5-3 きっと金賞まちがいなしだ
「じゃあここで、重大発表があります」
いつかのお姉ちゃんの真似をして、ぼくは勢いよく手を挙げた。夕食前、お父さんのコレクションの中からこっそり失敬したマスクを、ポケットから出した。
「今日からぼくも、マスクを被って暮らすから」
「暮らすから、じゃないわよバカ。あんたには必要ないじゃん」
お姉ちゃんの言う通り、ほんとは必要ない。でも……だ。
「ううん。被る」
「なんでよ」
「なんでも」
みんなと一緒がいいとか、強くなろうと決めたからだとか。説明しようと思えばきっとできるんだろう。でもきっとそれだけではなくて。お母さんがいつか言ったように、目に見えない何かを本当は言葉にしなくちゃいけないのに、でもそれが出来なくて。だからぼくは何度も、「なんでも」をくり返した。
「なんでも、なら仕方ないわよ。お姉ちゃん」
お母さんが、優しい声で助け舟をだしてくれた。
「別に反対してるわけじゃないもん。ただなんでかなって」
「なんでも、なんだよな。でもお前には、こっちの方がお似合いだぞ」
そう言うとお父さんは、隣の部屋から別のマスクを持ってきて頭に被せてくれた。
夏空のような心地よい青色に、真っ赤な鷲の模様が描かれている。そのマスクの名前を、もちろんぼくは知っている。何度も何度もビデオで見た。フトンから出てこないお父さんに、彼の得意技「プランチャ・スイシーダ」をしたことだってある。
ドス・カラス――ミル・マスカラスの弟で、兄と同じ覆面レスラーとして日本でも大活躍したらしい。特に、二人がタッグを組んだ「マスカラスブラザーズ」は、「極道コンビ」や「デストロイヤー&クルーザー」ら数々のライバルを打ち破った最強の兄弟コンビだった。
マスカラスとドス・カラスの二人なら、誰にも負けない。そう、負けることはないのだ。
「しょうがないなあ。あんたって、ほんとバカ」
お姉ちゃんは自分のマスクを持ってきて、慣れた手つきでマスカラスに変身した。そしてぼくの後ろに回り、「じっとしてな」とマスクのヒモを結んでくれた。
ギュッ、ギュッ、と心地よい音が頭にひびく。少し匂うのは、お父さんの汗だろうか。でもそんなにイヤな感じじゃなかった。大人用だから当たり前なんだけど、小学三年生にはまだ大きい。ブカブカで前がよく見えなかった。でも問題ない。一日一日、きちんとぼくは、大人になっていくのだから。
「あんま似合わないね」
いつかの仕返しとばかりに、お姉ちゃんが意地悪そうに言った。でも声は笑っている。お父さんもお母さんも、声を出して笑っている。いつの間にか、二人ともマスクを被っていた。
家族四人がマスク姿で笑っているのは、なんだか不思議でおかしな光景だった。でも、とても愛おしくて。この瞬間がいつまでも続いて欲しかった。
その日の夜、ぼくは宿題の絵を描きあげた。コンクール用の絵だ。締切は明日だから、ギリギリセーフ。描いたのは風景画じゃない。家族の似顔絵だ。美味しそうな料理がいっぱい並んだテーブルを囲んで、家族みんなが笑っている。
普通とちょっと違っているのは、それぞれが覆面マスクを被ってるってこと。お父さんはタイガーマスクで、お母さんはえべっさん。お姉ちゃんはミル・マスカラス。ついでにぼくはドス・カラスだ。
世界中探したってどこにもいない、ちょっと変わったぼくの家族。コンクールに出したら、金賞まちがいなしだと思う。
ぼくはその絵をランドセルに大切に閉まった。絶対に忘れないように。
ぼくは人の顔を覚えることができない 赤ぺこ @akapeco
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