第8話 ヒントは結婚式

 今日は、結婚式に来ている。

 パパと一緒におしごとをしているひとの結婚式だ。わたしのパパと、君嶋くんと、会社の社長である君嶋くんのパパも出席している。

 わたしと君嶋くんは、隣同士の席。

 パパは「子どもは萌音と彼だけだから、気を使ってくれたんじゃないかな」って言ってた。

 わたしの隣で、君嶋くんはクールな表情を崩さないまま、座っている。わたしは、花嫁の登場で「わっ!」と声をあげちゃった。

 だって、すっごくきれいだったんだもん。

 真っ白なドレス、それからベール。式場のあちこちに、きれいな淡い色の花が配置されている。

「夢みたいにきれいな場所だな……」

 思わず、わたしはつぶやいた。

「結婚式場って、たいていこんなもんだろ」

 隣の席の君嶋くんが、クールに言う。

「あんなに素敵なドレスが着られて、いいなぁ……」

 花嫁は、とっても幸せそうな顔をしている。

 なんだか、彼女がキラキラして見える。これが、幸せのオーラっていうやつかな?

「ドレスっていうのは、たいていああいう感じだろ?」

 さめた口調の君嶋くんを、わたしはキッとにらんだ。

「もうっ! 君嶋くん、さっきから盛り下がることばっかり言って! ちょっと黙っててよ」

「はいはい」

 君嶋くんは、ひょいっと肩をすくめる。

「わたし、いろいろ感動しちゃってるのに……。それに、お料理だって豪華だしね!」

 わたしたちのために、子ども用のメニューが用意されていた。

 ジュースだって飲み放題だ。冷たいオレンジジュースとぶどうジュースが美味しい。

 式が始まってから、かなりの量を飲んだ気がする。

 さすがに、ちょっと飲みすぎたかな……?

 式が終わるまで、トイレは大丈夫かな? ちょっと心配かも。

 そう思ったら、もうダメだった。わたしは静かに席を立って、トイレに向かった。



 トイレの個室の中。

 ふいに、カツカツ……、とヒールで歩く音が聞こえた。たぶん、数人の足音。

「はぁーー、ちょっと休憩」

「そろそろ式も後半かな? サクラは楽だから良いよね」

「あ、やばい。メイクくずれてる」

「私もだよーー!」

 思った通り、何人かの女性がトイレに入って来た。声の感じで、若い女性たちだとわかる。

 どうやら、鏡の前でお化粧をなおしているみたい。

「でもさ、おこづいピンチのときに、サクラってありがたいよね」

「ほんとだよね」

「私はサクラすっごく好き」

 さくら……? 

 さっきから、会話に出てくる「さくら」って、なんだろう。

 ひとの名前かと思ったけれど、違うみたい……?

「その日にお給料もらえるところが多いから、助かる~~!」

「誰でもできるのが良いよね」

「経験もスキルも特に必要ないからね」

 お給料? 経験? スキルって……。

 もしかして、おしごとの話をしてるの?

「私は今回、めちゃくちゃ楽だよ。久しぶりに会う友人の役だから」

「いいなぁ。それだと、本物の友人に話しかけられても、久々だからよくわからなくて、とかで逃げられるもんね。私なんて、ずっと一緒にいる設定の幼馴染だよ。めちゃめちゃ台本読んだよ」

「台本ありはしんどいね」

 役? 台本? 本物ってなんだろう。

 彼女たちは、本物の友だちじゃないの? あ、もしかして、俳優さんのおしごととか……?

「意外に、印象に残らないひとのほうがたくさん仕事があるよね」

「目立たずにいるのがポイントだよ」

「奥が深いね、この仕事」

 やっぱり! おしごとの話をしてたんだ!

 わたしは、急いで持っていたスマートフォンを取り出した。

 検索するところに、「さくら」と「おしごと」というワードを入れる。

 その結果。

 なんと、ほんとうに「さくら」というおしごとがあることが分かった。

 ずらりと並ぶ検索結果に、自然とわたしの顔は、スマーフォンに近づいていく。

『サクラのバイトは、結婚式、葬儀、婚活パーティーなどに需要があります。代理出席とも呼ばれます』

 ふむふむ。

『一般の参列者として出席します。サクラであることがバレるのはNGです』

 なるほど。

『結婚式なのに呼べる友だちがいなくてさみしい、格好がつかない。葬儀に来てくれそうな親戚がいないくて世間体がわるい、等々。そんなひとたちのために、サクラのバイトはあります』

 そうなんだ!

『婚活パーティーでは、率先して盛り上げる役を担うことが多いです。土日祝日に行われることが多いため、平日はOLをしているひとが、副業でサクラのバイトを選ぶこともあります』

 たくさんおしごとして、大人って、えらいなぁ。

『細かい打ち合わせをしたり、台本があったりする場合があります。そのため、役者の卵がバイトしていることもあります』

 へぇーー! 

