第8話 ヒントは結婚式
今日は、結婚式に来ている。
パパと一緒におしごとをしているひとの結婚式だ。わたしのパパと、君嶋くんと、会社の社長である君嶋くんのパパも出席している。
わたしと君嶋くんは、隣同士の席。
パパは「子どもは萌音と彼だけだから、気を使ってくれたんじゃないかな」って言ってた。
わたしの隣で、君嶋くんはクールな表情を崩さないまま、座っている。わたしは、花嫁の登場で「わっ!」と声をあげちゃった。
だって、すっごくきれいだったんだもん。
真っ白なドレス、それからベール。式場のあちこちに、きれいな淡い色の花が配置されている。
「夢みたいにきれいな場所だな……」
思わず、わたしはつぶやいた。
「結婚式場って、たいていこんなもんだろ」
隣の席の君嶋くんが、クールに言う。
「あんなに素敵なドレスが着られて、いいなぁ……」
花嫁は、とっても幸せそうな顔をしている。
なんだか、彼女がキラキラして見える。これが、幸せのオーラっていうやつかな?
「ドレスっていうのは、たいていああいう感じだろ?」
さめた口調の君嶋くんを、わたしはキッとにらんだ。
「もうっ! 君嶋くん、さっきから盛り下がることばっかり言って! ちょっと黙っててよ」
「はいはい」
君嶋くんは、ひょいっと肩をすくめる。
「わたし、いろいろ感動しちゃってるのに……。それに、お料理だって豪華だしね!」
わたしたちのために、子ども用のメニューが用意されていた。
ジュースだって飲み放題だ。冷たいオレンジジュースとぶどうジュースが美味しい。
式が始まってから、かなりの量を飲んだ気がする。
さすがに、ちょっと飲みすぎたかな……?
式が終わるまで、トイレは大丈夫かな? ちょっと心配かも。
そう思ったら、もうダメだった。わたしは静かに席を立って、トイレに向かった。
◇
トイレの個室の中。
ふいに、カツカツ……、とヒールで歩く音が聞こえた。たぶん、数人の足音。
「はぁーー、ちょっと休憩」
「そろそろ式も後半かな? サクラは楽だから良いよね」
「あ、やばい。メイクくずれてる」
「私もだよーー!」
思った通り、何人かの女性がトイレに入って来た。声の感じで、若い女性たちだとわかる。
どうやら、鏡の前でお化粧をなおしているみたい。
「でもさ、おこづいピンチのときに、サクラってありがたいよね」
「ほんとだよね」
「私はサクラすっごく好き」
さくら……?
さっきから、会話に出てくる「さくら」って、なんだろう。
ひとの名前かと思ったけれど、違うみたい……?
「その日にお給料もらえるところが多いから、助かる~~!」
「誰でもできるのが良いよね」
「経験もスキルも特に必要ないからね」
お給料? 経験? スキルって……。
もしかして、おしごとの話をしてるの?
「私は今回、めちゃくちゃ楽だよ。久しぶりに会う友人の役だから」
「いいなぁ。それだと、本物の友人に話しかけられても、久々だからよくわからなくて、とかで逃げられるもんね。私なんて、ずっと一緒にいる設定の幼馴染だよ。めちゃめちゃ台本読んだよ」
「台本ありはしんどいね」
役? 台本? 本物ってなんだろう。
彼女たちは、本物の友だちじゃないの? あ、もしかして、俳優さんのおしごととか……?
「意外に、印象に残らないひとのほうがたくさん仕事があるよね」
「目立たずにいるのがポイントだよ」
「奥が深いね、この仕事」
やっぱり! おしごとの話をしてたんだ!
わたしは、急いで持っていたスマートフォンを取り出した。
検索するところに、「さくら」と「おしごと」というワードを入れる。
その結果。
なんと、ほんとうに「さくら」というおしごとがあることが分かった。
ずらりと並ぶ検索結果に、自然とわたしの顔は、スマーフォンに近づいていく。
『サクラのバイトは、結婚式、葬儀、婚活パーティーなどに需要があります。代理出席とも呼ばれます』
ふむふむ。
『一般の参列者として出席します。サクラであることがバレるのはNGです』
なるほど。
『結婚式なのに呼べる友だちがいなくてさみしい、格好がつかない。葬儀に来てくれそうな親戚がいないくて世間体がわるい、等々。そんなひとたちのために、サクラのバイトはあります』
そうなんだ!
『婚活パーティーでは、率先して盛り上げる役を担うことが多いです。土日祝日に行われることが多いため、平日はOLをしているひとが、副業でサクラのバイトを選ぶこともあります』
たくさんおしごとして、大人って、えらいなぁ。
『細かい打ち合わせをしたり、台本があったりする場合があります。そのため、役者の卵がバイトしていることもあります』
へぇーー!
