#10:優しい4人の時間<1>(なぜか小学生との鬼ごっこ。脚本家つき)
「えー、今日は早く終わりなの?」
体育館に里奈の声が響く。私、
「顧問の野崎先生が、用事があるんだって」
「そっか...。でも珍しいよね、椎菜が練習に来れるのに、こんな早く終わっちゃうなんて」
里奈が少し残念そうな顔をする。確かに。今日は珍しくバイトが休みで、久しぶりに部活に参加できたのに。
はぁ~。タイミング悪すぎ。
いつもは19時まで練習できるのに、今日は16時半に終了。時計を見ると、まだ夕暮れ前だ。テーマパークの観覧車が、遠くでゆっくりと回っているのが見える。
「ごめんね、里奈。せっかく誘ってくれたのに」
「ううん、椎菜が来てくれただけでも嬉しいよ。それに、たまには早く帰れるのもいいかも」
里奈の明るい声に、私も少し元気が出る。バイトと部活の両立って、本当に難しい。でも、みんなが理解してくれているのは、すごく心強い。
「椎菜、着替えよ。汗冷えるよ」
部室で制服に着替えながら、不思議な感覚に襲われる。この時間、普段はテーマパークでユニフォームに着替えている時間。1000円で夢を売る仕事。でも今日は違う。
「あ、椎菜。私、このあと用事があるから、先に行くね」
里奈が髪を直しながら言う。
「うん、お疲れ様」
一人になった帰り道。表通りから一本入った住宅街へと足を向ける。金木犀の香りが漂う静かな道。まだ汗が引ききらない体に、秋の風が心地よい。
ふと、先日の公園のことを思い出す。泣いていた琴葉ちゃんと、そっと寄り添っていた翔太くん。あの後、どうしているかな。
「そうだ...」
いつもと違う時間の帰り道。なら、あの場所にも寄れるかもしれない。
住宅街の路地を抜けると、公園が見えてきた。夕暮れ前なのに、意外と賑やかな声が聞こえる。
「椎菜お姉さん、一緒に遊ぼう!」
公園を覗くと、大きな声が聞こえた。琴葉ちゃんの声だ。
数人の女の子たちのグループの中にいた琴葉ちゃんは、私の姿に気づくとすぐさまみんなから抜け出し、両手を振りながら駆け寄ってきた。黒髪のおさげを揺らした女の子も後に続いている。
少し離れたブランコには、前も見た光景。翔太くんが座って、膝の上の本を静かに読んでいた。夕暮れ前の柔らかな光の中、どこか懐かしい風景。
「琴葉ちゃん、元気そうだね」
「うん!もう全然平気!それにね、春奈とも仲直りできたの!」
琴葉ちゃんが嬉しそうに、後ろの女の子...春奈ちゃんに目線を送る。先日の涙は、もう跡形もない。
「あの、この前は...ありがとうございました」
春奈ちゃんが照れくさそうに言う。おさげ髪が揺れる。
「ありがとう。仲直りできて、私も嬉しいわ」
「だから、一緒に遊ぼう!ねえ、ねえ!」
琴葉ちゃんが私の手を引く。
今日の部活も早く終わっちゃったし、なんか中途半端な感じで、汗は乾いたけど、体はまだ動きたがってる。まぁ~制服だけど、ちょっとくらい走り回ったって.大丈夫か……
「...いっちょやったろうか!」
思わず口から出た言葉に、琴葉ちゃんと春奈ちゃんが目を輝かせる。
かばんを置いて、スカートを軽く整える。春奈ちゃんと琴葉ちゃんが、小さな歓声を上げる。
「じゃあ、私が鬼ね!」
カウントを始める私の背中越しに、「あっち!」「こっち!」という子供たちの声が飛び交う。木々の影が、少しずつ長くなり始めている。
10、9、8...
目を瞑っていても、周りの様子が手に取るように分かる。お客様の動きを察知するバイトでの経験...なんて言えないけど、今は単純に楽しい。体育館での中途半端な疲れも忘れて、純粋に遊びを楽しむ時間。
3、2、1...
「もういいかい?」
「まーだだよ!」
懐かしい掛け合い。小学生の頃、私も同じ言葉を交わしていたっけ。
「もういいよ!」
目を開けると、公園が柔らかな光に包まれている。木々の影が伸びて、かくれんぼには絶好の時間帯。
琴葉ちゃんの制服の袖が、滑り台の向こうでちらりと見える。春奈ちゃんは...ブランコの陰かな?
「見~つけた!」
琴葉ちゃんが「きゃー!」と可愛らしい声を上げて逃げ出す。その仕草は、先日の緊張した表情からは想像もできないほど自由で伸びやか。
追いかける私の背中に、翔太くんの穏やかな声が届く。
「琴葉、右に行くといいよ」
...って、ちょっと待って。なんで右?左の方が、砂場と滑り台の間の抜け道があって、絶対に逃げやすいじゃん。バスケで培った私の動きなら、あの狭い通路だって...。あ。そうか。だから右なのか。子供には狭い場所での追いかけっこは危ないもんね。
はぁ~。まるでテーマパークのアトラクションの案内係みたいな完璧な指示。子供の遊びにそこまでの配慮いる?でも、言われた通り右に逃げた琴葉ちゃんは、確かに楽しそう。まあいいか。今日は翔太くんの脚本による「放課後の鬼ごっこショー」、略して「ほにショー」ってことで。
遊びの中でも、誰かを見守ることを忘れない翔太くん。その優しさが、夕暮れの空気に溶け込んでいく。
結局、春奈ちゃんを最後に捕まえて、一回目の鬼ごっこは終了。少し汗ばんで、ブランコ前の柵に腰を預ける。
「椎菜お姉さん、すごく上手!」
「うん!私たち、全然逃げ切れなかった」
体格差もあるし勝てて当たり前な気もするけど、素直な褒め言葉に少し照れる。
「みんな、楽しそうでしたね」
翔太くんが、ブランコから静かに話しかける。その視線には、優しさが満ちている。
「翔太くんは、いつも本を読んでるの?」
ふと気になって尋ねてみる。
「はい。この本が特に好きなんです」
『星の王子様』を見せてくれる翔太くん。表紙が少し色褪せている。大切に読み込まれた跡が感じられる。
「私も、小学生の頃に読んだことがあるな...」
「じゃあ、少し読んでみましょうか?」
翔太くんの提案に、なぜか琴葉ちゃんと春奈ちゃんが目を輝かせた。
(#11につづく)
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