3.微笑む男の怪

第11話 微笑むイケメン

 給食が終わって、お昼休みの時間。

 お腹がいっぱいで、気持ち良くて。ちょっとウトウトしていたとき。

「萌音ちゃん! 聞いて!」

 澄果の明るい声が聞こえて、わたしは顔をあげた。

「なに? どうしたの?」

「私ね、すっごいイケメンに会っちゃった! 素敵だった~~!!」

 目の前の澄果は、ちょっと興奮しているみたい。

 丸い頬を赤らめながら、「笑顔が素敵だった」とか「背が高くてスタイルが良かった」とか、特徴をくわしく教えてくれる。

「そんなにイケメンだったの……?」

「うん! もうね、俳優さんとかモデルさんとかを超えてるの! イケメンなんだけど、きれいでもあって。色っぽくて、そのひとが笑うと、きらきら~~ってして見えるの!」

 澄果がうっとりしている。

 これが、いわゆる一目ぼれっていうやつなのかな? 

「笑い方もね、すっごく優しいんだ~~!」

 特定の男の子のことを、澄果がこんな風に褒めるのは初めてだったから、ちょっと興味がわいてきた。

「どこで会ったの? 塾? それとも、同じ学校の男の子?」

 あ、でも。同じ学校には、笑うときらきらしてる子なんていないかも。

 君嶋くんはイケメンなんだけど、優しくは……笑わないよね。うん。

 自分の中で納得していると、澄果が首を横に振った。

「違うよ! 男の子じゃなくて、男のひと!」

「え? そうなの? 何歳くらいのひと?」

「たぶん、20歳から25歳のあいだくらいだと思う!」

「そんな年齢のひとと、どこで出会ったの?」

 もしかして、塾の先生とか……?

「帰り道だよ!」

「か、かえりみち……?」

 それって、大丈夫なんだろうか。たとえば、不審者とか……。

 学校でも、注意するように指導されている。

「そ、それで? 会って、どうしたの……?」

「会っただけだよ?」

 澄果が、きょとんとした顔になる。

「ほら、いつも萌音ちゃんと三叉路で別れるでしょ? そのあと、帰り道で会ったんだ。すれ違っただけなんだけど、私が見てたらね、笑ってくれたんだよ! 優しい顔で『こんにちは』って、あいさつしてくれてたんだ」

 澄果の顔が、パァッと輝く。

 きっと、そのイケメンな彼のことを思い出しているんだろうな。どうやら、変なひとじゃないみたい。

 そのときは、澄果が一目ぼれしたんだなって。特に、それ以上は深く考えなかったんだけど。

 澄果が、イケメンの彼と出会ってから数週間。

 少しずつ、クラスの雰囲気がおかしくなってきた。

 男子は、以前と変わらないんだけど。女子だけが、ぼんやりしているんだ。

 目を輝かせたり、うっとりしたり。澄果が、例のイケメンの話をしていたときと、同じ表情になっている。

「……もしかしたら、物の怪の仕業かもしれない」

 君嶋くんは、ほんのちょっとだけど、物の怪の気配を感じ取ることができる。

「気配がするの……?」

「なんとなくしか、俺には分からない」

 君嶋くんが、険しい顔をしている。

「女子の皆、ちょっと心配だね」

「そうだな」

 こういうとき、頼るのはあのひとだ。

 わたしたちは、学校の帰りにシギノ不動産に寄ることにした。



 シギノ不動産の奥の部屋。

 わたしと君嶋くんは、シギノに謎のイケメンの特徴を伝えてみた。すると……。

「それは、桂男かつらおとこかもしれませんねぇ」

「かつらおとこ……?」

 わたしは、首をひねった。

「そういう、物の怪がいるんですか?」

 君嶋くんが、シギノにたずねる。

「まぁ、人間でたとえるなら、ヒモ男といった感じでしょうか」

「ひも?」

 わたしの頭の中に、細なが~~い、ヒモが浮かんだ。

「想像してるの、たぶん間違ってるぞ」

 横に座っている君嶋くんが、ため息をはきながら言う。

「あ、違うの? っていうか、わたしが考えてること、よく分かったね!」

 感心しているわたしに、シギノが笑いながら「ヒモ」の説明をしてくれた。

「仕事をせずに、恋愛関係にあるパートナーに頼って生活をするひとのことです」

「そうなんだ!」

「桂男は、他者を惹きつける、美しい容姿をしています。笑顔に力があって、彼に微笑みかけられると、つい心を許してしまうんです。魅入られる、といった感じでしょうか」

「すごい力ですね!」

 どれくらいイケメンなんだろう。

 笑いかけられたら、わたしも皆みたいに心を許しちゃうのかな?

 ちょっと怖い気もするけど、会ってみたいかも……?

