4-2 ヨウコ先生は正直者
次の日登校すると、ヨウコ先生が教室の前で待ちかまえていた。
「ミノルくん。ちょっといいかな」
ぼくはこくりと頷いた。どんよりとした口調で、きっと良い話じゃないんだなってわかる。先生もさ、もう少し隠せばいいのに。本当に正直者なんだから。ランドセルを自分の机に置いて、先生とぼくは足どり重く保健室へ向かった。
「三浦先生。ごめんなさい、少しお借りしていいですか」
ヨウコ先生が、もうしわけなさそうに保健室の主――三浦先生に声をかけた。そんなに謝らなくても、とは思うけれど、ヨウコ先生の気持ちも少しわかる。三浦先生はちょっとだけ怖い。
日本人形みたいなおかっぱ頭は真っ白で、ぱっと見た感じは品の良いおばあちゃんみたい。でも、怒るとすごく怖い。背中はいつもシャンと伸びていて、生徒を叱る時の声は誰よりも大きく響く。ひきょうなこと、曲がったことが大嫌いで、仮病をしようものなら、首根っこをつかまれ教室まで連れていかれる。でも、それが悪いことなら校長先生だって叱るし、理不尽なことで怒ったりしないから、みんなに人気があった。
「えぇ、いいですよ。席を外した方がいいですか?」
「あ~すみません。大丈夫です。隅っこをお借りしますから」
「そんな所じゃ風邪ひくでしょ。まだ部屋が温まってないんだから」
三寒四温なら、今日は外れ。朝が始まったばかりの保健室はとても寒い。先生は何度も頭を下げながら、「お言葉に甘えて」とストーブ前の椅子に腰かけた。ぼくもそれに習う。温かさが、足から頭にゆっくり昇ってきた。
「それでねミノルくん。話っていうのは、今度の図工の授業で出す宿題のことなの」
「宿題のことって、なにかあるんですか?」
いやな予感が確信に変わる。国語も算数も理科も、体育だって。ぼくは好きだし成績もそんなに悪くない。だけど図工だけは苦手だ。絵が下手っていうのもあるんだけれど、ぼくにはどうしようもできないことがたまに起きるからだ。
「実はね。今度の宿題は、市の絵画コンクールに出展しなければいけなくて……。ええと、それでね……」
寒いはずの部屋なのに、ヨウコ先生はうっすらと汗をかいていた。
「先生、別に気を使わないでよ。言いたいことは何となくわかるし」
何度も謝りながら先生が説明してくれた。今度の絵画コンクールの課題が「家族の似顔絵」であること。市内の小学三年生は、必ず出さなければいけないこと。課題の内容を変更してもらうようにお願いをしたこと。でも認められなかったこと。そんなことを説明してくれた。
「本当にごめんなさいね。わたしに力がないせいで、こんな思いさせちゃって」
謝るたびに頭を下げるもんだから、汗が飛び散り、おでこに前髪が貼りついてる。なんだか見てられなくて、ハンカチを先生にさしだした。
「ぼくは風景の絵でも描くから平気。それでも通知表の点数は貰えるでしょ」
「もちろんよ。百点満点あげる」
「ぼくの絵でも?」
「……………………もちろんよ」
やっぱり正直者だ。それにどこまでも真っすぐな人だ。きっとヨウコ先生は、校長先生や市の偉い人にお願いしに行ったんだろう。汗をかきかき、何回も頭を下げたんだろう。もしかしたら、嫌味の一つも言われたかもしれない。
そりゃ確かに、先生はちょっぴり頼りないこともある。でも、ぼくのことで一生懸命になってくれる人が担任でいてくれる。それだけで充分だった。
だからヨウコ先生を責める気にはなれない。
「そう言えば、三浦先生。いらっしゃらないわね」
先生とぼくは部屋を見回す。確かに見当たらない。三浦先生は気を利かしたのか、いつの間にか席を外していた。この場に居なくてよかったと、少しほっとしていた。だって今の話を聞いてたら、きっと怒りだすに違いないから。
「そう……いらっしゃらないのね……」
ヨウコ先生はなんだかガッカリしてるみたいだ。そんなに怒って欲しかったんだろうか。ぼくにはよくわからなかった。
今までにだって、顔が覚えられないことで、色んな目にあってきた。
だからコンクールのことなんて、ぜんぜん大したことじゃない。
小さいトゲが刺さったていど。心が裂けてしまうわけじゃない。
チクリとした痛みは、一週間もすればきれいさっぱり忘れてしまうだろう。
なんなら今日の放課後に、河原の土手にでも行けばいい。
おじさんが河川敷で野球をしている光景を、さらさらっと描けばいい。
それだけで、全てが丸くおさまるのだから。そう、おさまるのだから。
だけどぼくの画用紙は、いつまでも真っ白なままだった。
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