第6話 坂道を下って

「ホウキに三人は乗せられないよね……」


 店の前で、愛用のホウキを握りしめながら、わたしは唸っていた。

 メインストリートをまっすぐに下れば海に出るんだけど、今日は魔法士らしく空を飛んで行こうと思ってたんだよね。でも、リリーさんを誘ったから、ホウキに三人ってことになるんだけど、わたしの子ども用のホウキじゃ重さに耐えられなさそう。


「わたくしは歩けますから、大丈夫ですよ」


 気を使わないでくださいと、申し訳なさそうにアンがほほえんだ。


(ん~っ、でもやっぱり、楽しませてあげたいな)


 わたしにとっては新鮮な道だけど、アンやリリーさんにとっては、住み慣れた町のメインストリートで、海だってなんども行ったことがあるはずだ。

 せっかく魔法が使えるんだから、この歩き慣れた道を、アッと驚くような花道に変えてあげたかった。

 道は緩やかな坂道で、ベージュのタイルが敷きつめられている。坂道か……。


(あっ、わたしいいこと思いついちゃった!)


 パチンと指を鳴らして、ホウキをアンに押しつける。すかさず腰のポーチから魔法の杖を取りだして、リリーさんの横に並んだ。


 リリーさんはいつものメイド服じゃなくて、ボーダーシャツにテーパードジーンズを合わせて、日よけ用の黒のパーカーを羽織っていた。布手袋までしていて、暑そうだなーって思ったけど、もしかしたら日光に弱いのかも。

 シュッとしていて、メイドさんをしているときよりもかっこよく見えた。


(メイド服じゃなくてよかった。これからたっくさん動くからね!)


 わたしはよーいドンの姿勢をして、右手に持った杖をリリーさんに向けた。


「リリーさんは、わたしが合図したらまっすぐに走って。アンはホウキを水平に持ってしっかり握ってて」


「分かりました。ですが、いったいなにを?」


「なんだか嫌な予感がするんですけど……」


「いーからいーから、はいっ、行くよ~」


 ふたりは首をかしげながらも、わたしに急かされて指示通りにかまえた。準備ができたのを確認して、わたしは腰を落とす。杖を握り直して、大きく息を吸って、


「よ――――い、ドンッ!」


 わたしとリリーさんがいっせいに駆け出した。


「えっ、待って!わたくしを置いていくんですか⁉」


 わたしたちとホウキを交互に見つめながら、アンが悲しそうな声をあげた。


(そんなわけないじゃんっ)


 わたしは杖の先をリリーさんの足もとに向けた。


「おねがいだから、靴はすべすべになって!」


 流れるようにわたしの靴にも同じ魔法をかける。すると、リリーさんのスニーカーも、わたしの革靴も、もわもわーっと七色の輝きにつつまれて、ス――ッとタイルの上を滑りだした。

 まるで氷のはられたスケートリンクを滑っているみたいで、踏んばってもブレーキが利かなかった。気を抜いたら、こけて一回転してしまいそう!


 わたしはバランスをとって、即座に後ろを振り返った。そこには、呆然とホウキをかまえたままで、今にも泣き出しそうなアンの姿があった。


「おねがいだから、ホウキはアンを支えて坂の下まで連れてって!あと靴もすべすべ~!」


 早口で投げありになっちゃった呪文も、ちゃんと仕事をしてくれた。

 アンの手のなかでカタカタッと揺れたホウキが、突然、アクセル全開の車みたいに一直線に突き進んできたの!


