4-1 ハンプティ・ダンプティは突然やってくる
世の中の多くのできごとは、テレビのドッキリみたいに、ある日突然やってくる。そんなものなのだろう。それがどんなに望んでないことでも、いきなりぼくたちの前に現れてきっとこう言うのだ。「ねぇ驚いた?」と。意地悪そうにペロリと舌を出しながら。
「ごめん、遅くなった」
ランドセルを揺らしながら、浜くんがかけ寄ってくる。かかとをはきつぶした上履きがパタパタと鳴り、ランドセルの中では筆箱が勢いよくはじけている。ついさっきまで静かだった図書室が、一瞬で騒がしくなった。
「ううん、本読んでたから平気。それよりも……」
(静かにしなきゃ)と、人差し指を口に当てたけど、その仕草に気づかないのか、浜くんはおかまいなしに話を続ける。
「そうじ当番が一人休んじゃってさ。思ったより時間かかっちゃった」
「全然いいよ。それよりも早く行こ」
ぼくは読みかけの本を閉じて、急いで図書室の棚に戻した。ほんとは借りたかったんだけど、浜くん(と隣にいる無実のぼく)を、図書委員はきっと睨んでいるにちがいない。だから今日のところはやめておくことにした。
ちなみに読んでいた本の名は、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』。お気に入りのキャラクターは、卵のおじさん「ハンプティ・ダンプティ」だ。とても偉そうで、いつもアリスを困らせてばかりいるけれど、ぼくと同じく人の顔を覚えられないらしい。
「今日、オレん家に来るだろ」
浜くんがげた箱に上履きを戻しながら、ぼくの方を見た。もちろん、イエスだ。
浜くんは初めてできた友だちで、一番大切な友だちだ。一年生の時からいつも一緒にいる。ケンカもしたことがない。三年時のクラス替えではバラバラになったけれど、こうして毎日のように遊んでいる。
こっそりつけたあだ名の“十円ハゲ”は、今でも浜くんの後頭部にあった。でも最近になって髪をのばし始めちゃったから、いずれ見えなくなってしまうんだろうな。その時にぼくは、沢山の“顔みたいな何か”から、ちゃんと浜くんを見つけだせるのだろうか。ちょっぴり不安だった。
「新しいゲーム買ったからさ。一緒にやろうぜ」
「もう買ったの? 早くない」
「店の手伝いしまくったからな。でも、もうすっからかんだ」
浜くんの良いところ、その一。それはとてもゲームが上手なことだ。浜くんの家は、町の小さな電器屋さんだけど、店の片すみでゲームソフトやカード、駄菓子なんかも売っている。
なんでも彼のお父さんが、「子どもが集まって、ワイワイ遊べる場所が少なくなった」と言って、子ども用の商品も扱うようになったらしい。そのおかげで、浜くんのゲームの腕まえは学校イチだ。でも下手な人を馬鹿にしたり、じゃま者扱いしたり、なんてことは絶対にしない。みんなが公平に遊べるように、攻略法やコツなんかを惜しみなく教えてくれる。浜くんの良いところ、その二だ。
スニーカーにはきかえた浜くんとぼくは、昇降口から外に出る。昨日までの冷たい風はどこかに行って、吸いこんだ花の香りが身体中に流れてくる。何かの本で知った“三寒四温”という言葉。それで言えば今日は当たりの日。もう三月、春は近いのだ。
あと一か月もすればぼくは四年生になり、お姉ちゃんは小学校を卒業する。一学期の“名札問題”が原因で起きたイジメは、いつの間にか無くなっていた。何回かいやがらせを受けたぐらいで、たいしたことは無かった。でも、いつ再発するかわからない。いざという時に助けてくれるお姉ちゃんは、もうじき居なくなってしまう。独りぼっちはやっぱり怖い。
今日みたいな暖かい日は、ふだんは気づかないようにしていた不安が、ぼくの頭をノックする。「お忘れですか、もうすぐ四月ですよ」と。寒い日と暖かい日のあいだで、ぼくの心はざわり、ざわりと波のように揺れていた。だから今日は、全てを忘れてゲームをしよう。色んな不安はあるけれど、とりあえず後回しにしよう。
「早く行こ」と、ぼくは浜くんの手を引いて走り出した。
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