3-2 間違っていないことは正しいこと?
クラスが少しざわつく。面と向かって瀬尾さんに何か言う人はいない。でも不満げなようすがハッキリわかる。きっとみんな心の中では、「あーめんどくせえ」とか、
「名札とか今さら? 一年生じゃないんだからさ」なんてことを思ってるんだろう。
でもそれを責める気にはならない。いや、なれない。ぼくだってみんなの立場なら、きっとそう思うはずだから。むしろぼくがいやなのは、やる気マンマンな委員長の方だ。
「名札さえつけてたら、ミノルくんは私たちが“誰か”ってわかるのよ。そうしたら、すぐ仲良くなれるじゃない」
うん、やっぱりいやだ。瀬尾さんの気持ちはありがたい。とてもありがたい。でも無理やりはなんか違うと思うんだ。それにぼくは、みんなにあだ名をつけるのを、密かに楽しみにしているのだから。
「と、に、か、く」
瀬尾さんが黒板をバンと叩くと、ざわついていた教室が静まった。
「とにかく、今から多数決をとります。ミノルくん以外は、賛成か反対かどちらかに、必ず手をあげてくださいね」
多数決の結果は言うまでもないと思う。だって瀬尾さんの言ってることは、何一つ間違っていないのだから。でも、それが正しいとも思えなかった。
(間違っていないことは、正しいこと)
ぼくは心の中で何度もつぶやいてみた。でもそれが正解かどうかは、ぼくにはわからない。さっそく、次の日から三年二組のみんなの胸元に名札がつけられた。
それで終わるならまだ良かった。クラスのみんなも、ぼくが大変だってことを知っていたから。本当の問題は、“名札をつけましょう運動”が、学校中に広まってしまったことだ。なんでも誰かが親にその話をしたらしくて、それがPTA会長の耳にも入ってしまったのだ。
「ぜひ全学年、全クラスで行いましょう」
お肉がたっぷり詰まったお腹を揺らしながら、会長は校長先生に言ったらしい。その次の次の日には、全校生徒に名札が手わたされていた。
それでも、まだそれだけなら良かった。いや本当は良くないけれど、なんとか我慢できた。でも悪いことは続く。おせっかいな会長さんが、夕方のテレビニュース『ぼくの、わたしの学校じまん!』に投稿し、それが採用されてしまったのだ。
「みんな。すばらしい取組みなんだから、胸をはりましょうね」
生活指導の先生やPTAのおばさんたちは、能天気にぼくたちの肩をポンとたたく。「ファイト!」なんて言いながら。でもきっと、八割ぐらいの生徒は乗り気じゃなかったと思う。瀬尾さんみたいに使命感に燃えてた人は、たぶん全体の一割ぐらい。ほんの一握りだ。
ちなみに瀬尾さんは、発案者としてテレビ局のインタビューを受けていた。よそ行きの服で、ハキハキと受け答えしている。彼女がいればぼくが質問に答えなくても大丈夫。そう思ったぼくは、ていねいに出演をお断りさせてもらった。
そして最後の一割。それは悪意を持った人たちだ。さらにその中には、悪意を行動にする人たちもいた。たしか最初の悪意は、「わたしの学校じまん!」が放映された三日後だったと思う。ぼくの上履きが、昇降口のゴミ箱に捨てられていた。
憂うつな月曜日は、ほどなく火曜、水曜と広がって。土日以外は休み無し、となるのに時間はそれほどかからなかった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます