エピローグ ジョセフ先生

「それでは、失礼します」

「ああ、届けてくれてありがとう、キノ君」


 準備室のドアが静かに閉められ、シヨンは手元に戻ってきたノートを開いた。


 そこには、昨晩キノ達がした夢の内容が記されている。正しくは、のだが。


「シヨン、どうだった? 今回の子供達は」


 何処からともなく現れた黒猫に、シヨンは笑顔を見せる。


「最高だ! 魔女祭りやノートの噂を広めてくれて、ありがとう。カール」

「まさかシヨンが上級生に変装をするとはね」

「彼等が上級生に聞き取りに行くとは思わなかった。苦肉の策だ」


 苦笑いしつつ、黒猫カールの頭を撫でれば、黒猫はクルルと喉を鳴らす。


「【魔女祭り】という言葉キーワードで、実在する世界に、彼等がどんな夢を重ねるのか。こんなに期待したのは久々だ。四人の想像力が織りなす祭りの様子は素晴らしかった。ライアン君の『魔女の台所』とは、なかなか良い発想で、実際どの料理も旨かった。彼はきっと、最高の料理人になるだろう。ヒューイ君の恐竜の標本が空を飛ぶのも面白かったな。想像力豊かで、いい考古学者になるよ」


 シヨンがノートを捲り、記録を読みながら話していると、カールが口を挟む。


「森の竜を呼んだのは、誰だったの?」

「ああ、あれはグレン君だ」

「あの一番好奇心旺盛な彼?」

「あれは、恐怖の表れだ。一番、好奇心旺盛だが、実は彼が一番臆病でもある」

「意外だ。僕、グレンは、シヨンの弟子になるんじゃないかと思うんだ」

「なぜそう思うんだい?」


 シヨンはノートを閉じて、黒猫を見つめる。


「『魔法使い入門』の本を買ったろ?」

「ははは! まぁな。彼は夢というより、魔女が実在していると信じる心があった。竜もしかり。その心は、とてもまれだ。そう考えれば、彼には魔法使いになる素質があるだろう」

「スカウトしないのかい?」


 この黒猫は、どうやらグレンを気に入ったようだと思いながら、シヨンは笑った。


「それはグレン君次第だ」

「キノは、危険回避のお守りを買ってたね」

「ああ。彼は一番、冷静であり、勇気ある素晴らしい紳士だ。はぁ……今回の夢はみな、本当に素晴らしかった。友達を思いやることも、竜や魔法を信じる心も、好奇心も。全てが詰まっていた。あの夢の空気の旨さたるや……。この記録された夢を抽出して食べたら、どんなに旨いか……」

「シヨン、ダメだよ。いつか彼等が夢を見る事を忘れてしまった時、返す日が来るかも知れないだろ?」

「……彼等なら、大丈夫だと思うけどな。魔女達が彼等を気に入っていたし、この先何があっても彼女達が幸運へ導いてくれる。それに、彼等なら大人になっても子供心を忘れずに、夢を持っていてくれると思うけどね」


 そう言いながら、ノートに顔を埋め匂いを嗅ぐ。甘い花のような夢の香りに、シヨンは「ほぉ」と、恍惚とした顔をして見せる。


「シヨン?」

「はいはい。食べませんよ。ちゃんと保管します」


 準備室のドアがノックされ返事をすれば、生徒が二人。


「ジョセフ先生、次の授業に使うスクリーンですが……」


 黒猫はそっと姿を消し、シヨンは【ジョセフ先生】に戻り、日常の中へ溶けていった。


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ジョセフ先生と魔女の森 藤原 清蓮 @seiren_fujiwara

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