「きゃああああ‼止まってくださ――いっ!」


「わあ、追い抜かれちゃった」


「ナナさん~っ‼」


 さみしそうな顔は一転、恨めしそうにわたしを睨むアンが横を通り抜けていった。


「これはすごいですね……。摩擦をなくしたのですか」


「うん、坂道だから勝手に加速してくれるの」


 リリーさんが重心移動をして、わたしのそばにつけた。わたしもリリーさんも、スケートボードに乗るみたいに横向きの体勢で、左足を進行方向に向けている。


「わたしたちと違って、アンはホウキの推進力があるからどんどん進んじゃうね」


 慌てふためきながら、ホウキをハンドルのように操作するアンの背中が少しずつ小さくなっていく。

 その奥で、徐々に視界を染めていくオーシャンブルーに気をとられていると、ガシッと背後からリリーさんに肩をつかまれた。


「ナナさま、念のため言っておきますが」


「えっ、うん」


「もしもお嬢さまが怪我のひとつでもなされたら、私はナナさまを縄でぐるぐる巻きにして、ご主人さまの前に突き出さなければいけません」


「……で、ですよね~。アン、今助けるよっ」


 わたしは前のめりになって、海から吹いてくる風におねがいした。すると、わたしの横を通りぬけていった風がUターンして舞いもどり、乱暴にうねり始めた。


(ホウキ、わたしのおねがい聞きすぎじゃない?追いつけるかな⁉)


 アンがバランスを取りやすいようにと用意したホウキが、予想外の全力疾走を見せるので、わたしはヒヤヒヤしてきた。


(そうだよっ、ホウキに追いつかないと魔法止められないじゃん!)


 靴がすべすべのままじゃ、アンは海にダイブしてしまう。

 あわてて杖を振ると、寄り集まって大きな塊となった風が、わたしの背中に一気に吹きつけた。受けとめきれないほどの風が押し寄せて、ロケットのような推力が生まれる。ローブパーカーがはためいて、わたしの右流れの前髪はバサバサと巻き上がった。


「私が支えます」


「ありがとう、全速力でいくよ!」


 肩をつかむリリーさんの手にふれて、わたしはアンを見据えた。

 ホウキは人混みの間をぬうように、不規則な軌道でアンを滑らせている。スピードは出ているけど、おかげでアンがだれかと衝突することはなさそう。それに、わたしたちが追いつけるチャンスでもある。


「リリーさん、わたしを抱きしめて!飛ぶよ!」


 道が少しだけカーブして、その先に海が現れた。わたしはカーブの外がわに建っている、道に沿ってなめらかに曲がった建物のかべに突っこんだ。リリーさんの腕がわたしのお腹にまわされた瞬間、合図して跳び上がる。


 わたしたちはからだを横向きにして、かべを滑ったの!


 ジャンプと同時に魔法で巻き上げた風が、わたしたちをかべから空に吹き上げる。


(はっ、はやすぎ~っ‼)


 わたしは目をまわしながら、空中でアンを探した。


「あちらです!」


(ほんとだ!……って、もう坂道終わっちゃう⁉)


 耳の横から伸びたリリーさんの手がアンを指した。アンはちょうど、にぎわっているお店の前を抜けて、最後の直線をまっすぐに下り始めていたの!


 リリーさんがわたしを抱えたまま、アンのもとへ飛び込むような体勢になった。

わたしたちは空を飛んでいるので、人混みなんか関係ない。わたしを指さしてはしゃぐ子どもたちの声にそっぽを向いて、魔法に集中する。


(この距離なら、ホウキにおねがいが届くはず!)


 ホウキに杖を向ける。わたしはめいっぱい息を吸って、まわりの風に負けないくらいの大声でおねがいした。


「ホウキはアンを乗せて、わたしたちを助けて!」


「ナナさんっ、て、きゃっ」


 アンの手を振りほどいて、ホウキはくるりとアンの背後にまわった。ホウキは、両腕を動かしてバランスをとるアンのお尻をトンとすくい上げると、その場で急浮上。

 腰かける形になったアンが、落っこちないように必死でホウキのつかを握って、目をつぶった。


「リリーさん、おねがい!」


 減速しながら浮かぶホウキが、風に吹かれて猛進するわたしたちの目前に迫る。こっちに向いているもじゃもじゃと絡まったホウキの穂は、当たったらケガしそうなくらい鋭くとがっていた。


(ぶつかるっ‼)


 わたしは身動きもとれないまま、こわくなって目を閉じた。風のさわがしい声が耳を打つ。わたしを抱くリリーさんの手にぎゅっと力が入る。


 次の瞬間、グンッと体が押しつぶされそうな衝撃を受けてわたしは声をあげた。


「ぐえっ」

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