第10話 自信がついた影女

 彌影さんが、おしごとを始めて三週間が経った。

『きらきら☆スノー』のテーブル席で、わたしの隣には君嶋くん。

 向かいには、彌影さんが座っている。

「最近、おしごとうまくいってますか? 困っていることは、ありませんか?」

 わたしは、彌影さんにたずねた。

 おしごとを紹介したあとも、しっかりフォローしていくのが大切なんだ。 

「お気づかい、ありがとうございます……! 問題なく、おしごとが出来ています!」

 彌影さんが、ぺこぺこと頭を下げる。

 その表情は、とっても嬉しそうだ。充実しているような、自信に満ちあふれている顔。

「すっかり大忙しですね!」 

「そうなんです。ありがたいことに」

「まさか、こんなに向いてる仕事だったとは思わなかったな」

 君嶋くんの言葉に、彌影さんが大きくうなずく。

「私がいちばん驚いています……! まさか、こんなにおしごとをいただけるなんて!」

 影が薄いという特性がある彌影さんには、サクラというおしごとはピッタリ合っていたみたい。大活躍中なんだ。

「私、すごく地味なんですけど。それが良かったみたいです。変に目立たなくて、風景にとけこめるというか……。たしかにいたはずだけど、後で思い返そうとしてもムリで、記憶に残らないみたいなんですっ!」

 それで、ひっぱりだこになっているみたい。

「まさか、私の特性をいかしたおしごとがあったなんて……。ほんとうに、このおしごとを見つけてくださって、ありがとうございます! たくさんおしごとをいただけて嬉しいです」

「いや、それは彌影さんが頑張っているからだと思う」

 うんうん。君嶋くんの言う通りだ。

 なんと、彌影さんは最近、台本ありのおしごともしているみたい。

「台本ありのおしごとは、結婚式の友人役が多いです。あとは、幼馴染役ですね。その役柄になりきって、台詞を覚えたり、振る舞ったり……。はじめはドキドキしましたけど、ちょっとだけ慣れました」

 しっかりと台本を読み込む真面目さが、評価されているんだって。影がうすいからこそ、どんな役柄にも対応できる。

 思い出そうとしても、はっきりとは思い出せない。みんなの記憶に、ぼんやりとしか残らない。

 影のようにササッとあらわれ、そしてまた去っていく。

「プロフェッショナルだな」

 君嶋くんが、感心したように言う。わたしも、同意だ。

「忙しくて、友だちを作るのはむずかしそうです。次から次へと現場に行っているので、知り合いもなかなか出来なくて。あ、困っていることといえば、それくらいですね……!」

「それなら、問題ないです! わたしたちがいるじゃないですか。ね、君嶋くん!」

 わたしは、君嶋くんのほうを見た。

「そうだな」

 軽く返事をする。そっけないけれど、君嶋くんの優しいところ、彌影さんにも伝わったみたい。

「あ、ありがとう……」

 彌影さんは、涙ぐんでいる。

 その姿を見たら、なんだかわたしまで、じい~~んとしちゃった。

「は~~い! できましたよ、彌影ちゃん注文の『ハッピーハニーレモン☆ヨーグルト』のテイクアウトバージョン!」

 ミニ丈の浴衣をまとった雪乃さんが、わたしたちのテーブルにやってきた。

 今日は、いつも以上にヘアアレンジが派手だった。

 しんみりしていた雰囲気が、あっという間に吹き飛んだ。

「あ、ありがとうございます。いただきます……!」

 彌影さんが、雪乃さんから商品を受け取る。

 実は、雪乃さんのお店は先週から、テイクアウトを開始したんだ。

 透明のカップに、かき氷を入れて販売している。

 持ち運びOKで、ストロー付き。カップに入ったシェイクとか、スムージーみたいな感じだ。

 彌影さんがテイクアウトを注文したのは、このあとも予定があるから。

「次のおしごとが入っているので……! 私は、これで失礼します!」

 慌ただしく、彌影さんが席を立つ。

 店を出て行く背中を見ながら、なんともいえない嬉しい気持ちになった。彌影さんにピッタリなおしごとを見つけられて良かった。あんな風に、喜んでもらえて良かった。

「彌影さん、楽しそうだったね」

「そうだな」

 再び、しんみりとしていたら、店内が満席だということに気づいた。

 お店の外には、並んでいるひともいる。

「わたしたちも、テイクアウトにしよっか?」

 改めて『きらきら☆スノー』は、人気店なんだなって思った。

 どのかき氷にするか決めてから、雪乃さんを呼ぶ。

「ご注文、お決まりですか~~?」

「テイクアウトにします」

 それだけ言って君嶋くんは、わたしに視線を送る。じーーっと見られる。

 数秒、見つめ合う。

 心臓がドキドキってしたけど、あまりにも意味深な目だったから、わたしは気づいた。

 あ、君嶋くん。商品名を、言いたくないんだな……。

 仕方なく、いつものようにわたしが注文をする。

「この『完熟イチゴまみれ☆練乳スペシャルンルン♪』をお願いします!」

「かしこまりましたぁ~~!」

 オーダーを受けて、さっそく雪乃さんはかき氷を作り始める。

 完熟した真っ赤なイチゴがたっぷり。練乳もたっぷり。

 想像しただけで、甘そうなかき氷だ。

「……今度は、君嶋くんが注文してもいいよ? 次に食べたいの決まってるし。『プリプリ☆プリンセスプリン』っていう商品名なんだけど」

 ちょっとだけ、いじわるを言ってみる。

 チラリと君嶋くんのほうを見ると……。

「ちょっと待って。勘弁してくれ……」

 そう言って、君嶋くんは手で顔をおおっていた。 

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