第9話 影女の挑戦
雪乃さんのお店。
『きらきら☆スノー』で、彌影さんと待ち合わせをした。
わたしと君嶋くんの向かいに座った彌影さんは、今日も存在感がなかった。
気配を消しているような、周囲にとけ込み過ぎているような。
そんな彌影さんを見て、わたしは、ますますサクラのおしごとがぴったりだと思ったんだけど……。
「そ、そういうのはムリですっ!」
彌影さんが、消えそうな声で、けれどはっきりと首を振った。
「そ、そうですか……」
ダメかぁ……。
彌影さんにわからないように、わたしはこっそり肩を落とした。
君嶋くんは、サクラのおしごと、つまり代理出席について、まとめたページをダブレットに表示させた。
そして、それを彌影さんに見せる。
「け、結婚したひとたちが集まって、こ、婚活パーティー? っていうのをやるんですか。それで、場を盛り上げる役をする……?」
君嶋くんのタブレットをのぞき込みながら、彌影さんが、ぶんぶんと首を横にふる。
「こ、こんなの、私、ぜったいに向いてないと思います。性格、めちゃくちゃ暗いですから……!」
彌影さんが全力で拒否をする。
ここまでムリと言われたら、仕方がない。
なにか別の、彌影さんが「やってみたい!」と思えるような、そんなおしごとを探そう!
わたしが、そんな風に思っていたら。
「こ、この、結婚式とか、お葬式の代理出席……? というやつだったら、私、挑戦してみようかなって……」
「え?」
彌影さんは、タブレットをのぞき込んだまま、静かにそう言った。
『結婚式なのに、呼べる友だちがいなくて恥ずかしい。そういう方々のために、サクラのお仕事はあります』
サクラのおしごとの紹介文だ。
彌影さんは、じいっと読んでいる。
「……お、同じだなと思って」
「なにがですか?」
「私も友だち、いないので。結婚式に友だちを呼べなくて、恥ずかしいな。格好がつかないなって気持ち、想像できるっていうか。共感するっていうか……」
なるほど、と思っていたら。
「結婚する予定あるんですか」
君嶋くんが、ズバッと彌影さんにたずねる。
「い、いえ、そんな! 私は結婚とか、そんな予定はありません! た、たとえ話ですっ!」
彌影さんが、あわてて訂正する。
「ちょっと、君嶋くん。そういうの聞いたら失礼だよ」
ツンツン、と肘で君嶋くんの腕をつつく。
プライバシーだっけ? プライベート? とにかく、立ち入ったことは聞いちゃいけないんだ。
「物の怪も人間とおなじように、恋人つくったり結婚したりするのかなって。ちょっと気になったんだよ」
君嶋くんが、腕を組みながら言う。
「……それは、たしかに」
すごーーーく、気になるけれど。
「ど、どうなんですか?」
失礼なこと聞いてるなって思いながらも、好奇心に勝てなかった。
わたしと君嶋くんの視線が、彌影さんに集まる。
「き、基本的には、ないです。物の怪は、ひとり行動が好きなので……」
「そうなんですか」
「でも、ときどき物の怪同士で付き合っているとか、そういう話を聞くことがあります……」
「誰と誰がですか?」
ズバッと切り込むわたし。
「……おい、立ち入り過ぎるなよ」
止める君嶋くん。
あれ? いつの間にか、逆になってない……?
正直、もっと恋バナを聞きたい。具体的に、どんな話なのかを知りたい。
でも、今は彌影さんのおしごとのほうが大事だ。
恋バナは、彌影さんのおしごとがうまくいったら、聞かせてもらうことにしよう。
「はーーい! おまたせしましたぁ~~! こちら『ホイップ増し増し☆抹茶あずき』でーーす!」
元気いっぱいな雪乃さんが、かき氷を運んできた。
「お、大きいですね……」
彌影さんが、のけぞるようにして、特大かき氷に驚いている。
そんな彌影さんを見て、雪乃さんは満足そうに笑った。
「ごゆっくりどうぞ~~!」
今日は、わたしと君嶋くん、彌影さんの三人でシェアする予定だ。
それでも、この増し増しになった大量のホイップを食べ切れるか、ちょっと心配になった。
◇
「サクラの仕事ですか……」
シギノ不動産。その奥にある小さな部屋。
「まぁ、影女さんがやる気なら、話をつけますよ」
雪乃さんのときと同じ。シギノが、知り合いだという人物に、掛け合ってくれることになった。
わたしと君嶋くんは、胸をなでおろした。
「よかったぁ」
これで、彌影さんも無事におしごとを始められそうだ。
「……祓い屋の仕事って、どれくらいの頻度でしているんですか」
君嶋くんが、シギノにたずねた。
それは、わたしも思っていた。気になっていたんだけど、聞く勇気がなかったんだ。
「そんなに多くありませんよ。そもそも祓い屋の仕事は、仕方なくやっていることですから」
「そうなんですか?」
「おやおや。僕が、好きで物の怪たちを痛めつけているとでも?」
にやっと、意地悪な笑みを浮かべる。
そんな顔を見たら、イマイチ信用ができない。
「……正直、よく分からないです。あなたは秘密主義だし。得体が知れないと思ってます」
君嶋くんも、わたしと同じ気持ちだったみたい。
だって、見た目があやしい。全身、真っ黒な衣装だし。なにを考えているのか、よく分からない。
「名前だって、『シギノ』だとしか教えてくれないし! どこに住んでるのかとか、ペットは飼ってるのかとか、好きな食べ物とか……!」
「ペットとか、食の好みはどうでもいいだろ」
君嶋くんに、ツッコまれた。
「だって、仲良くなったら必要な情報だもん。遊びに行くときは、歩いていける距離なのかなとか。わたし、大型犬はちょっと怖いけど、ネコちゃんとか小さなわんこなら大丈夫だし。好きなお菓子はね、手土産で持って行くんだよ」
友だちの家にお邪魔するときは、いつもママが手土産を持たせてくれるんだ。
焼き菓子とか、ケーキとか。だから、聞いておきたかったんだけど。
「好きなお菓子ですかぁ」
シギノが、クスクスと笑う。
いつもの不敵な笑みじゃない。
あ、ちょっとだけ怖くないかも。
「シギノは、漢字で鴫野と書きます。下の名前は、まだ秘密です」
そう言って、シギノはすらすらとペンで鴫野としるした。
不動産屋さんの看板は「鴫」という字がめずらしいから、カタカナ表記にしているんだって。
「へぇ~~! シギノっていうのは、名字だったんだ」
「そりゃ、そうだろ」
隣に座る君嶋くんから、指摘をされる。
またしても、わたしは君嶋くんにツッコまれてしまった。
実は、シギノって女の子みたいな名前だなーーって、思ってたんだけどな。
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