第1脚 魔法士ナナと白いハートの椅子

第1話 海辺の町とうつくしい庭

 世界には、迷惑なウワサがある。


 たとえば、『黒い角は悪魔のしるしで、黒い角が生えた人間は"悪魔の生まれかわり"』なんてウワサだ。これっぽっちも面白くないのに、なぜかみんな知ってるんだよね。


 子どもってさ、人が嫌がると面白がって嫌なことするでしょ?

 だからわたしのことアクマとか、アクマちゃんって呼ぶの。ひどくない⁉

 大人はもっと嫌、わたしから見えてないと思って、日なたでかげぐちをするから。

 わたしはそんなやすい嫌がらせには負けないぞ!って、思ってたんだけど……。


 反抗期が、きてしまって。イライラしちゃった。

 イライラして、思わずやり返しちゃって、町を出てきちゃった!

 そんな旅を始めたころの話なんだけどね……。


 わたしはむしゃくしゃしていた。

 結局わたしは嫌がらせに負けて、逃げてきただけなんじゃないかと思うと腹が立つ。


(ちがうちがう、前を向かないと!)


 首を振って、いらない感情をポイと捨てる。

 前を向くと、広大な海が広がっていた。故郷の町からまっすぐに南に向かってホウキを飛ばしていたわたしは、とある海辺の街にたどり着いていたみたい。

 まわりの風景をきょろきょろと見渡してみると、白いかべに黄土色の屋根をのせた家が、複雑なパズルのピースみたいに、町じゅうにはめこまれていた。わたしの真下では、はばの広いメインストリートが海までつづいていて、ゆるやかなくだり坂になっている。


 いちど海岸に降りようと思って、ホウキをにぎる手に力をこめると、ビュンッ!となにかが視界の端を通りすぎるのが見えた。


「えっなに。鳥⁉」


 顔を上げると、渡り鳥のむれが降りそそぐ雨のようにわたしに迫ってたの!


「おねがいだから下降りて!」


 ホウキのつかを両手でグイッと押しだして呪文をとなえると、ホウキは風を起こして、真っ逆さまに急降下した。

 わたしはふり落とされないようにホウキを抱きしめて、頭にのったとんがり帽子を手で押さえながら、進行方向を確認する。


(やっちゃった!強くおねがいしすぎたっ!)


 鳥の包囲網をぬけてもホウキの勢いは止まらず、三階だての豪華な建物が間近に迫る。わたしはその建物を避けようと、力づくでホウキのさきを上に向ける。

 正反対の力がけんかをして、ホウキはみしみしと嫌な音を立てた。そして、


 バチンッ‼


 わたしはホウキに弾かれて、大空に投げだされた。


「うわ――――っ」


 タイルが敷きつめられた屋根の上をすれすれで飛びこえると、緑にあふれた、まるで迷路のような庭が目の前にあらわれた。

 きれい……って、今はそれどころじゃないっ!


「おねがいだから風はわたしを受け止めて!」


 腰にさげたポーチから魔法の杖を取りだして、わたしの横を通りすぎていく風におねがいする。風は「仕方ないなあ」とでも言いたげな重い音をならして、ゴーッとわたしの背後にあつまった。

 風のクッションは、わたしの全身を上向きにふんわりと押して、わたしのからだを宙に浮かばせる。

 一足先にどこかの茂みに落ちたホウキが、庭をかざる木の枝にぶつかって、カコンと乾いた音を響かせた。


「危なかった……。やっぱり、前を向いてなきゃだめだー」


 大の字になって風にからだをゆだねて、自嘲気味にひとりごつ。満天の青空は、わたしの気も知らないで、さわやかな夏の顔をしていた。


「やだも~、ひとりさみしい~。お腹すいた~。寝るとこないお金ないシャワー浴びた~い!」


 失敗つづきの憂さ晴らしに手足をばたばたさせていると、ふっと風の音が消えて、からだが軽くなった。


(あれっすごい!わたし、どこまでも飛んでいけそう……)


 前向きな気持ちがわいてきて、今ならなんだってできる気がした。同時に、風のさいごのお情けがわたしを支えるのをやめた。

 やわらかそうにみえて実はかたい草地のベッドが、わたしを迎えいれる準備をして下で待っていた。


「風もわたしのこと雑にあつかうんだっ、この薄情もの――!」


 ザンッザンッ、ザザ……ドスンッ。


 ニ゛ャア。


 …………痛い。

 起きあがる気力がなかったので、からだを投げだしたまま首だけを動かしてみる。

 顔の上にひらりと落ちてきた葉っぱをフーッと息でとばして右を向くと、黒ネコが低木の間をぬってどこかに逃げていくのが見えた。


(驚かせちゃったかー。ネコちゃんごめん)


 黒ネコは一瞬だけわたしの方をふり返ったけど、すぐに興味を失ったのか茂みのなかに消えていってしまった。

 わたしはむくりと上体を起こして、からだじゅうの汚れを手ではらった。


 襟つきの白いシャツの上に羽織った黒色のローブパーカー、丈の短いプリーツスコートにアーガイル柄のソックス、丸いシルエットの革靴を順にさわって確かめる。

 必要最低限の荷物が入ったショルダーバッグも、しっかりと肩にななめがけされていた。

 さいごに、乱れた髪を直すときになって、旅用のとんがり帽子が頭からなくなっていることに気づいたの!


(あれ⁉どこどこっ、帽子どこ⁉)


 さいわいにも、近くの木の幹のそばにわたしの帽子は落ちていた。


(ふーっ、危ない危ない)


 あわてて拾って深くかぶる。嫌われモノのわたしの角は、大きなつばの広い帽子のなかに隠れて見えなくなった。


(わたしも早くここから出なくちゃ。ここって、お金持ちの家っぽいし、見つかったらすっごく怒られるよね⁉)


 いやな想像をして、たまらず両腕をさすった。

 空を飛んで逃げたいのに、ホウキどこかに落としちゃったんだよね……。見えないものに魔法はつかえないから、自分でさがすしかない。


 ホウキどこだー?と辺りを見渡しながら小道に足を踏み入れた、そのとき、


「今度はおおきな野良ネコさんが、迷い込んでしまったようですね」


 耳を包みこんで溶かしてしまうような、あまくてやわらかい声が、にっこりとわたしの背後で木霊した。

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