#04: 夢の国の片隅で見つけた、大人の事情
「いざ、夢の舞台へ」なんて、テレビCMみたいなこと言ってみる。
でも、現実はそんなに甘くない。
さあ、今日のアルバイト時給1000円の幕開けだ。
はぁ~、また今日も夢の国で汗をかくか。
キャラクターショップ「マジックメモリーズ」に到着。店内の持ち場に立つ。
陽が傾き始め、テーマパーク「ドリーム・ランド」に薄暗さが忍び寄る。
園内の街灯が次々と灯り始め、昼間の喧騒が夜の静けさへと移ろいでいく。
どこか物憂げ《アンニュイ》な雰囲気が漂い始める中、夏の暑さが和らぎ始めた9月の風が園内を吹き抜けていく。正直、この風、従業員の疲れも運んでってくれないかな。
私、椎名椎菜は、レジ越しに、ぽつぽつと歩く人々を眺める。閉店まであと1時間。今日もまた、誰かの思い出作りのお手伝い。...ってことは、私が作ってる夢の原価っていくらなんだろ。
時給1000円。この積み重ねが、いつか私の夢への切符になる。大学進学のための資金だって、少しずつだけど貯まってきてる。そう思うと、この仕事も悪くない。
......なんて、ちょっと大人っぽいこと考えてみる。
カランカランと、入口のベルが鳴る。
「ねえねえ、これ可愛くない?」
甲高い女性の声に、ふと顔を上げる。20代半ばくらいだろうか、お揃いのTシャツを着たカップルが入ってきた。彼女が手に取ったのは、パークのマスコットキャラクター「ドリーミー」のぬいぐるみ。おおきな体のフクロウ。確かに可愛い。
「うん、可愛いね」
彼氏が答える。その声には、どこか疲れたような響きがあった。
二人は店内を歩き回り、あれこれと商品を手に取る。その姿を見ていると、なんだか不思議な気分になる。二人だけの世界。でも、その世界はどこか脆そうで、いつ弾けてもおかしくない。
「あ、これも素敵!」
彼女さんが手に取ったのは、ドリーミーのキーホルダー。
「うん」
彼氏さんの返事は、さっきよりもさらに素っ気ない。
私は、レジの準備をしながら、ちらちらと二人を観察する。恋人同士で来園するカップルは珍しくない。でも、この二人には何か違和感がある。表面上は仲が良さそうなのに、どこか空回りしているような...。
「ねえ、これにしようよ」
彼女さんがドリーミーのマグカップを手に取る。
「え?また?」
彼氏さんの声が、少し強くなる。
「去年も買ったじゃん」
「えっ、そうだっけ?」
「覚えてないの?」
彼氏さんの声に、イライラが混じる。
「毎回同じもの買って...」
「なによ、そんな言い方」
彼女さんの声も上がる。
突然の言い争いに、店内が静まり返る。他のお客さんたちが、チラチラと二人を見る。私は、何も聞こえないふりをして、商品棚の整理を始める。でも、耳はピンと立っている。
「いつも俺の言うこと聞いてないよね」
「聞いてるわよ!あなたこそ、私の気持ち分かってくれない」
二人の声が、どんどん大きくなる。私は、思わずため息をつく。ここが夢の国だってことを、忘れちゃったのかな。
しかし、突然の沈黙が訪れる。
二人は周囲の視線を感じたのか、お互いを見つめ合う。その瞬間、何かが通じ合ったように見えた。
「ごめん」
彼氏さんの声が、柔らかくなる。
「疲れてて...」
「私も、ごめんなさい」
彼女さんも謝る。
「あなたの気持ち、考えてなかった」
「やっぱり、これ買おうか」
彼氏さんが、さっきのドリーミーのマグカップを手に取る。
「うん、ありがとう」
まるで嵐が過ぎ去ったかのように、二人の周りの空気が変わる。さっきまでの険悪な雰囲気が嘘のよう。
「お会計、お願いします」
私は笑顔で二人を迎える。1200円。マグカップの価格だ。彼氏さんが財布から千円札を取り出す。あと200円。小銭を探す手が、少し震えている。
「あの、100円玉2枚でいいですか?」彼女さんが財布を開いて聞いてくる。
彼氏さんは一瞬戸惑ったような表情を見せたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「ああ、ありがとう」
彼氏さんの小さな声が聞こえた。その声には、さっきまでの怒りの代わりに、少しの申し訳なさが混ざっていた。
レジを打ちながら、私は考える。この1200円の買い物に、二人の関係が凝縮されているみたい。喧嘩して、仲直りして、お金を出し合って...。大人の恋愛って、こんなに面倒くさいのかな。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
二人は笑顔で店を出ていく。その後ろ姿を見送りながら、私は思う。この二人、来年もまたここに来るのかな。そして、また同じようなことを繰り返すのかな。
ふと、自分の将来を想像する。私も大人になったら、あんな風になるのかな。誰かと付き合って、喧嘩して、仲直りして...。そう考えると、少し気が重くなる。
でも、待てよ。今は目の前のこと、このバイトに集中しよう。未来のことはその時が来たら考えればいい。それに、さっきのカップルだって、喧嘩しながらも何とかやっていくんだろう。
閉店時間が近づく。最後の客が去り、私は店内の掃除を始める。
「ねえ、ドリーミー」
陳列棚のドリーミーのぬいぐるみに話しかける。
「君は、みんなの夢を知ってるの?それとも、自分の夢だけ?」
もちろん、返事はない。でも、ドリーミーの綺麗な瞳が、何かを語りかけてくるような気がする。
「まあいいや」
私は肩をすくめる。夢なんて、形のないもの。でも、それを形にする手伝いをするのが、この仕事なのかもしれない。
店を閉める準備をしながら、私は今日一日を振り返る。テーマパークの従業員として、たくさんの人の表情を見た。期待に胸を膨らませる子供たち、それを笑顔で見守る親たち、さっきのカップルのような複雑な関係の大人たち。
それでも、私は明日もここに来る。そして、自分の夢を少しずつ形にしていく。
ふと、さっきのカップルのことを思い出す。彼らは来年、また来るだろうか。そして私は、彼らの思い出作りを、また手伝うことになるのだろうか。
「まあ、それはそれで面白いかもね」
私は独り言を呟きながら、店の鍵をかける。夜の「ドリーム・ファクトリー」は、昼間とは違う魔法にかかったように静かだ。
明日も、誰かの思い出作りを手伝う。そして、自分の夢は...まあ、それはまた明日考えよう。今は、この瞬間を生きるだけで十分だ。
そう思いながら、私は帰路につく。夜風が頬をなでる。どこか物憂げだった空気が、不思議と心地よく感じられた。
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