第10話 襲撃
…………ぇ。
「おいおい、ただのガキじゃねえか。わざわざ片づける必要あったのかよ」
地獄からあふれ出したような怒りをぶつけられて、からだが勝手に、ぶるぶると震え出した。足が地面につかない。息が、くるしいっ。
わたしは知らない男の人に襲われて、首をしめられていた。
「はっ、はな……し、て」
「ああ?」
「ぐうっ」やだ。やだやだっ。
大きくてごつごつした手が、わたしの首をギュッとしぼっていく。
声が出ない。魔法が、つかえない……。
こわい!わたし、このままっ……。
チカチカする目で瞬きをくりかえすと、口を飛び出すくらい大きな牙が生えた男の人がわたしを宙づりにして、燃えさかる炎のような瞳でわたしを睨んでいた。
わたしは射すくめられて、振りほどこうとして持ち上げた両腕に力が入らなくなる。
牙の男の隣には、もうひとり、フードをかぶった背の高い男の人が立っていた。
左肩からカラスみたいな黒い羽が生えていて、わたしの視線に気がつくと、ばさりとその羽を羽ばたかせた。生み出された突風がわたしを襲い、とんがり帽子がさらわれる。
わたしはくやしくて、恥ずかしくて、力まかせに歯をくいしばった。
「こいつは俺たちと同じ、はずれびとだ。不安要素は取り除いておけと、リーダーが言っていただろう」
「うるせえな分かってるよ。……にしても、悪魔の角か。いいもん持ってんなお前」
牙の男がさけた口の端をニヤリと持ち上げて、わたしの角を見た。
「はな、してっ。どう、して……こんなこと、するのっ」
「ガキはなにも知らなくていいんだよ。まあ安心しろ、その角に免じて命は取らねえでやるからよ」
次の言葉をしぼり出そうにも、肺のなかはもう空っぽだった。涙が混じって、揺れる波のようにぼやけた視界がだんだんと黒に染まっていく。
(どうして、わたしははずれびとに襲われているのかな。わたしがはずれびとだって、どこで知ったのかな。リーダーってだれ。なんにも、わかんないよ……)
息ぐるしさを感じなくなって、からだが軽くなったような気がして、わたしはその心地よさに身をゆだねた。わたしは真っ暗闇のなかに落ちて、どこまでもどこまでも沈んでいってしまった。
〇
けたたましいサイレンの音で、わたしは目を覚ました。
かすかにエンジンの音もして、それが右から左に、ものすごいスピードで通り抜けていった。
(あれ、わたしどうして寝ていたんだっけ……)
あたりには目を凝らしても見通せない闇が広がっていて、近くに落ちていたホウキとそびえたつ白い壁だけはそこにあることがわかった。
右を向くと、たてに切り取られた景色に、道と砂浜と底知れない海と空が黒色のグラデーションになって積み重なっていた。
空にはまんまるに満ちた月が浮かんでいて、わたしはやっと、今が深い夜のなかだということに気がついたの。
わたしは細い路地のとちゅうで、建物のかべに背中をあずけて座りこんでいたみたい。立ち上がろうとかべに手をついて、ホウキを拾い上げたとき、のどがガラガラしていることに気がついて、わたしは顔をしかめた。
(ん?風邪でもひいたかな……、…………っ⁉)
声を出そうとしてせきこんだとき、わたしが気を失うまでに起きたすべてのことがバッと頭のなかによみがえったの!
わたしはすかさず腰のポーチから杖を取りだして、きょろきょろと暗闇をにらんだ。
(……よかった、あの人たちはいないみたい。でも、わたし、もしかしたら死んじゃってたかもしれないんだ)
身に起きたことが重く心にのしかかってきて、ぶわっと鳥肌が立った。確かめるように首をさわると、牙の男と羽の男の姿が頭をよぎったものだから、どこかに引きずりこまれそうな、あやふやな暗闇からはすぐにでも逃げ出したくなった。
路地の入口にひっくり返ったわたしの帽子が落ちていたので、拾って深くかぶる。
ホウキを抱いて、杖をかまえたまま海岸沿いの大きな道に出ると、メインストリートの近くがなんだか騒がしくて、赤々とした光をまとっていた。
耳をすませば、さっき聞こえてきたサイレンの音も聞こえてくる。
(こんな夜中にいったいなんの騒ぎ?)と思ったけど、道沿いは背の高い建物がならんでいて、坂の上はその屋根に隠れて見えなかった。
(いやな、予感がする)
わたしはホウキにまたがると、大空に舞い上がった。
パズルのピースのように組み合わさって建っていた白いかべの家々は、ほとんどが闇のなかに消えていて、道に沿ってならんだ街路灯が小さな光で町を区切っていた。
家のあかりが消えているんだから、みんなが寝しずまるまよなかだと思うけど、そんな黒色の町を、ただひとつ真っ赤に照らす大きな光があったの。
明るくしなくたって、飛んでいける場所だった。
それは、わたしがこの町で、初めて降りついた場所だった。
「うそ……」
アンの居場所が、黒い煙をまき散らせながら、もがく人のかげみたいに、ゆらゆらと燃えさかっていた。
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