5-1 “せい”じゃなく、“おかげ”で出会えたもの
少しひんやりとした空気に包まれながら、ぼくたちは手をつないで帰った。
お父さんの右手はぼく。左手はお姉ちゃん。「恥ずかしいからイヤ」とお姉ちゃんは言ったけれど、お父さんがしょんぼりしたら、「じゃあ五分だけ」と手を差し出した。集会所のスピーカーは、「もう帰りなさい」と言っているみたいに、懐かしいメロディを唄っていた。そういえばお父さんと一緒に帰るなんて初めてのことで、なんだか別の世界にいるようなふわふわとした気持ちになった。
「なあミノル」
「なに? お父さん」
「ミノルが幼稚園生のころ、お姉ちゃんがケンカして帰ってきたことあっただろ」
「お父さんっ」
怒ったような口調のお姉ちゃんを、お父さんは「まあまあ」となだめる。
「昔のことなんだし、いいじゃないか。別に悪いことしたわけじゃないだろ」
「そりゃそうだけどさ……」
お姉ちゃんは「ほんとおしゃべりなんだから」と、ほっぺたをぷくりと膨らませる。話が見えないぼくは置いてきぼりだった。
「実はな。お姉ちゃんがケンカしてたの、あれはミノルのためにやったんだ」
「ぼくのため?」
「そう、お前のため」
そう言うとお父さんは、ゆっくりと歩きながら昔のことを話してくれた。
お姉ちゃんの同級生の男子が、ぼくのことをバカにしたこと。その子に、マスカラスばりのフライング・ボディ・アタックをかましたこと。「暴力はいけません」と先生に言われても、絶対に謝らなかったこと。「その前にミノルに土下座して謝ってこい。じゃなきゃわたしは謝らない」と最後まで言い続けたこと。
短くて長い、そんな昔話だった。
何も言えずに黙ってるぼくの手を、お父さんは強く握る。
「お父さんもお母さんも、お姉ちゃんも……みんなお前のことを見てるからな」
握った手がますます強くなる。お父さんの温かさが、ぼくの左手からじんと伝わってきた。
ああそうか。今まで気づかなかったなんて、ぼくってヤツは、なんてどん感で、あんぽんたんなんだろう。
そういえば、いつの間にか無くなっていた上級生からのイジメ。その時は、ぼくが強くなったからなんてお気楽に思っていたけれどさ。何もしないで解決するほど、きっと世の中は甘くない。ぼくの知らないところで、ぼくはずっとみんなに守られていたのだ。
「もういいでしょ」
たえきれないといった感じで、お姉ちゃんはつないだ手をふりほどいた。そして「テレビ見たいから先に帰る」とだけ言い残して、一目散に走って行った。
「あれは照れてるんだな」
お父さんは愉快そうに笑いながら、「なんかお姉ちゃんぽいよな」と同意を求めてきた。うん、なんだかとても“ぽい”。
「やっぱり、お姉ちゃんは強いね」
だんだんと小さくなる背中に声をかけると、お姉ちゃんはクルリと振り返った。
「あたり前じゃん。わたしはマスカラスなんだから」
ニコリと笑ったように見えたのは、気のせいなんだろうか。でも、確かにぼくはお姉ちゃんの笑顔を見た。
ほんの一瞬だったけれど、それは想像していたよりもずっとずっとキレイだった。
不幸は、ある日突然やって来る。意地悪な顔をして、時々ぼくたちをイジメたりもする。多分この先も、ふらりとやって来ては困らせるのだろう。でもぼくは、立ち向かうすべをもう知っている。
お父さんは、ぼくの「プランチャ・スイシーダ」を、ずっと受け続けてくれた。お母さんは、ぼくにあだ名をつけることを教えてくれた。お姉ちゃんは、ぼくの知らないところでずっと守っていてくれた。
ううん、家族だけじゃない。ヨウコ先生や浜くん、ポッケ先生だってそうだ。病気の“せい”じゃなくて、“おかげ”で出会えたものだってある。そしてそれは、ぼくをどこまでも強くしてくれる。
「ねえ、お父さん」
「ん? なんだ」
「本当に二人とも、たまたま帰りが一緒になったの?」
お父さんはとぼけた口調で「さあね」と、言っただけだった。だからぼくも、それ以上深くは聞かなかった。
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