しく包み込む。
琴葉ちゃんは、ブランコから立ち上がると制服のスカートをきちんと整える。その仕草に、少し自信が戻ってきたように見える。
「お姉さん、ありがとうございました」
翔太くんが丁寧にお辞儀をする。背筋をぴんと伸ばした立ち姿が、どこか凛としている。
「また明日」
そう言って、翔太くんは琴葉ちゃんと一緒に帰っていく。二人の後ろ姿が、夕暮れの中にゆっくりと溶けていく。影が長く伸びて、やがて街角で消えていった。その光景を見送りながら、私は不思議な温かさを感じていた。
まるで映画のワンシーンみたい。でも、これは演出された物語じゃない。確かな優しさが息づいている、本物の一瞬。
「はぁ~。今日は、いつもとはちょっと違う
帰り道、私は空を見上げる。観覧車の光が、優しく瞬いている。
ポケットに手を入れると、バイトの名札に触れる。今日は、夢を売る側から、夢を見守る側になれた気がする。そんな贅沢な日だった。
明日からまた、テーマパークでの日常が始まる。でも、今日出会った優しさを忘れずにいたい。琴葉ちゃんと翔太くん。公園での小さな出会いが、私の中で静かに光を放っている。
「よし、帰ろう」
私は歩き出す。秋の風が、優しく背中を押してくれる。今日の寄り道は、きっと良い思い出になるんだろうな。そう思いながら、家路についた。
(#10につづく)
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