第3話 メイドのリリーさん

 メイドさんは黒に赤色のメッシュが入った髪で、背は高く、年は二十代半ばに見えた。凛とした目鼻だちで、いかにも仕事ができそうって感じ。

 服はエプロンドレスに、二の腕からゆびの先まで覆う黒色のアームカバーをつけている。


「リリー、ありがとうございます」


 テーブルの横にワゴンを止めたメイドさんを、アンがねぎらった。

 リリーっていうらしいメイドさんは、わたしの分のソーサーとティーカップをてきぱきと用意して、出来立ての紅茶をふたり分注いでくれた。アンの飲みかけのカップを片付けながら、感心するように笑ってアンをからかった。


「お嬢さまがひとりでないのは珍しいですね。ご友人ですか?」


 リリーが優しそうな目つきでわたしの顔を見た。


「いえ」

「いえーいなんて喜んで、おちゃめさんですね!そうですよ、わたくしのお友達のナナさんです」


 わたしの否定を、アンはバタバタと遮って胸を張った。


 目配せするアンに疑わしい視線を向けたあとで、わたしはすべてに納得がいって、頭のなかでポンと手を打った。


(そーゆーことか。このひと、友達いないんだ)


 清廉潔白なお嬢さまだと思ってたけど、意外と残念で俗っぽいんだな。

 さっきのアツい視線……、久しぶりに年の近い人と話したから、きっとわたしのことウキウキで眺めていたんだ。距離感近いなーって思ってたけど、わたしと仲良くなりたくて仕方なかったのか〜。お姉さんぶってたのに、そっか~。


 わたしはいや~な笑顔をつくった。

 アンはムッとして、頬を膨らませる。わたしたちの無言の攻防をリリーさんは面白がって、幸せそうに見つめていた。


「私はまだお嬢さまの家に仕えて日が浅いのですが、私が見るかぎり、お嬢さまはいつもひとりでここに座っていらっしゃったので心配していました。ご友人がいるのでしたら、教えてくださればよかったのに」


「さ、さいきん仲良くなったばかりで……。ですが今、ふたりでどこかに遊びに行こうと計画していたところなんですよ」


「えっ、そうなんだ」


「そうだったでしょう?」


 アンのうつくしい顔にしわが増えてきたので、わたしは話を合わせることにした。

 わたしは改めて自己紹介をして、自分が魔法士であることを告げた。リリーさんはすごいですねと唖然として、それから、喜びと、心配をまぜた複雑な表情をつくって、アンに忠告した。


「魔法士さまと一緒なら安心です。…………ですがお嬢さま、くれぐれも遠出してはいけませんよ」


「わかっています」


 なんだろう、門限でもあるのかな。ありそ~、お嬢さまだもんね。

 わたしは勝手に納得して、アンに同情の視線を送った。


(わたしも門限をやぶって、お母さんによく叱られてたっけ……)


 門限のない旅って気楽でいいけど、帰ったらお母さんが待ち構えてて、怒ってわたしの髪をくしゃくしゃにするのも、なんだかんだ好きだったな。まだ数日しか経ってないのになつかしいなー、元気にしてるかなあ。

 わたしは足をぶらぶらさせて、両親のことを考えていた。


 アンは邸宅にもどろうとするリリーさんに、わたしがどこかに落としてしまったホウキをさがすように頼んだ。リリーさんは快く引き受けてくれたので、わたしは席を立って、おねがいしますって頭をさげた。


 すずしい風が吹き抜けて、やわらかくなった静寂があたり一帯をつつむ。

 わたしはリリーさんが用意してくれたカップに口をつけて、一息ついた。入れてもらった紅茶は、わたしの乾いたのどをさっぱりと潤してくれた。

 適度な渋みが、あまいクッキーに手を伸ばさせる。


(おいしい、久しぶりにリラックスできたかも)


 プレーンとココア生地が市松模様になったクッキーを指でつまんで、サクサクと食べていると、テーブルの反対がわで、ふふっと声がもれた。

 わたしは眉をひそめる。


「……どーして笑うの」


 アンは首をかしげて、「わたくしを責めないでくださいよ」とでも言いたげな顔をした。


「だって、ナナさんがわたくしに杖を向けたとき、野良ネコ、というより捨てネコって表情で曇っていらっしゃったのに。いまはお母さんのミルクを待つ子ネコって感じがしますもの」


 口のなかのクッキーを飲み込むと、ごくりと音が鳴った。


(わたし、そんなつまらない顔してたんだ) 


 だからアンは、気持ちがもつれてモヤモヤしているわたしをほぐしてあげようと思ったのかな。それで、わたしはアンにまんまとほだされて、子ネコの顔をしている。


 …………子ネコってなに。


 わたしは見すかされているような、見下されているような気になって、恥ずかしさを紛らわせるために大きな声をあげた。


「わたしはいま、元気になろうとしてるの!でも甘えてるんじゃないし、甘やかされたいわけじゃない!ミルク待ってないから!」


「わかりました、わかりました」


「アンの提案にのって、ここで休んでいるだけだから!だからわたしのことは野良ネコだと思って、なんにも聞かないで!」


「わかりましたから、牙をむかないで」


(子どもあつかいしないでって言ってるのに――っ!)


 アンはどうどうとわたしをなだめて、「めんどくさい人ですね」とティーカップに口をつけた。そうして、ではではと、願ったり叶ったりだと楽しげに、胸の前でパチンと両手を合わせた。


「ナナさんのことは聞きませんから、わたくしの話を聞いてください」


「…………いいけど」


 これでもわたしは聞き上手。

 故郷ではつまらない悪口だって最後まで聞いてあげていたんだからね。

 こころのなかで胸をたたいて、アンにはそっけなく返した。

 

 アンはおもむろに立ち上がると、たどたどしい動きで椅子に座るわたしのすぐ近くまで来た。ふわりと香るバラを基調としたフローラルノートの香りが、わたしを甘やかそうと迫る。ごくりとツバを飲んで、息を止める。

 わたしはアンの意図が読み取れず、つい強張ってしまったからだをギギギッと動かして向き合うように姿勢を変えた。


 アンはタレ目が際立つように目をふせて、わたしの羞恥心をどろどろにとろけさせるような声で言った。


「わたくしの足を、さわってくださいませんか?」


 ………………へっ、え⁉︎


 パシッと耳をふさいで、椅子から転げ落ちそうになりながら、わたしは目をパチパチさせた。

 胸がドキドキする。視線が足に吸いよせられる。


「やっぱり、アンの方がいやらしいじゃんっ‼」


「心外です。このわたくしの、どこがいやらしいと?」


「とぼけないでよっ!あ、だめっ、ワンピースの裾たくしあげないで~っ」


 わたしは椅子に座っていたので、目と鼻の先にアンの足があった。アンが裾をもち上げるにつれて、すらりと伸びた、なめらかな太ももがあらわになっていく。

 どこまで見せる気なのか、いっこうにその手は止まらない。わたしには刺激がつよくって、たまらず目を覆った。こんなの耐えられない~っ‼


(わたしの思春期、アンにくるわされる~っ‼)


 目を塞いだゆびの隙間から、禁断のセカイが見える。


 そしてわたしは、あることに気がついた。

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