第13話 分かり合えない

 わたしは牙をむいて、黒い電流をまとった杖をリリーに向けた。リリーは両目を見開いて、もどかしそうに眉を下げながら「子どもですね」と言った。


 空気中をかけめぐる黒いイナズマがリリーの手を打つ。リリーは顔をゆがめて、引っこめた腕をさすると、もう敵意はありませんというふうにだらりと腕を下げた。

 そしてわたしの後ろ、どこか遠くの方を見すえて、憂いをこめた瞳を半分だけふせた。


 わたしはパッと振り返って、炎に包まれた庭をすみずみまで見渡した。オレンジ色の森は、炎と煙が何層にもかさなって、終わりのない樹海みたい。

 目を焼いてしまうくらいの熱気と光のなかを、わたしのからだから飛び出したイナズマが行きかって、利き手と反対の手でえんぴつを走らせたような線がすれ違い、よりあう。入り組んだ庭の先は、放水による霧状の水と煙でかすんでいて、ちっとも見通せなかった。


(立ち止まってちゃダメだっ!)


 わたしは一歩踏みこんで、リリーの視線の先へ杖をピンとつき出した。とつぜんあふれ出したイナズマの正体はわからなかったけど、たぶんわたしの味方で、わたしを助けてくれる力だと思ったから、めいっぱい、思いをこめて念じた。


「はずれ者のこころを宿す黒きイナズマよ、よごれた視界を晴らせ!」


 ガタガタガタッと、杖が手のなかで暴れる。わたしは取り落とさないようにもう片方の手を持ち手にかさねる。杖の先で束になっていくイナズマが大地に根を張るように空気中へ飛び出すと、


バチバチバチバチバチッ‼


 するどい音が庭を一直線に駆けて、色あせた木も、炎も煙も、なにもかも切りさいて、重たい雲に隠された夜空までつらぬいた。


「うわあ⁉」


 反動で吹き飛んだわたしは、後ろ向きに三回転して、ザザーッとリリーの後ろまで地面を滑った。擦りむいた膝を手で払って、魔法を使ったせいか、やけに重たいからだをゆっくりと起こす。

 小さな星がまわる目で庭を見上げると、イナズマがつらぬいた直線がぽっかりと横穴を開けて、望遠鏡みたいに景色を映していた。


 点滅する消防用車の回転灯がその先にある家の白いかべを照らしている。坂道に沿って、背の低い家の屋根が見える。その先は暗い。暗いけど、まんまるの月が浮かんでいて、青白い光の帯がゆらゆらっと下に伸びていた。


 わたしはその帯をみて、サーッと血の気が引いていった。


(もしかしてアンは……)


 わたしがふらつく足で横穴に歩いていくと、リリーがわたしの名前を呼んだ。憂いをこめた表情でわたしを見るのに、その声は冷たい悪者の声だった。


「あなたと滑った坂道はとても楽しかった。ですから、拒絶されたことが悲しい。あなたは私に共感してくれると思っていました。あなたと私はおそらく、同じ苦しみを知っているから」


 わたしはやるせなくて、グッと唇をかんだ。


(……わたしだってっ、楽しかったのに!)


 昨日の出来事が頭をよぎる。メイドのリリーさんとならわたし笑えてた。頼もしくて、かっこよくて、アンを大切にしているメイドのリリーさんとなら、仲良くなれたんだ。


 でも、はずれびとのリリーとは笑えない。悪魔とドラゴン、わたしとリリーはおんなじだけ人から離されているのに、その向きはせーはんたいで、リリーはわたしから人よりも遠い場所を歩いているんだ。


 同じ苦しみを知っているはずなのに、共有できないくらい遠いところにいるんだ。


「わたしたち、分かり合えないからっ!」


 わたしはこぶしを握って、リリーに叫んでいた。リリーが切なそうに見ているのは、わたしだけ。アンとアンの両親はもう目の外にあるから、きっと声が冷たいんだ。悪いことをしたって、少しも思ってないんだ。


 リリーは静かにうなずいて、最後に、凍りついた口の端を持ち上げて、似合わない笑顔をつくった。


「お別れのあいさつ代わりに、ひとつだけ教えてあげましょう」


 わたしは杖を使って、宙に浮かばせておいたホウキを引き寄せた。ホウキはビュンと風を切って、一直線に横穴を進み、リリーの横を通りぬけた。


 焦げてしなびた草地をつま先が滑る。ごくりと、のどが鳴った。


「私とアンは、はじめから、あなたに悪魔の角が生えているのを知っていましたよ。あなたがこの庭に落ちて、帽子を落としたときから」




 ものすごいスピードで飛びこんできたホウキのつかを握って、わたしはそこだけが煙の晴れた空へ飛びあがった。流れていく風が、熱をもった肌と明滅する二本の角を冷やして、ついでにうるさい心臓の音をまぎらわして左右に分かれていく。


 消防隊員と野次馬たちの汚い声がかすかに耳をなでる。気持ち悪い感触を肩でふいて、くるりとからだを持ち上げて、わたしはホウキにまたがった。


(はずれびとのわたしを、アンはともだちにしてくれたんだ)


 ――アンはきっと、海にいる。


 わたしは一度も後ろを振り返らないで、まんまるの月の下で暗い海面にゆらめく光の帯を目指して、ホウキを走らせた。月はもうずいぶんとかたむいて、東の空にはうっすらとピンク色の線が伸び始めていた。

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