『結婚式や婚活パーティーでは美味しい料理が食べられます。引き出物ももらえます』
え、それって、すごくラッキーじゃない?
『ドレスアップもできるので、オシャレをしながらのバイトです。祝儀や香典は、依頼者からあらかじめ用意してくれるので安心です』
めちゃくちゃ良いおしごとだ!!
むしろ、わたしがやりたい。
美味しいご飯を食べながら、ドレスを着ておしごとがしたい!
……でも、ちょっと待って。
自分がサクラだっていうこと、バレたらダメってことは、誰にも言っちゃいけないってことだよね?
まわりのひとに「友だちです」って、嘘をついて、その場所にいるってことになるんだよね?
それって、いいのかな……?
わたしは、しばらくその場で考え込んだ。
そのとき、ふいに花嫁の顔が浮かんだ。キラキラして、とっても幸せそうだった顔。
とにかく! いちど、君嶋くんに知らせよう!!
わたしは、スマートフォンで君嶋くんにメッセージを送った。
『君嶋くん! 彌影さんの、おしごとのことなんだけど!』
自分の席に戻って直接、君嶋くんに言いたかったけど、結婚式でコソコソ話をするのはダメだと思ったんだ。
それに、すぐにでも君嶋くんに伝えたかった。
『なに』
君嶋くんから、すぐに返信が来た。
あれ? もしかして、結婚式でスマートフォンをさわるのもダメかな……?
これって、マナー違反?
君嶋くんが注意されちゃったら、どうしよう。
そんなことをえているうちに、もう一度、君嶋くんからのメッセージが届いた。
『今、どこ?』
『トイレだけど』
つい、反射的に返してしまった。
『トイレ?』
『ちょっとジュースを飲みすぎちゃって……。あ、それよりね! すっごく良いこと聞いちゃったんだ!』
『良いこと?』
さっき、お姉さんたちがしゃべっていたこと。
『サクラだって!!』
ぜったいに、彌影さんにピッタリなおしごとだと思う!
『桜?』
『うん!』
『今は夏だろ』
君嶋くんのくせに、察しがわるい。
『もう! ちがうよ!』
わたしは、トイレで聞いたことを君嶋くんに説明した。
友だちのふりをするおしごとのこと。
『あぁ、そっちのサクラか』
どうやら、君嶋くんは「サクラ」を知っていたらしい。
『会社関係の知り合いとか、親戚のふりとか、そういうパターンもある』
『そうなんだ』
世の中には、いろんなおしごとがあるんだなぁ……。
『彌影さんに、サクラの仕事を紹介しようってことか?』
さすがは君嶋くん、察しが良い。
『サクラのお姉さんたちが言ってたんだよ。「意外に、印象に残らないひとのほうがたくさん仕事がある」って』
『それは、一理あるな……』
『親友の役とかだと、いろいろ話を合わせたりとか、難しいこともあるみたいなんだけどね。ただそこにいるだけで良いっていう場合もあるみたい』
『人数合わせ的なことか?』
『そうそう! ……彌影さん、ちょっと不安そうだったでしょ? だから、まずは簡単なおしごとをしてもらって、自信を持ってもらえたらなって思って』
『なるほど』
『……でもね、ちょっと。考えてることが、あってね』
『なにを?』
サクラのおしごとのこと。
『考えてみたら、友だちの「ふり」をするって、嘘をついてるってことじゃない? そういうおしごとって、ダメなんじゃないのかなって思ったんだ』
『……うん』
『嘘をついて、ひとを騙して、それでお金をもらうって。すごくいけないことをしてるって感じた。お姉さんたちの会話を聞いたとき、そんなおしごとダメだって、わたし思ったんだ』
嘘をついてはいけない。ひとを騙してはいけない。パパにも、学校の先生にも、そう教わった。
『……そうだな』
『でもね、そのとき、わたし。花嫁さんの顔が浮かんだんだ。すっごく幸せそうな顔。ほっとした顔。うれしそうな顔。きっとね、なにか、理由があったんだろうなって。お友だちを呼ぶことができなくて。それで、サクラのひとを……』
大人の世界では、ときには嘘をつくことが、許されたりするのかな……?
『俺は、サクラの仕事が存在していることが、答えじゃないかと思う』
君嶋くんのメッセージを何度も読み返す。
『あとは、彌影さん自身が決めることだ』
君嶋くんの言葉に、背中を押された気がした。
『うん、そうだね。サクラのおしごと、紹介してみる……!』
そう文字を入力してから、わたしはえいっと送信を押した。
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