物の怪おしごと相談所!

水縞しま

1.氷泥棒の怪

第1話 氷泥棒の噂

 帰りの会が終わった、六年C組の教室。

 わたし、夏川萌音なつかわもねは、うきうきとランドセルに教科書を詰めこんだ。

 誰かと約束をしているとか、特別な用事があるとか、そういうわけではないけれど、学校終わりは妙にうれしくて胸がはずむ。

「萌音ちゃん、あの話、聞いた?」

 前の席の篠田澄果しのだすみかが、くるりとわたしのほうに振り返った。

「あの話って?」

「氷泥棒の話だよ」

 こおりどろぼう……。

 それって、なんだろう? 

「ぜんぜん知らない」

 わたしは、ぶんぶんと左右に首を振った。

「先週、お祭りがあったでしょ? そのときにね……」

 神妙な顔で、澄果が説明をはじめた。

 氷泥棒があらわれたのは、夏祭りの夜のこと。

 かき氷の屋台から、大きな氷の塊が消えて無くなってしまったんだって。

「うーーん、解けちゃったんじゃない? 夜でもすっごく暑いし」

 今は、夏休み前。

 毎日のように暑い日が続いている。

「冷凍庫に入れてた氷だったみたいだよ。それなのに、いつの間にかなくなってたみたい」

 ちゃんと冷凍庫に入れてたなら、解けないかぁ……。

「どこに消えたんだろうね?」

「盗まれたんじゃないかな、泥棒に」

「ど、泥棒……?」

 そうだとしたら、氷なんて盗んで、どうするんだろう。

 すっごく疑問だ。どうやって盗んだのかも気になる。冷たすぎて、氷の塊なんて持てないと思う。大きいってことは、かなり重そうだし。

「そういえば、君嶋きみしまくんも来てたよ。夏祭り」

 澄果が、思い出したように言った。

君嶋きみしまくん』というのは、同じクラスの君嶋琉雅きみしまりゅうがくんのこと。

 すごく整った顔をしていて、勉強も運動もできるんだけど、冷たい印象なんだ。ぜんぜん笑わない。たとえるなら、氷の王子様みたいな感じ。

 みんな、君嶋くんと仲良くなりたいんだけど、なかなかうまくいかない。

 そんな君嶋くんとわたしには、ちょっとだけ接点がある。

 パパ同士が、同じ会社で働いているんだ。

 同じ会社といっても、君嶋くんのパパは社長で、わたしのパパは課長なんだけど。

 働きたいひとに、おしごとを紹介するのが業務内容みたい。

 人材派遣会社っていうんだって。

 そのひとにピッタリなおしごとを見つけて、働き始めたあとも、しっかりフォローするのが大切だって、パパが言ってた。

 君嶋くんのパパは、すごく威厳がある。ちょっと怖い雰囲気だけど、格好いい。

 参観日のとき、彼のパパを見て、いかにも社長っていう感じだなって思った。

 わたしのパパは、おっとりして、ぽや~~んとした雰囲気だ。ちっとも威厳はない。

 でも、すごく優しい。わたしにとっては自慢の、大好きなパパなんだ。

「かき氷を買うの、すごく楽しみにしてたんだよ!」

 ランドセルを背負いながら、澄果がぷんぷん怒っている。

 氷の塊が盗まれたせいで、かき氷の屋台は、早々に店じまいしてしまったらしい。

「ブルーハワイと、練乳いちご、それから抹茶あずき! やっと食べられると思ったのにーー!」

「そんなに食べるつもりだったの?」

 驚いて、澄果の顔をまじまじと見る。さすがに、食べ過ぎな気がするんだけど……。

「もちろん! 夏祭りといったら、かき氷でしょ」

 澄果が満面の笑みでうなずいている。

「冷えすぎて、お腹を壊しちゃうよ」  

 そんなことを話しながら、わたしは澄果と一緒に教室を出た。澄果とは、通学路が途中まで一緒だ。

 他愛のないおしゃべりをしていると、あっという間に三叉路まで来てしまった。

 この三叉路で、澄果と別れることになる。

「バイバーイ!」

「また明日ね~~!」

 お互いに手を振る。

 おしゃべりに熱中しているときは楽しくて、歩いている感覚さえないくらいなのに、ひとりになると途端に歩くのが億劫になる。

