2.動く影の怪

第6話 移動する影

 夏休みが終わっても、まだまだ暑い日が続いている。

 学校からの帰り道。澄果と並んで歩きながら、わたしは汗をぬぐった。

「早く涼しくなったらいいのにねーー!」

 澄果が、パタパタと手で顔に風をおくっている。

 どうやら、澄果も同じことを思っていたみたいだ。

「ほんとだね。天気が良い日だと、夜になっても、まだちょっと明るいもんね」

 夜が明かるいのは、夏の証拠だ。

 一日が長く感じられるから、夏はキライじゃないんだけど。 

「そういえば、夏の夜は注意しなくちゃいけないんだよ?」 

 澄果が、思い出したように言った。

「え、そうなの?」

 何に注意するんだろう。わたしは、気になって澄果のほうを見た。

「夕方から、夜になるくらいの、ちょうど薄暗い時間が危ないの。影がね、ひとりでに動いたりするんだよ」

「影が、動く……?」

「うん。自分の影がね、すすーーって勝手に移動したり、ぞわぞわぁ~~って動いたりするの。お姉ちゃんの友だちが、何人か見たらしいんだ」

「え、それは、怖いね……」

 うごめいているゾワゾワとした黒い影を想像したら、背筋がヒヤッとした。

 影が動くのは、いつも少し薄暗くなってからなんだって。

 澄果から、その話を聞いて、ぜったいに夕方以降は外に出ない! って、決意してたんだけど……。

「萌音、ちょっとお願いできないかしら。そこのコンビニで、牛乳を買って来て欲しいの」

 リビングで宿題をしていたら、ママにおつかいを頼まれちゃった。

 今日の晩御飯で使うみたい。

「ママね、ちょっと今、手が離せないの」

 キッチンに立つママは、忙しそうにしている。

 野菜を洗ったり、切ったり。卵をボウルに割って、菜箸でかき混ぜて。

「う、うん……」

 ちらりと時計を見ると、夕方の六時半になるころだった。

 ちょうど、外が薄暗くなる時間帯だ。

「……萌音? どうしたの、あなたコンビニ行くの好きだったじゃない」

 元気のないわたしを見て、ママはいつもと様子が違うと思ったみたい。

 ときどき、おつかいを頼まれることがあるんだけど、わたしは喜んで行っている。ご褒美におやつを買っても良いことになっているから。

 これまでは、そうだったんだけど。

 あの、動く影の話を聞いちゃったから、どうしても怖いんだよね。行きたくないなぁ……。

 でも、牛乳がなかったら、きっと困るんだろうな。

 どうしよう、と考えていたら、ママから千円札を手渡された。

「おやつはひとつだけよ?」

 えぇ~~! わたし、行くって言ってないんだけどな……。

「車に気をつけてね?」

 そう言って、また忙しくキッチンで動き回る。

「う、うん……」

 結局、断り切れず、わたしはコンビニへ行くことになっちゃった。

 ポーチの中にお金を入れて、玄関でシューズをはく。

 それから、そーーっと、玄関のドアを開けた。

 外に出て、自分の影があるか確認する。完全に太陽が沈んでいないから、まだ影があった。

 真っ黒で、ぼんやりとわたしの形になっている、影。

 うん、大丈夫。動いてない。

 しばらくのあいだ、じいっと観察したけれど、わたしの影があやしい動きをすることはなかった。

 ホッとして、コンビニに向かう。

 買物をしているうちに、外が真っ暗になればいいのに。影が消えたら、もう怖くはない。

 歩きながら、どうしてもチラチラと自分の影を見てしまう。

 コンビニに入って、棚から牛乳をとる。そして、レジに向かおうとしたとき。

 なんと、目の前に君嶋くんがいた。

「あれ? き、君嶋くん!?」

 予想外だったから、驚いちゃった。

「君嶋くんも、おつかい頼まれたの?」

 コンビニは、高台のてっぺんにある。

 だから、高台の住人たちは、よくこのお店を利用している。ここで君嶋くんと会うのは、今日がはじめてだけど。

「……違う。暑いから、アイス買いに来た」

 カゴの中をよくみると、アイスがいくつか入っていた。

「そうなんだ! わたしはね、おつかいと、自分のおやつを買いに来たんだ!」

 学校が終わって、また君嶋くんに会えた。何だかうれしくて、心がムズムズする。

「今は暑くないから、おやつはチョコレートか、スナック菓子にするつもり!」

 動く影の話を聞いてから、ずーーっと背筋がさむい。だから、わたしはアイスじゃなくて、別のお菓子にするんだ。

「いや、暑いだろ」

 君嶋くんに、ツッコまれた。

 たしかに、夕方になっても、外の気温はまだまだ高いんだけど。

 事情を知らない君嶋くんに、影の話をする。これで、きっと君嶋くんも寒くなってくれるはず。

「……アイス、いらなくなった?」

 澄果から聞いた話を、君嶋くんに聞かせた結果。

「ぜんぜん?」

 まるで怖がる様子はなく、平然としている。

「えぇーー! どうして!?」

 わたしは、すっごく怖いのに!

「気のせいだろ。勝手に影が動いたように見えただけじゃないか? 薄暗くなって、視界がわるくなって、それで見間違えたんだと思うぞ」

「そ、そうかなぁ……?」

 君嶋くんに言われると、そうかな? って思っちゃう。自信満々というか、冷静というか。余裕があるように見えるからかな。

「少しでも自分が動いたら、影も動くだろ?」

「うん、まぁ。そうだよね……。よしっ! 影は動かない! お姉さんたちの見間違い! そう思うことにする。そのほうが、怖くないし」

 わたしは、自分に言い聞かせた。

 レジを済ませ、君嶋くんと一緒にコンビニを出る。

 自分の影を確認する。影は、消えていなかった。

 まだ、陽が沈でいない。

「……怖い? ひとりで帰れるか?」

「大丈夫だよ! 影は動かないって、自分に言い聞かせてるから」

 勢いよく返事をしてから、後悔した。

 もしかして君嶋くん、わたしの家まで、送ってくれたりしたのかな……?

 君嶋くん、すごく優しいな。もったいなかったなぁって、思っていたとき。

 ふいに、何かがサッと動いたように見えた。

 視線を落とすと、黒いモノが、ゆらりと形を変えたのが分かった。

 え、嘘!? 動いている……!

「き、君嶋くんの影、動いてる……!!」

 わたしは、思わず声をあげた。

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