 そんな風に、考えていたとき。

「祓わないんですか?」

 君嶋くんが、シギノに聞いた。

「桂男に悪意はないんです。微笑む力を利用して、人間をそそのかすといったこともありませんしね」

 そういえば、澄果も「あいさつ」をしただけって、言ってた……。

「それに、ヒモといっても人間に養われているわけではないようです。たいてい面倒見の良いタイプの物の怪が、そばにいて面倒を見ているという感じらしいですよ」

 物の怪の情報は、定期的にシギノのところに集まってくるみたい。

 さすがは祓い屋だなと思った。

「人間に実害がない以上、僕には祓えません」

「……クラスの女子たちが、魅入られてしまったようなんです」

 そうだ。それが皆のことが心配で、わたしと君嶋くんは、ここに来たんだった。

「それなら大丈夫ですよ。しばらくすれば、正常に戻りますから」

 桂男の微笑みの力が効くのは、長くても一ヶ月くらいなんだって。

「だったら、まぁ安心だな……」

「うん!」

 わたしと君嶋くんは、お互いに顔を見ながら、ほっと息をはいた。



 日曜日。わたしと君嶋くんは、雪乃さんのお店に向かった。

 今日は、めずらしく『きらきら☆スノー』にお客さんの姿が見えない。

 そのかわりに、ガタガタ、キュルル――、という工事の音がしている。

 雪乃さんのお店があるのは、古い雑居ビルの一階なんだけど、そのビルがちょっとした改装工事をしているみたい。

 だから、今日は臨時休業なんだ。

 お店が営業していないのに、どうしてここに来たのかというと。

 それは、新商品を考えるためなんだ。

「……俺は、まったく力になれる気がしない」

 わたしの隣には、テンションの低い君嶋くん。向かいには、やる気全開の雪乃さん。

「そんなこと言わないで~~! 一緒に考えてよ~~! 私なんてね、ほら、もうこんなに思いついたんだから」

 雪乃さんがメモを見せてくれた。そこには……。 

『あまあま♡はちみつたっぷり♡ふわほわパンケーキ』

『あまあま♡イチゴちゃん♡ふわほわパンケーキ』

『あまあま♡チョコバナナ♡ふわほわパンケーキ』

 見ただけで胸やけするようなメニューが、ずらりと並んでいた。

 実は、新商品というのはパンケーキのことなんだ。

 これから涼しい季節になっていくから、かき氷だけでは売り上げが落ちるかも!? って、雪乃さんは考えたみたい。

「パンケーキにはね、バニラアイスが追加できるようにしてね。それから、もちろんホイップは盛り盛りで~~!」

 楽しそうに、出来上がりのイメージイラストを描く。

 うきうきしている雪乃さんを見ていたら、わたしもアイデアが浮かんだ。

「期間限定メニューとか、どうですか? わたし、コンビニとかで期間限定って見ちゃうと、ついつい買っちゃうんです。チョコとか、クッキーとか」

「それ、良いじゃんーー!」

「季節感を出すのは、どうでしょう? たとえば、秋だと……」

 えっと、なにがあったっけ?

「サツマイモとか、マロンだろ」

「それだ!」

 君嶋くんの発言に、わたしはうんうんとうなずく。

「よ~~し、だったら、こうして、こんな感じで……」

 雪乃さんが、ノートにスラスラと出来上がりイメージを描いていく。

 商品名も決まったみたい。

『あまあま♡蜜サツマイモ♡ふわほわパンケーキ』

『あまあま♡マロンマロン♡ふわほわパンケーキ』

 君嶋くんは見た瞬間、ウッとした顔になった。そして胃をさすっている。

「想像したら、甘すぎて胃がもたれた……」

「ちょっとぉ~~! 食べる前からそんなこと言わないでよ」

「……そもそも、パンケーキとか焼いていいんですか? かなり暑いと思うんですけど」

「わたしも、それ気になってました。大丈夫なんですか……?」

 雪乃さんは、雪女。暑いのが、とっても苦手だ。

 かき氷と違って、パンケーキは熱々でお客さんに提供する。だから、心配なんだけど……。

「うん、まぁ。ちょっと、手伝ってもらおうかなって」

「誰にですか?」

「えっと……」

 めずらしく、雪乃さんの歯切れがわるい。

「も、物の怪なんだけどね……」

「え? 物の怪さんですか」

「アルバイトを雇おうかと思って」

「なるほど! パンケーキはそのひとに焼いてもらうんですね。それだったら安心です!」

 雪乃さんの体が心配だったから、良かった。

「どんな物の怪なんですか?」

 君嶋くんが、じっと雪乃さんを見る。

桂男かつらおとこっていうんだけど……」

 雪乃さんが、ぼそりと言う。

 か、桂男……!?

 わたしと君嶋くんは、思わず顔を見合わせた。  

「すっごく、イケメンの物の怪さんですよね……?」

「笑いかけたら、相手が魅入られるっていう、あの桂男ですか……?」

「そうだけど。ふたりとも、よく知ってるね?」

 雪乃さんが不思議そうな顔をする。

「それが、実は……」

 わたしたちのクラスの女子が、すっかり桂男さんに魅入られてしまっていること。

 そのことが心配で、シギノに話を聞きに行ったこと。教えてもらったこと。それを、雪乃さんに打ち明けたんだけど……。

「あの、バカ男……! 性懲りもなく、女の子たちにヘラヘラして……!!」

 雪乃さんの眉が、ぎゅーーっと寄った。目は、キリッとつり上がっている。

 うきうきしながら、新作パンケーキのイラストを描いていたのが、嘘みたいに怖い顔だ。

 なんか、すごく怒ってる……?

「わたし、マズいこと言っちゃったのかな?」

「いや、大丈夫だろ。怒ってるのは、間違いないと思うけど」

 君嶋くんとコソコソしゃべっていると。

 カラッと入口の扉が開く音がした。

 お店に入ってきたのは、若い男のひとだった。年齢は、二十代前半くらい。すらりとした体型で、なにより。

 すごーーく、イケメンだった。

 くっきり二重に、ツンと高い鼻、カタチの良いくちびる。

 たぶん、きっと。このひとが桂男さんだ……!

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