第5話 雪女のかき氷店

「冷たい雑貨とかないかな~~? どうせなら、キンキンに冷えたもの触りたいし!」

 雪乃さんは、よっぽど冷たいものが好きなんだなぁ……。

「う~~ん、冷たい雑貨、冷え冷えの雑貨……。あ、パッケージが可愛い保冷剤とか、どうですか?」

「保冷剤って、売るときは常温じゃないか?」

 た、たしかに……。

「キンキンに冷えた雑貨とか、そうそうないと思うぞ」

「そうだね……」

「いっそのこと、氷を売ったらいいんじゃないか?」

 君嶋くんの言葉を聞いて、わたしはハッとなった。

「氷……、かき氷!! あの、かき氷屋さんとかどうですか?」

「え!! それ、すっごく良いかも!」

 雪乃さんが、目を輝かせる。  

「例の氷屋から、かき氷用の氷を仕入れたらいいかもな」

「それって、夏祭りでかき氷屋さんをしていた氷屋さんのこと?」

 雪乃さんが氷を盗んじゃって、早々に店じまいすることになった、あの氷屋さん。

「そうだ」

 君嶋くんが、深くうなずく。

「夏祭りで、かき氷がたくさん売れなかった分の損害を、雪乃さんの店が仕入れをすることで、補填していくことができる」

 さすが、君嶋くん!

