第5話 雪女のかき氷店
「冷たい雑貨とかないかな~~? どうせなら、キンキンに冷えたもの触りたいし!」
雪乃さんは、よっぽど冷たいものが好きなんだなぁ……。
「う~~ん、冷たい雑貨、冷え冷えの雑貨……。あ、パッケージが可愛い保冷剤とか、どうですか?」
「保冷剤って、売るときは常温じゃないか?」
た、たしかに……。
「キンキンに冷えた雑貨とか、そうそうないと思うぞ」
「そうだね……」
「いっそのこと、氷を売ったらいいんじゃないか?」
君嶋くんの言葉を聞いて、わたしはハッとなった。
「氷……、かき氷!! あの、かき氷屋さんとかどうですか?」
「え!! それ、すっごく良いかも!」
雪乃さんが、目を輝かせる。
「例の氷屋から、かき氷用の氷を仕入れたらいいかもな」
「それって、夏祭りでかき氷屋さんをしていた氷屋さんのこと?」
雪乃さんが氷を盗んじゃって、早々に店じまいすることになった、あの氷屋さん。
「そうだ」
君嶋くんが、深くうなずく。
「夏祭りで、かき氷がたくさん売れなかった分の損害を、雪乃さんの店が仕入れをすることで、補填していくことができる」
さすが、君嶋くん!
わたしとは、アイデアの差があり過ぎる。
「なんか、やる気が出て来たよ! めちゃくちゃかき氷を売って、バシバシ仕入れをする! そうすれば、氷屋さんが儲かるんだもんね!」
こうして雪乃さんは、かき氷屋さんをやることに決まった。
「あとは、シギノに手を貸してもらいましょう!」
「シギノ? なんで、あの祓い屋が出てくるのよ?」
雪乃さんは、ちょっとイヤそうな顔だ。
自分を祓おうとした人間だから、もちろん気持ちは分かる。
「シギノは、不動産屋さんですから!」
「かき氷屋をやるための物件を、あいつに貸してもらうんだよ」
「なるほどね~~!」
納得したように、雪乃さんは大きくうなずいた。
◇
「というわけで、かき氷屋さんをすることに決定たんですけど。お店をする場所、貸してもらえませんか?」
シギノ不動産。
案内された奥の部屋で、わたしたちはシギノにお願いしてみた。
「かき氷屋ですか……」
シギノは、辞書みたいに分厚いノートをめくった。
ノートには、シギノ不動産が取り扱っている物件の情報が載っているみたい。
わたしと君嶋くん、雪乃さんは、ページをめくるシギノの手をじいっとみた。わたしたちは、シギノと向かい合って座っている。ふかふかのソファは、とても座りごこちが良い。
この小部屋は、まるで秘密基地みたいだ。
外から見ていた、のんびりとした町の不動産屋さんのイメージからは想像もできない。
「お店をやるのは良いですけどねぇ。雪女さんが物の怪だってこと、お客さんはもちろん、ほかの誰にも言ってはいけませんよ? 商売に影響しますから」
「わ、分かりました……」
「約束ですよ?」
シギノが念を押すように言う。
「はい」
「約束します」
「分かりましたぁ~~!」
わたしたちは、三人とも素直にうなずいた。
お店のためにならないことは、ぜったいにしない。
「場所は、あるにはありますけど。裏通りの狭い店になりますね」
バサッとノートを広げて、地図を指さす。
そこは、たしかに裏通りだった。駅前だけど、細い路地が入り組んだ場所。
ここから、そう遠くない立地だった。
「えぇ~~! もっと、ひろーーくて、表通りに面してる場所はないの? エラそうなくせに、ぜんぜん大したことない男じゃん」
足を組み替えながら、雪乃さんがため息を吐く。
そろりとシギノを見ると、笑顔のまま、額にピキピキと青筋が立っていた。
「タダで貸してあげようと思っていたんですがねぇ」
「え、ほんとに!? やった~~!! あんた、見た目によらず、なかなか気前が良いじゃん!」
雪乃さんが、シギノにハイタッチをしにいく。
「褒めてるようで、褒めてないね……?」
わたしはこっそり、隣にいる君嶋くんに同意をもとめる。
「ほんとにな」
君嶋くんが、肩をすくめる。
「ただし、商売がうまくいくまで、ですけどね。黒字になったら、賃料をいただきます」
「黒字になったら……?」
「それだけ、商売というのは難しいということです」
雪乃さんと、おざなりにハイタッチをしながら、シギノが言う。
不動産屋さんという「商売」をしているシギノの言葉は、すごく重い。
と、そのときは、思っていたんだけど……。
◇
細い路地を入ったところにある小さなお店。
『きらきら☆スノー』と書かれた看板をくぐると、店内から聞き慣れた声がした。
「あ、萌音ちゃん! 君嶋くん! いらっしゃいませ~~!」
テンションが高い声。
きゃぴきゃぴした、この声の主は、もちろん雪乃さんだ。
雪乃さんは、カラフルな浴衣を着ている。
それも、ミニ丈の。帯は、レースで可愛く。
この可愛い浴衣が、制服なんだって。
長い黒髪はアップにして、ヘアアレンジもしている。
「こちらのテーブル席にどうぞ~~!」
雪乃さんが、席まで案内してくれる。
「こちらがメニューになりまーーす!」
「ありがとうございます。なんだか、雪乃さん、すごく店員さんっぽくなりましたね」
雪乃さんからメニュー表を受け取りながら、わたしは感心する。
お店に来るのは、これで三回目だ。
最初は、雪乃さんも「うまくできるかな?」って不安そうな顔をしてたんだけど。
今ではすっかり、店員さんが板についている。
「そう? ありがと~~! なんかね、もう天職って感じ! 私の性格だと、接客業はピッタリだったみたい!」
雪乃さんは、満面の笑みだ。
楽しくって、仕方がない! っていう感じ。
お客さんの注文を聞いたり、かき氷を作ったり。生き生きとおしごとをしている。
そんな雪乃さんのお店は、なんと大繁盛しているんだ。
お客さんは、ほとんどが女の子。理由は、かき氷がSNSで映えるから。
雪乃さんが考案したかき氷は、とにかく可愛い。
フルーツたっぷり、ホイップやチョコスプレーで、盛り盛りにしてある。見た目のインパクトがすごいんだ。
「おまたせしました~~! 桃たっぷりスペシャルホイップかき氷でーーす!」
雪乃さんが、隣のテーブルにかき氷を運んできた。
まず、その大きさに圧倒される。
「わぁーー、すっごく可愛い!」
「大きいね~~!」
隣の席の女の子たちが、驚いたように声をあげる。
大きいから、シェアして食べるお客さんが多いみたい。
「夏休みに入ってから、ますます女の子たちがお店に来てくれてるね」
メニュー表を見ながら、わたしは店内を見回した。
「そうだな……」
君嶋くんは、雪乃さんのお店に来るたびに元気がなくなる。
どうやら、店内の飾り付けが派手すぎて、目がチカチカするんだって。
もちろん、この派手な飾りは雪乃さんの趣味。ちなみに『きらきら☆スノー』という店名を考えたのも、雪乃さんだ。
「どのかき氷にする? わたしはね、この器がメロンになってる『特盛☆ラブメロン』か、マンゴーとバニラアイスの『マンゴー☆ゴーゴーアイス』かで迷ってるんだけど!」
メニュー表を指さしながら、君嶋くんに見せる。
「……どっちでもいいよ」
相変わらず、というか、いつにも増してテンションが低い。
「あ、この『トロピカ~ル☆波乗りブルーハワイ』もいいなーー!」
「決めていいよ」
「また? 前もそうだったじゃん!」
とってもサイズが大きいから、ひとりでは食べきれない。
隣の席の女の子たちと同じで、ここに来たら、かき氷を君嶋くんとシェアしてるんだ。
今度は、君嶋くんに決めてもらいたかったんだけどな……。
というか、実はわたし、今すごくドキドキしてるんだ。
ひとつのかき氷を、君嶋くんと分け合って食べる。なんか、それってデートしてるみたいじゃない?
夏休みに、可愛いかき氷屋さんで、君嶋くんとシェア……。
緊張するっていうか、大きな口を開けて食べられないなっていうか。
でも、ドキドキしているのは、わたしだけだと思う。君嶋くんは、いつもクールな表情のままだから。
「よしっ! 今日は『トロピカ~ル☆波乗りブルーハワイ』にする!」
すごく悩んだ結果、夏のフルーツがたっぷり乗った、このかき氷に決めた。
「……店員さーーん。オーダーお願いしまーーす」
君嶋くんが、雪乃さんを呼ぶ。
ちょっとダルそうだけど、それも格好いい。そんなことを思いながら、わたしは雪乃さんが来るのを待った。
◇
夏休み明けの、六年C組の教室。
登校してきた澄果が、ランドセルを下ろしながら話しかけてきた。
「ねぇ、聞いた?」
澄果の顔は、ほかのクラスメイトと同じように、こんがりと日焼けしている。
「なにを?」
「かき氷のお店が、新しくできたんだって!」
うれしそうに澄果が言う。
『かき氷』という言葉に、わたしの心臓はドキンとはねた。
「そ、そうなんだ」
「なんかね、カラフルな浴衣を着た美人のお姉さんがやってるお店らしいよ。おっきなかき氷で、フルーツがいっぱいで、見た目がすごーーく可愛いみたい!」
行ってみたいなぁと、澄果は目を輝かせている。
たぶん、いや、ぜったいに雪乃さんのお店だ。
だって、情報が一致しすぎている。
「それって、細い路地にあるお店のこと? 『きらきら☆スノー』っていう店名で……」
念のため確認すると澄果は、大きくうなずいた。
「そうだよ! 萌音ちゃんも知ってたんだ?」
「う、うん……」
知っているというか、関係者なんだけど……。
「SNSで見たんだけど、すっごく可愛いんだもん。今度、一緒に行ってみようよ!」
澄果に誘われ、わたしはドキドキしながら「うん」とうなずいた。
店主が物の怪で、雪女だということは秘密だ。友だちの澄果にも、ぜったいに言えない。
だって、祓い屋のシギノと約束をした。
どんな顔をして、お店に行けばいいんだろう……?
前もって、雪乃さんに話をしておいたほうがいいよね?
友だちとお店に行くけど、内緒だよって。
出会ってからのこと。一緒におしごとを探したこと。
もちろん、雪乃さんが物の怪だっていうこと。
雪乃さん、まとめてポロッと話しちゃう危険があるし……。なんといっても、ノリの良い店員さんだから。
そんなことを、ぐるぐると考えていると、視線を感じた。
顔をあげると、君嶋くんと目が合った。
ぐるぐるしているわたしの心の中を見透かすように、ふっと笑った。不敵な笑みだ。
いじわるに笑う君嶋くんに、ドキッと胸がはねる。
美形だから、どんな顔でもサマになる。クールな顔もいいけど、笑った顔も格好いいなって、わたしは思った。
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