『結婚式や婚活パーティーでは美味しい料理が食べられます。引き出物ももらえます』

 え、それって、すごくラッキーじゃない?

『ドレスアップもできるので、オシャレをしながらのバイトです。祝儀や香典は、依頼者からあらかじめ用意してくれるので安心です』

 めちゃくちゃ良いおしごとだ!!

 むしろ、わたしがやりたい。

 美味しいご飯を食べながら、ドレスを着ておしごとがしたい! 

 ……でも、ちょっと待って。

 自分がサクラだっていうこと、バレたらダメってことは、誰にも言っちゃいけないってことだよね?

 まわりのひとに「友だちです」って、嘘をついて、その場所にいるってことになるんだよね?

 それって、いいのかな……?

 わたしは、しばらくその場で考え込んだ。

 そのとき、ふいに花嫁の顔が浮かんだ。キラキラして、とっても幸せそうだった顔。

 とにかく! いちど、君嶋くんに知らせよう!!

 わたしは、スマートフォンで君嶋くんにメッセージを送った。

『君嶋くん! 彌影さんの、おしごとのことなんだけど!』

 自分の席に戻って直接、君嶋くんに言いたかったけど、結婚式でコソコソ話をするのはダメだと思ったんだ。

 それに、すぐにでも君嶋くんに伝えたかった。

『なに』

 君嶋くんから、すぐに返信が来た。

 あれ? もしかして、結婚式でスマートフォンをさわるのもダメかな……?

 これって、マナー違反? 

 君嶋くんが注意されちゃったら、どうしよう。

 そんなことをえているうちに、もう一度、君嶋くんからのメッセージが届いた。

『今、どこ?』

『トイレだけど』

 つい、反射的に返してしまった。

『トイレ?』

『ちょっとジュースを飲みすぎちゃって……。あ、それよりね! すっごく良いこと聞いちゃったんだ!』

『良いこと?』

 さっき、お姉さんたちがしゃべっていたこと。

『サクラだって!!』

 ぜったいに、彌影さんにピッタリなおしごとだと思う!

『桜?』

『うん!』

『今は夏だろ』

 君嶋くんのくせに、察しがわるい。

『もう! ちがうよ!』

 わたしは、トイレで聞いたことを君嶋くんに説明した。

 友だちのふりをするおしごとのこと。

『あぁ、そっちのサクラか』

 どうやら、君嶋くんは「サクラ」を知っていたらしい。

『会社関係の知り合いとか、親戚のふりとか、そういうパターンもある』

『そうなんだ』

 世の中には、いろんなおしごとがあるんだなぁ……。

『彌影さんに、サクラの仕事を紹介しようってことか?』

 さすがは君嶋くん、察しが良い。

『サクラのお姉さんたちが言ってたんだよ。「意外に、印象に残らないひとのほうがたくさん仕事がある」って』

『それは、一理あるな……』

『親友の役とかだと、いろいろ話を合わせたりとか、難しいこともあるみたいなんだけどね。ただそこにいるだけで良いっていう場合もあるみたい』

『人数合わせ的なことか?』

『そうそう! ……彌影さん、ちょっと不安そうだったでしょ? だから、まずは簡単なおしごとをしてもらって、自信を持ってもらえたらなって思って』

『なるほど』

『……でもね、ちょっと。考えてることが、あってね』

『なにを?』

 サクラのおしごとのこと。

『考えてみたら、友だちの「ふり」をするって、嘘をついてるってことじゃない? そういうおしごとって、ダメなんじゃないのかなって思ったんだ』

『……うん』

『嘘をついて、ひとを騙して、それでお金をもらうって。すごくいけないことをしてるって感じた。お姉さんたちの会話を聞いたとき、そんなおしごとダメだって、わたし思ったんだ』

 嘘をついてはいけない。ひとを騙してはいけない。パパにも、学校の先生にも、そう教わった。

『……そうだな』

『でもね、そのとき、わたし。花嫁さんの顔が浮かんだんだ。すっごく幸せそうな顔。ほっとした顔。うれしそうな顔。きっとね、なにか、理由があったんだろうなって。お友だちを呼ぶことができなくて。それで、サクラのひとを……』

 大人の世界では、ときには嘘をつくことが、許されたりするのかな……?

『俺は、サクラの仕事が存在していることが、答えじゃないかと思う』

 君嶋くんのメッセージを何度も読み返す。

『あとは、彌影さん自身が決めることだ』

 君嶋くんの言葉に、背中を押された気がした。

『うん、そうだね。サクラのおしごと、紹介してみる……!』

 そう文字を入力してから、わたしはえいっと送信を押した。

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