 わたしとは、アイデアの差があり過ぎる。

「なんか、やる気が出て来たよ! めちゃくちゃかき氷を売って、バシバシ仕入れをする! そうすれば、氷屋さんが儲かるんだもんね!」

 こうして雪乃さんは、かき氷屋さんをやることに決まった。

「あとは、シギノに手を貸してもらいましょう!」

「シギノ? なんで、あの祓い屋が出てくるのよ?」

 雪乃さんは、ちょっとイヤそうな顔だ。

 自分を祓おうとした人間だから、もちろん気持ちは分かる。

「シギノは、不動産屋さんですから!」

「かき氷屋をやるための物件を、あいつに貸してもらうんだよ」

「なるほどね~~!」

 納得したように、雪乃さんは大きくうなずいた。



「というわけで、かき氷屋さんをすることに決定たんですけど。お店をする場所、貸してもらえませんか?」

 シギノ不動産。

 案内された奥の部屋で、わたしたちはシギノにお願いしてみた。

「かき氷屋ですか……」

 シギノは、辞書みたいに分厚いノートをめくった。

 ノートには、シギノ不動産が取り扱っている物件の情報が載っているみたい。

 わたしと君嶋くん、雪乃さんは、ページをめくるシギノの手をじいっとみた。わたしたちは、シギノと向かい合って座っている。ふかふかのソファは、とても座りごこちが良い。

 この小部屋は、まるで秘密基地みたいだ。

 外から見ていた、のんびりとした町の不動産屋さんのイメージからは想像もできない。

「お店をやるのは良いですけどねぇ。雪女さんが物の怪だってこと、お客さんはもちろん、ほかの誰にも言ってはいけませんよ? 商売に影響しますから」

「わ、分かりました……」

「約束ですよ?」

 シギノが念を押すように言う。

「はい」

「約束します」

「分かりましたぁ~~!」

 わたしたちは、三人とも素直にうなずいた。

 お店のためにならないことは、ぜったいにしない。

「場所は、あるにはありますけど。裏通りの狭い店になりますね」

 バサッとノートを広げて、地図を指さす。

 そこは、たしかに裏通りだった。駅前だけど、細い路地が入り組んだ場所。

 ここから、そう遠くない立地だった。

「えぇ~~! もっと、ひろーーくて、表通りに面してる場所はないの? エラそうなくせに、ぜんぜん大したことない男じゃん」

 足を組み替えながら、雪乃さんがため息を吐く。

 そろりとシギノを見ると、笑顔のまま、額にピキピキと青筋が立っていた。

「タダで貸してあげようと思っていたんですがねぇ」

「え、ほんとに!? やった~~!! あんた、見た目によらず、なかなか気前が良いじゃん!」

 雪乃さんが、シギノにハイタッチをしにいく。

「褒めてるようで、褒めてないね……?」

 わたしはこっそり、隣にいる君嶋くんに同意をもとめる。

「ほんとにな」

 君嶋くんが、肩をすくめる。

「ただし、商売がうまくいくまで、ですけどね。黒字になったら、賃料をいただきます」

「黒字になったら……?」

「それだけ、商売というのは難しいということです」

 雪乃さんと、おざなりにハイタッチをしながら、シギノが言う。

 不動産屋さんという「商売」をしているシギノの言葉は、すごく重い。

 と、そのときは、思っていたんだけど……。



 細い路地を入ったところにある小さなお店。

『きらきら☆スノー』と書かれた看板をくぐると、店内から聞き慣れた声がした。

「あ、萌音ちゃん! 君嶋くん! いらっしゃいませ~~!」

 テンションが高い声。

 きゃぴきゃぴした、この声の主は、もちろん雪乃さんだ。

 雪乃さんは、カラフルな浴衣を着ている。

 それも、ミニ丈の。帯は、レースで可愛く。

 この可愛い浴衣が、制服なんだって。

 長い黒髪はアップにして、ヘアアレンジもしている。

「こちらのテーブル席にどうぞ~~!」

 雪乃さんが、席まで案内してくれる。

「こちらがメニューになりまーーす!」

「ありがとうございます。なんだか、雪乃さん、すごく店員さんっぽくなりましたね」

 雪乃さんからメニュー表を受け取りながら、わたしは感心する。

 お店に来るのは、これで三回目だ。

 最初は、雪乃さんも「うまくできるかな?」って不安そうな顔をしてたんだけど。

 今ではすっかり、店員さんが板についている。

「そう? ありがと~~! なんかね、もう天職って感じ! 私の性格だと、接客業はピッタリだったみたい!」

 雪乃さんは、満面の笑みだ。

 楽しくって、仕方がない! っていう感じ。

 お客さんの注文を聞いたり、かき氷を作ったり。生き生きとおしごとをしている。

 そんな雪乃さんのお店は、なんと大繁盛しているんだ。

 お客さんは、ほとんどが女の子。理由は、かき氷がSNSで映えるから。

 雪乃さんが考案したかき氷は、とにかく可愛い。

 フルーツたっぷり、ホイップやチョコスプレーで、盛り盛りにしてある。見た目のインパクトがすごいんだ。

「おまたせしました~~! 桃たっぷりスペシャルホイップかき氷でーーす!」

 雪乃さんが、隣のテーブルにかき氷を運んできた。

 まず、その大きさに圧倒される。

「わぁーー、すっごく可愛い!」

「大きいね~~!」

 隣の席の女の子たちが、驚いたように声をあげる。

 大きいから、シェアして食べるお客さんが多いみたい。

「夏休みに入ってから、ますます女の子たちがお店に来てくれてるね」

 メニュー表を見ながら、わたしは店内を見回した。

「そうだな……」

 君嶋くんは、雪乃さんのお店に来るたびに元気がなくなる。

 どうやら、店内の飾り付けが派手すぎて、目がチカチカするんだって。

 もちろん、この派手な飾りは雪乃さんの趣味。ちなみに『きらきら☆スノー』という店名を考えたのも、雪乃さんだ。

「どのかき氷にする? わたしはね、この器がメロンになってる『特盛☆ラブメロン』か、マンゴーとバニラアイスの『マンゴー☆ゴーゴーアイス』かで迷ってるんだけど!」

 メニュー表を指さしながら、君嶋くんに見せる。

「……どっちでもいいよ」

 相変わらず、というか、いつにも増してテンションが低い。

「あ、この『トロピカ~ル☆波乗りブルーハワイ』もいいなーー!」

「決めていいよ」

「また? 前もそうだったじゃん!」

 とってもサイズが大きいから、ひとりでは食べきれない。

 隣の席の女の子たちと同じで、ここに来たら、かき氷を君嶋くんとシェアしてるんだ。

 今度は、君嶋くんに決めてもらいたかったんだけどな……。

 というか、実はわたし、今すごくドキドキしてるんだ。

 ひとつのかき氷を、君嶋くんと分け合って食べる。なんか、それってデートしてるみたいじゃない?

 夏休みに、可愛いかき氷屋さんで、君嶋くんとシェア……。

 緊張するっていうか、大きな口を開けて食べられないなっていうか。

 でも、ドキドキしているのは、わたしだけだと思う。君嶋くんは、いつもクールな表情のままだから。

「よしっ! 今日は『トロピカ~ル☆波乗りブルーハワイ』にする!」

 すごく悩んだ結果、夏のフルーツがたっぷり乗った、このかき氷に決めた。

「……店員さーーん。オーダーお願いしまーーす」

 君嶋くんが、雪乃さんを呼ぶ。

 ちょっとダルそうだけど、それも格好いい。そんなことを思いながら、わたしは雪乃さんが来るのを待った。



 夏休み明けの、六年C組の教室。

 登校してきた澄果が、ランドセルを下ろしながら話しかけてきた。

「ねぇ、聞いた?」

 澄果の顔は、ほかのクラスメイトと同じように、こんがりと日焼けしている。

「なにを?」

「かき氷のお店が、新しくできたんだって!」

 うれしそうに澄果が言う。

『かき氷』という言葉に、わたしの心臓はドキンとはねた。

「そ、そうなんだ」

「なんかね、カラフルな浴衣を着た美人のお姉さんがやってるお店らしいよ。おっきなかき氷で、フルーツがいっぱいで、見た目がすごーーく可愛いみたい!」

 行ってみたいなぁと、澄果は目を輝かせている。

 たぶん、いや、ぜったいに雪乃さんのお店だ。

 だって、情報が一致しすぎている。

「それって、細い路地にあるお店のこと? 『きらきら☆スノー』っていう店名で……」

 念のため確認すると澄果は、大きくうなずいた。

「そうだよ! 萌音ちゃんも知ってたんだ?」

「う、うん……」

 知っているというか、関係者なんだけど……。

「SNSで見たんだけど、すっごく可愛いんだもん。今度、一緒に行ってみようよ!」

 澄果に誘われ、わたしはドキドキしながら「うん」とうなずいた。

 店主が物の怪で、雪女だということは秘密だ。友だちの澄果にも、ぜったいに言えない。

 だって、祓い屋のシギノと約束をした。

 どんな顔をして、お店に行けばいいんだろう……?

 前もって、雪乃さんに話をしておいたほうがいいよね?

 友だちとお店に行くけど、内緒だよって。

 出会ってからのこと。一緒におしごとを探したこと。

 もちろん、雪乃さんが物の怪だっていうこと。

 雪乃さん、まとめてポロッと話しちゃう危険があるし……。なんといっても、ノリの良い店員さんだから。

 そんなことを、ぐるぐると考えていると、視線を感じた。

 顔をあげると、君嶋くんと目が合った。

 ぐるぐるしているわたしの心の中を見透かすように、ふっと笑った。不敵な笑みだ。

 いじわるに笑う君嶋くんに、ドキッと胸がはねる。

 美形だから、どんな顔でもサマになる。クールな顔もいいけど、笑った顔も格好いいなって、わたしは思った。

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