#15:私がサンタ役をやることになった件(3)~よく晴れた冬の日の出来事~
冬の朝は、太陽も寝坊助になるようだ。
私、
今日から本番。いつもより早い出勤時間。バックヤードは、既に活気に満ちていた。
「はぁ~。今日からサンタか」
冷たい朝の空気を吸い込みながら、ため息をつく。気温は冬らしく冷え込んでいるけど、空は澄み切っていた。
メイカーズ・エリアに入ると、田中さんが笑顔で迎えてくれる。
「おはよう、新人サンタさん」
メイクルームには、既に何人かのキャストが集まっていた。鏡の前では、春日部さんが真剣な面持ちで角の角度をチェックしている。
「何度も言うけど、マジックメモリーズはどうしたの...」
春日部さんに毒づきながら、私は椅子に腰掛ける。田中さんの手によって、少しずつサンタへと変身していく。
部屋の中だと意外と暑いの衣装。でも、これからは屋外だ。森川さんから差し入れられたカイロを、身体に忍ばせる。椎菜サンタの秘密兵器だ。
着替えを終えて、鏡の前で最後の確認。もこもこの赤い服に身を包んだ自分が映っている。念入りに笑顔の練習をする。笑顔は、夢を売る仕事の基本である。
メイカーズ・エリアから、パーク内へ出ると、オープン直後にも関わらず、既に賑やか。最初の来場者たちが次々とマーケットに訪れる。子供たちの目が、キラキラと輝いている。
「トナカイさんの角、触ってもいい?」
忘れていたが春日部さんはトナカイの恰好で、私と一緒に動いている。そんな春日部トナカイは、小さな子供たちに囲まれて大忙し。意外なほど子供たちと上手に接している。森川さんへの想いを込めた特訓の成果かもしれない。いや、その裏に打算は無いと信じよう。
「サンタさんは本物なの?」
突然の質問に、腹黒サンタの私は一瞬戸惑う。まぶしい。まぶしいです。純粋な目線が私を襲うのです。
でも、すぐに笑顔で答える。
「ここは夢の国。本物のサンタさんがいてもおかしくないでしょう?」
子供の目が輝く。
そうこうしているうちに、春日部さんが突然声を上げた。
「みんな!プレゼントを届けに行くよ!」
子供たちが一斉に駆け寄ってくる。その熱気に調子づいた春日部さんは、さらに元気よく跳ねながら「プレゼントだよ~!」と叫ぶ。
「ちょっと待って、ハッピー。順番があるでしょ!」
ちなみにハッピーとは、『トナカイ』と呼ぶのは味気ないので、私が『今』名付けた。
私が手綱を引くように制すると、不思議なことに子供たちも自然と落ち着きを取り戻した。
「上手にお並びできたみんなに、素敵なプレゼントがありますよ」
子供たちは整然と列を作り始める。情熱的なトナカイと冷静なサンタ。その掛け合いに、子供たちも自然と引き込まれていく。まるで長年コンビを組んでいたかのような息の合ったやり取りだ。
しばらくすると、一人の女の子が目に留まった。マーケットの端で、じっと私たちを見つめている。なかなか近づいてこない様子に、私は気になって声をかけることにした。
「メリークリスマス。おみくじクッキーをどうぞ」
おずおずと差し出されたクッキーを、女の子は両手で受け取る。
「サンタさん、お願いがあります」
女の子の表情が、急に真剣になる。
「ママとパパが仲直りしますように」
その言葉に、私は一瞬言葉を失う。難題が来てしまった。どうしよう...。
「どうしたの?」
女の子は俯きながら、小さな声で話し始めた。
「パパが写真ばっかり撮りたがるの。でも、ママはそれが嫌みたい。いつも喧嘩になっちゃう...」
女の子の手が、スカートの端をぎゅっと握りしめる。
「今日も朝からずっと。パパが写真を撮ろうとするたびに...」
声が震えている。春日部さんと目が合う。トナカイの角を揺らして、小さくうなずく春日部さん。
「森川さん」
私の声に、パークの天使が近づいてくる。状況を手短に説明すると、森川さんは優しく微笑んだ。
「少し、探してみましょうか」
私は女の子の手を握り、マーケットを離れる。
女の子と一緒にサンタが先頭に立ち、春日部トナカイと森川さんが後に続く。さながら小さなサンタパレードみたいだ。
パークを歩きながら、女の子は徐々に心を開いていく。
「パパの写真、実は私も好きなの。でも、ママが怒っちゃうから...」
どうやら彼女自身は写真を撮られるのは嫌じゃないらしい。
噴水広場に近づくと、夫婦の声が聞こえてきた。
「もういい加減にして!何枚撮れば気が済むの!?」
「せっかくの思い出なんだから...」
写真を撮ろうとする父親と、それに苛立つ母親。二人とも言い争いに夢中で、娘の姿が見えていない。女の子の手が、私の手をぎゅっと握る。
「おふたりとも、素敵な場所で記念写真はいかがですか?」
森川さんの声に、夫婦は一瞬動きを止める。そして初めて、パークのスタッフにトナカイ、サンタ。そして、サンタに手を引かれている娘の姿に気がつく。
「つむぎ...」
母親の声が震える。父親も申し訳なさそうに娘を見つめる。二人とも、自分たちの喧嘩を娘が見ていたことに、今更ながら気づいたのだ。
「この場所なら、きっと素敵な思い出の一枚が撮れると思います」
森川さんの声には不思議な力があった。まるで魔法のように、場の空気が変わっていく。
赤い花で埋め尽くされた花壇を背景に、観覧車が見える場所。そこで撮影することになった。
「はいそれでは、撮りま~す♪」
森川さんの天使のような声に、自然と心がワクワクする。家族を中心に、私たちが両サイドを固める。
カシャ♬という音がパークに響いた。
「サンタさん、トナカイさん、ありがとう」
撮影後、女の子が満面の笑顔で御礼を言う。
「どういたしまして♪」
私は自然な笑顔で応える。あらためてクッキーを差し出しながら、「メリークリスマス」と告げる。
この冬の晴れた日に、彼女の心も晴れてくれてよかった。
(つづく)
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