第7話 動く理由

 ゾゾッ……、と移動する自分の影を見て、さすがの君嶋くんも驚いたみたい。

 大きく目を見開いている。

「うそだろ……!?」

 イヤな予感がして、わたしは自分の影を確認した。

 そぉっと、振り返る。すると……。

「わ、わたしの影もだ……!」

 黒い影が、ゾワゾワとうごめいていた。奇妙で、不気味な動き。

 自分の影が、勝手に動いている。

 怖くて怖くて、わたしは泣きそうになった。

「君嶋くんもわたしも、動いてないのに。なんで、影だけが移動してるの……?」

 わたしの涙声に、背後からの声がかぶさる。

「ご、ごめんなさいっ!」

 若い女のひとの声だった。

 ぶるぶる震えながら、わたしは振り向いた。

 薄暗いコンビニの駐車場。そこに、女のひとが立っていた。

「ど、どうしてあなたが謝るんですか……?」

 わけが分からなくて、わたしは聞いてみた。

「影が動くのは、私のせいなんです……!」

「えぇ……!?」

 女のひとの言葉が、予想外すぎる。

「どういうことですか?」

 君嶋くんが、彼女にたずねた。

「私が近づくと、影が喜んでしまうんです……」

「影が、喜ぶ……?」

 どういうことだろう。

影女かげおんなの習性といいますか……。影たちは、私のそばにいるのが好きみたいで。寄って来るんです」

「か、かげおんな……?」

 な、なに? それ……?

「もしかして、あなたは物の怪ですか」

 目の前の女のひとに、君嶋くんが冷静に声をかける。

 ビクビクし続けるわたしとは反対に、君嶋くんは落ち着きを取り戻したみたいだ。

「そうです。私たち物の怪は、夜になると力が強くなるんです。昼間だと、自分でコントロールできるんですけど……」

 女のひとの話を聞いて、澄果が言っていたことを思い出した。

 影が動くのは、いつも薄暗くなってから。夜に近い時間帯だ。

「そっか、それで影が動くのは、いつも夕方だったんだ……」

 澄果が言っていた、動く影の話は本当のことだったみたい。

「驚かせてしまって、ほんとうにごめんなさい」

 影女さんが、申し訳なさそうな顔をした。……ように、見えた。

 目を凝らしても、よく見えない。

 不思議だ。なぜか、女のひとの姿がはっきりと見えない。

 彼女が立っているところは、駐車場のための外灯がある場所で、明るいライトが当たっている。

 ほんとうなら、はっきり見えるはずなのに。どういうわけか、ぼんやりして見える。

 そこにいるはずなのに、まるで存在していないような、不思議な感じがする。

「私、影が薄いんです。存在感がないともいえます……」

 遠慮がちに、影女さんが言う。

 存在感が、ない? 

 影女さんだから、影が薄いの……? 

 そんなことを考えていたら、ふいに雪乃さんのことを思い出した。

 たしか、物の怪には「いろんな特性がある」って、言ってたはず。

「それって、影女さんの特性だったりしますか?」

「はい」

 うなずく影女さんのところへ、わたしの影が近づいていく。あ、君嶋くんの影もだ。

「影は、影女さんのことが好きなんですね」

 ゆらゆらと動く影を眺めながら、わたしはつぶやいた。

「好きとか嫌いとか、そんな感情みたいなの、影にはないだろ」

 君嶋くんが、自分の影を見ながら言う。

「えーー、そうかな? だって、ほら。わたしたちの影、ぐいぐい影女さんに寄っていってるよ!」

 どうやら、本体のわたしたちから離れることはできないみたい。だから、必死に影女さんのほうに行きたい! って、ジタバタ暴れている。

 なんだか、幼い子どもが、わがままを言って手足をバタバタさせているみたいだ。

「ちょっと、可愛いね」

「……少し前まで、怖いって言ってなかったか?」

「そうだけど!」

 だって、真っ黒な影がグイグイ、ノビノビ、わちゃわちゃ動いてて、可愛いんだもん。

 影女さんは、彌影みかげさんって言うんだって。

「ほんとうは、真っ暗になって、影が完全に消えてから外に出るべきなんですけど。完全に太陽が落ちるまで待てなくて、つい外に出ちゃうんです」

 人間を驚かせないために、そうしていたんだって。

 優しい物の怪さんだなぁ……。

「太陽を浴びると気持ちが良いし、歩いているといろんな人間がいて、声が聞こえてきて。私、人見知りだし怖がりだけど、人間のことキライじゃないんです」

「そうなんですか……!」

「友だち……になるのは難しくても、挨拶をかわしたり、ときどき世間話をしたりするような、人間の知り合いが出来たらなって思ってます」

 恥ずかしそうに、彌影さんはモジモジしている。

 人間の知り合いかぁ……。あ、だったら!

 わたしの頭の中で、ビビッとひらめいた。

「おしごと、しませんか!?」

「え? お、おしごと? 私がですか……?」

 彌影さんは、目をパチパチさせた。

「あーー、それ良いかもな」

 わたしの隣で、君嶋くんもうなずいている。

「人間と触れ合えるし、知り合いになれますよ! それに、お金だってもらえます! 昼間だったら、影が動かないように、力をコントロール出来るんですよね?」

「それは、大丈夫です。完全に力をおさえられます。でも……、私、物の怪なんですけど。それでも、おしごとって、出来るんでしょうか……?」

 彌影さんの瞳が、不安そうにゆれる。

「大丈夫です! なんといっても、わたしたちは、物の怪さんにおしごとを紹介した実績がありますから。安心してください!」

 わたしは、思いっきり胸をはる。 

「その物の怪さん、今はバリバリおしごとをされています。かき氷屋なんですけど、すっかり大人気店になっています」

 君嶋くんも、ちょっと誇らしそうな表情だ。

「だ、大人気? 物の怪のお店が……?」

 彌影さんは、ちょっと信じられないといった感じだ。

「わたしたちが、ピッタリのおしごとを見つけますよ! どうですか? おしごとに、興味はありませんか?」

 しばらく、考え込んだあと。彌影さんは決心したように、大きくうなずいた。

「き、興味、あります。私、おしごと、やってみます……!」

 やった……!

 なんだか、すごく嬉しい。これから、彌影さんにピッタリなおしごとを見つけるんだ!

 ぜったいに、素敵なおしごとを、探し出してみせる!

 ぐんぐんやる気がみなぎってきた。君嶋くんも「やるぞ」って顔をしている。

 そして気づくと、あたりはすっかり暗くなっていて。

「あ、そういえば、わたし。ママにおつかい頼まれてたんだった……!」

 すっかり、忘れていた。

「俺のアイスも、とけてるな……」

 わたしと君嶋くんは「しまった……」という感じで、お互いの顔を見た。それから、どちらともなく、クスッと笑い合った。

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