 なにより、この暑さだ。気づいたら、額に汗がにじんでいた。

 ランドセルを背負っている背中が気持ちわるい。きっと汗だくになっているんだろうな。

 Tシャツの裾を持って、わたしはパタパタと背中に風を送った。

「あともう少しで、休憩所だ! がんばろう……!」

 目を凝らすと、『シギノ不動産』の看板が見えた。

 シギノ不動産は、地域に密着した町の不動産屋さんだ。夏場、通学路を歩く小学生のために、ウォーターサーバーを設置してくれている。

 そのおかげで登下校の際、わたしたちは冷たいお水を飲むことができるんだ。

 ベンチも用意してあるから、そこに座ってキンキンに冷えた水を飲む。ちょっと日陰になっているから、いつもわたしはここで一休みしている。

 受付で紙コップをもらって、ウォーターサーバーから水をそそぐ。

「ぷはぁーーー!」

 冷たくて、おいしいお水をゴクゴクと一気に飲み干す。

「生き返る~~!」

 火照った体に、冷水がぐんぐんしみわたっているような感じがする。

 ランドセルを下ろし、ベンチに腰かける。日陰で休んでいると、君嶋くんが歩いてくるのが見えた。

 わたしと君嶋くんは、帰る方向が同じなんだ。

 ここからしばらく真っすぐ歩いて、なだらかな坂をのぼって。高台にある住宅地で暮らしている。

 あ、君嶋くんとわたし、もうひとつ接点があったなぁ……。

 そんなことを考えていると、君嶋くんがわたしの前を素通りしていく。

 えっ? ウォーターサーバーの冷たいお水、飲まないの……?

「君嶋くん!」

 思わず、わたしは声をあげた。

「お水、飲んだほうがいいよっ!」

 お節介かも……? と思ったけれど、ここから高台の自宅までは、まだまだ時間がかかる。坂道だってきつい。熱中症になったらたいへんだ。

 わたしの声に、君嶋くんは足を止める。

「ちょっと、ここで待ってて! わたし、紙コップもらってくるから!」

 そう言って、急いでバタバタと受付のほうへ向かう。

 紙コップをもらっているあいだに、君嶋くんは帰ってしまうかもしれない。心配したけれど、君嶋くんはベンチのところにいた。

 ほっと胸を撫でおろす。

 相変わらず無表情で、なにを考えているかわからないけど。

「はいっ!」

 どうぞ、と言って、水をそそいだ紙コップを君嶋くんに手渡す。

「……ありがとう」

 ドキッとする。

 君嶋くんと話をしたのは、これがはじめてだった。 

 同じクラスにいても、君嶋くんは遠いひとだ。誰に対しても、なんというか、分厚いバリアを張っているような気がする。

 近くで見ると、ほんとうにきれいな顔だなぁと思う。紙コップに口をつける君嶋くんに、思わず見惚れる。

 ベンチの真ん中に置いていた自分のランドセルを、わたしは端っこのほうに寄せた。

 ちょっと遠慮しながら、そのとなりに座る。

「毎日、ほんとうに暑いね」

「……そうだな」

「夏休みが待ち遠しいな~~!」

「そうか?」

 君嶋くんと会話している。相槌を打ったり返事をしたり。

 奇跡に近い。だって、クラスで気軽に君嶋くんとお話できる子はいない。

 ひとを寄せ付けない雰囲気が、君嶋くんにはある。

 もしかして、パパ同士が同じ会社で働いているから? それで、ちょっと親近感を持ってくれているとか。

 わたしとの接点に、君嶋くんも気づいてるのかな?

 そんなことを考えていると、きれいなかたちをした目が、スッとするどくなった。

 えぇ? わたし、睨まれている? なんで?

 あたふたしていると、君嶋くんの視線が、わたしから少しずれていることに気づいた。

「君嶋くん……?」

 どうしたの、と言いかけたところで、背後に気配を感じた。

 それと同時に、冷たい風が吹いた気がした。

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