#03:勇気のペンダント
夕暮れ時のテーマパーク「ドリーム・ファクトリー」。
観覧車の明かりが、オレンジ色の空に浮かび上がり始める。
残暑の余韻が漂う中、どこかで秋の気配がそっと息をひそめている。
私、椎名椎菜は、キャラクターショップ「マジックメモリーズ」のカウンターに立ち、閉店準備を始めていた。
はぁ~、今日も1000円で誰かの夢を売る仕事。この時給で売ってる夢の原価っていくらなんだろ。
平日の夕方とはいえ、まだ園内にはちらほらとお客さんの姿が見える。みんな、何を求めてここに来てるんだろう。夢?思い出?それとも現実逃避?
ふと、店内に目をやると、一人の少女が目に留まった。ペールブルーのワンピースを着た小学生低学年くらいの女の子が、あちこちのグッズを見ては溜息をついている。
「あの子、さっきからうろうろしてるな...」
気になって見ていると、少女がおずおずとカウンターに近づいてきた。
「あの...」
か細い声に、私は優しく微笑みかける。
バイト中は笑顔が命‼
「どうしたの?何か探してるものある?」
少女は恥ずかしそうに俯き、小さな声で言った。
「プリンセス・ティーナのティアラ、ありますか?」
ああ、そういうことか。私は少し申し訳なさそうに首を振った。
「ごめんね、ティアラは今品切れなんだ。でも、ティーナのペンダントならあるよ」
そう言って、ガラスケースからティーナのペンダントを取り出した。星型の青いクリスタルが、銀色のチェーンに揺れている。
「これ、ティーナのお話に出てくるペンダントで、ティーナが大切にしているものなんだって。」
少女の目が一瞬輝いたが、すぐに迷いの表情を浮かべた。
「でも、これじゃティーナになれない...」
その言葉に、私は立ち止まった。突然、幼い頃の記憶が蘇る。
当時の私も、憧れのヒーローのなりきりグッズを買おうとしたけれど、売り切れだった。あの時の胸の痛みは、今でも鮮明に蘇ってくる。この子の姿を見ていると、あの時の自分と重なって見えるな。
「私もそんな顔してたんだろうな...」
子供の頃の自分と重なる少女の姿に、私が何かできることはないだろうかと必死に考え始めた。単なる商品ではなく、この子の夢や希望を大切にしたい。そんな思いが、胸の中で膨らんでいく。
ペンダントを少女に近づけながら、私は優しく尋ねた。
「ねえ、ティーナのどんなところが好きなの?」
少女は少し驚いたような顔をしたが、すぐに目を輝かせて話し始めた。
「ティーナは、とっても優しくて勇気があるの!」
少女は熱心に語り始めた。ティーナが初めて一人でお使いに行った時のこと、友達と喧嘩して仲直りする勇気を持った話、暗い森で迷子の子猫を助けたエピソード...。
私は少女の話に耳を傾けながら、ふと気づいた。ティーナの魅力は、ティアラではない。それは、ティーナの勇気と優しさなのだ。
「へえ、ティーナって本当に勇気があるんだね」
私は感心したように言った。
「でも、暗い森で迷子になったり、怖い思いをしたりしたんでしょ?どうやって勇気を出したのかな?」
少女は目を輝かせながら答えた。
「そうなの!ティーナは最初、とっても怖かったんだって。でも、おじいちゃんからもらったペンダントを握りしめたら、なんだか勇気が湧いてきたんだよ!」
私は興味深そうに尋ねた。
「ペンダント?」
少女は大きく頷いた。
「そうそう!ティーナはペンダントのおかげで、自分の中にある勇気を思い出せたんだよ!」
少女はペンダントを見つめ、しばらく考え込んでいた。そして、決意に満ちた表情で私を見上げた。
「このペンダント、買いたいな。これがあれば、私もティーナみたいに勇気を持てるかも...」
私は少し驚きながらも、嬉しさを感じた。
「そう?じゃあ、大切にしてあげてね」
少女は小さくうなずき、ペンダントを大切そうに手に取った。
「うん!これで私も、ティーナみたいに勇気を持てるんだね!」
その瞬間、少女の表情が明るく輝いた。まるで、本当にティーナになれたかのように。
「あの、お姉さん」
少女が私を見上げる。
「私、
莉央。その名前を聞いて、私は何だかほっこりとした気持ちになった。ただの接客じゃない。この子が自分の名前を教えてくれたこと。何か特別なつながりが生まれた気がして、胸が温かくなる。
「莉央ちゃんか。いい名前だね」
思わず優しい声で応える自分に気づいて、少し照れくさくなる。
「私は椎名椎菜っていうんだ。友達からは椎菜って呼ばれてるよ」
「椎菜お姉ちゃん!」
莉央ちゃんが嬉しそうに言った。
なんだか、急に年上のお姉さんになった気分。ちょっと照れるけど、悪くない感じだな。バイト中にこんな気持ちになるなんて、珍しい。
「莉央ちゃん、きっとなれるよ。ティーナだってはじめから勇敢だったわけじゃない。少しずつ、勇気を持つ練習をしていったんだ」
私は莉央ちゃんに、もう一つのティーナのエピソードを話した。ティーナが苦手な野菜を食べる勇気を持った話だ。
「ティーナは、ニンジンが大嫌いだったの。でも、ある日、とても大切な晩餐会があったんだ。遠方の国の代表者が集まる、王国にとってすごく重要な夜。そこで出された特別な料理に、ニンジンが使われていたの。」
莉央ちゃんは目を丸くして聞いている。
「人参は遠方の国の大事な特産品。ティーナは最初、食べるのを躊躇したわ。でも、これを食べないと、せっかく来てくれたお客様に失礼になる。それに、お料理を作ってくれた人の気持ちも無駄にしてしまう。ティーナは深呼吸して、少しずつ食べる勇気を持ったの。最初は一口だけ。でも、家族や大切な人たちの応援もあって、最後には全部食べきることができたんだ」
莉央ちゃんは真剣な表情で聞いている。
「勇気って、そういうものなんだ。大きなことじゃなくても、毎日少しずつ頑張ること。それが、いつか大きな勇気になるんだよ」
莉央ちゃんは、ペンダントを胸に抱きしめた。
「わかった!私も、毎日少しずつ勇気を持つ練習をする!」
笑顔で去っていく莉央ちゃんを見送りながら、私は何か大切なことに気づいたような気がした。
・ ・ ・
店内の時計を見ると、もう閉店時間だ。
バイトと学業の両立。部活動との時間のやりくり。将来の進路。たくさんの課題が頭の中をぐるぐる回る。
でも、今日の莉央ちゃんとの出会いで、少し見えてきた気がする。夢は、一朝一夕では叶わない。でも、毎日少しずつ、勇気を持って前に進めば、きっといつかは手に届くはず。
店を出て、夜風に吹かれながら帰路につく。胸元に手を当てると、そこには小さな星形のペンダントが下がっている。
実は、このペンダントはバイトを始める前から持っていたんだ。ティーナと子猫のエピソードが大好きで、憧れて買ったもの。まさか今日、莉央ちゃんにその話をすることになるとは思わなかった。
「よし」
小さく呟いて、決意を新たにする。明日からは、これまで以上に勇気を持とう。テストに部活、バイト。すべてを完璧にこなすのは無理かもしれない。でも、少しずつ、自分のペースで頑張ればいい。
ペンダントに手を当てると、なんだか暖かな気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます