第12話 桂男の願い

「ちょっと! 桂良かつら! アンタまた、性懲りもなく女の子をナンパしたの!?」

 雪乃さんが、桂男さんに向かって叫ぶ。

 どうやら、桂良さんというのが名前みたいだ。

「え? ナンパ? ぜんぜん記憶にないんだけど……」

 おっとりした口調で、桂良さんはこたえる。

「あちこちで愛想を振りまいたんでしょ? 桂良がそれをしたらね、もうナンパと同じなの! ちゃんと自分の力を自覚しなきゃダメでしょ!」

「うんうん、ごめんな? なんか、小学生女子が歩いてて目が合ったからさ。つい、ほほえましいなと思って、ニコッてしちゃったんだよ」

「まったく。これで何百回目よ! 幼稚園児からご婦人まで、目が合ったらニコニコしちゃって!」

「俺がわるかったから。ごめんな? 許してくれる?」

 ぷんすか怒る雪乃さん。

 そして、それをなだめる桂良さん。

 なんとなく。なんとなーーく、なんだけど。

 気になる。ふたりの関係。会話の感じとか、とっても良い雰囲気なんだ。

 雪乃さんは、怒ってるんだけど、本気で怒っていないような。それを、桂良さんも分かっているみたいな……。

「なんか、気になるね……」

 わたしは、コソッと君嶋くんに話しかけた。

「幼稚園児からご婦人のことか? うん、それは俺も思った。ちょっと、範囲が広すぎるよな」

 え、ぜんぜん違うんだけど……。

 的外れなこたえに、わたしはガクッと力が抜ける。

「そうじゃなくて。なんか、かき氷屋さんの店主と、アルバイトの会話っぽくないっていうか。関係性が気になるっていうか……」

 もしかして、彼氏と彼女なんじゃない? って、わたしは思ってるんだけど。

 思い切って、ふたりにたずねてみた。

「あの、雪乃さんと桂良さんって、恋人なんですかっ……!?」

 わたしの声に、ふたりがピタッととまる。

「そんなんじゃないし! まっっったくの無関係だもん!!」

 雪乃さんが、力を込めて否定する。

 そうなんだ。でも、仲良さそうなんだけどなぁ……。

「無関係って、ひどいなぁ。むかしは恋人だったじゃない」

 あ、やっぱりそうなんだ!

 特別な関係なのかな? っていう雰囲気が、ふたりから感じられたんだよね。

「元恋人だったんですね……!」

 わたしが納得していると。

「黒歴史ってやつね……」

 雪乃さんが、疲れたような表情になる。

「くろれきし……」

 それって、なんだろう?

 わたしは、そおっと君嶋くんに視線をおくる。

「思い出したくない過去ってこと」

「なるほど」

 君嶋くんの翻訳に、わたしはコクコクとうなずいた。

「俺には、大切な思い出なんだけどな」

 ほがらかな表情の桂良さんを見て、雪乃さんは、ますます疲れた顔になった。

「アンタの浮気癖に疲れたのよ、私は……」

 どうやら雪乃さんは、桂良さんの「微笑む力」に、ずっと振り回されていたんだって。

 桂良さんに魅入られた女の子たちが、たくさんいて。

 いろんな女の子たちが、桂良さんのそばに集まってきて。

「自分の恋人がモテすぎるって、彼女にとっては、けっこうつらいものなのよ」

 いつもは、きゃぴきゃぴ元気な雪乃さん。今は、落ち着いた大人みたいな雪乃さんだ。

 雰囲気が違っていて、ちょっととまどう。

「それでね『お友だち』になったの。彼女じゃなくなったら、楽になるかなって思ったんだ」

「そうなんですか……」

「俺は、恋人でも友だちでも、雪乃のそばにいられたらそれでいいよ?」

 ニコニコ~~ってした顔で、桂良さんが言う。 

 雪乃さんは、かなり浮気癖に悩んでいたみたいだし。傷ついてもいたみたいなんだけど……。桂良さんは、あまり分かっていないみたいだ。

 雪乃さんの眉が、これ以上ないくらいに、ぎゅーーっと寄る。

 なんか。わたしまで、眉がぎゅぎゅ~~って寄っちゃった。思わず、雪乃さんに共感してしまったんだ。

 それから、少しだけ新メニューのことを皆で話し合って。わたしと君嶋くんは、『きらきら☆スノー』を出た。

 お店の外まで、雪乃さんが見送ってくれたんだけど。

「あんなこと言ったけど、本当は、私がダメなんだよ……」

「ダメって、なにがですか?」

 君嶋くんが問う。

「桂良の力のこと。微笑む力は、個性だから。それなのに、受け入れることが出来なかった。私は、ダメな物の怪なんだ」

 悲しそうに、雪乃さんがつぶやいた。

 わたしは、なんて言っていいか分からなかった。


 

『きらきら☆スノー』からの帰り道。

 君嶋くんの隣を歩く。

「これから寒い季節になっていくけど、雪乃さんのお店は安心だね。SNSで映えるパンケーキになりそうだし!」

「そうだな」

「……桂良さんの個性のことなんだけど。わたし、モテる個性って羨ましいなって、初めは思ったんだ」 

「羨ましい?」

「うん。だってさ、嫌われるよりは、好かれたいでしょ? 皆と仲良くなれるのは、良いなって思ったんだけど……」

 ついさっき見た、雪乃さんの顔を思い出した。自分のことを「ダメな物の怪」って言っていたときの表情。

 ズキン、と胸が痛む。

「好きなひとを悲しませちゃうのは、つらいなって感じた……」

 個性って、むずかしい。

「……そういえば、夏川は大丈夫だったのか?」

「わたし?」

「桂良さんと会っただろ」

「うん」

 あ、そっか。桂良の個性。

 桂良さんに微笑まれたら、女の子は魅入られちゃうんだ。

「そういえば、そうだね」

「そうだったね、って……」

 平然としているわたしを見て、君嶋くんは、ちょっと驚いているみたい。

 だって、本当になんともないんだもん。

「これから効いてくるのかな? ぜんぜん平気なんだけど」

「……女子だよな」

「女子だよっ!」

 ときどき、デリカシーがない君嶋くん。

 わたしは、キッとにらんでおいた。 

「あ、分かった! 君嶋くんのおかげじゃない? ほら、イケメンを見慣れてるから、大丈夫だったんだよ、きっと!」

 最近、学校が終わったあととか、お休みの日とか。わたしは君嶋くんと一緒にいることが多い。

 たぶん、目がイケメンに慣れてるんだと思う。

「イケメン……?」

 君嶋くんは、ちょっと驚いているみたい。

「うん、君嶋くんはイケメンじゃん? 正真正銘の」

「そうなのか……」

 ぼそりと君嶋くんが言う。え、まさかの自覚なし?

 というか、照れてる? 少しだけ頬が、赤い気がした。

 それから、数日後。

 学校から帰っている途中のこと。

 わたしと君嶋くんが、シギノ不動産のベンチで、休憩しているとき。とつぜん、桂男さんがあらわれた。

 君嶋くんが、さりげなくわたしの前に出る。

 まだ少し、桂良さんの「微笑む力」を警戒しているみたい。

 わたしはぜんぜん、大丈夫なんだけどな。

「俺たちに、なにか……?」

「ちょっと相談に、のってもらいたくてね」

 のんびりした口調で、桂良さんが言う。

「……相談って?」

「仕事のことだよ。雪乃から聞いたんだけど、君たち物の怪のために仕事を探したり、相談にのったりしてるんでしょう」

 雪乃さんから、わたしたちのことをくわしく聞いたみたいだ。

「えっと、桂良さんは、雪乃さんのお店を手伝うんですよね? おしごとは、もう見つかっているわけですし……。『きらきら☆スノー』でのことなら、わたしたちよりも雪乃さんに相談したほうがいいと思うんですけど」

 相談にのれることは、ない気がする。 

「実は、雪乃は『きらきら☆スノー』の店舗を増やしたいと思ってるんだ。とにかく、働くことが楽しくて仕方がないみたいで。自分の考えた商品を、たくさんのひとに食べてもらいたいんだって」

「そうなんですか!」

 すっかり大人気店になったし、二号店とか、三号店とか、夢じゃない気がする……!

「まぁ俺は、正直あんまりガツガツ働かなくてもいいんじゃない? って、思ったりもするんだけどね」

 おっとりな口調といい、桂良さんは、のんびりしたいタイプなのかも。 

「出た。ヒモ体質」

 君嶋くんが、ぼそりとつぶやく。そういえば、シギノがそんなことを言っていたっけ……。

「でも、雪乃がやってみたいって言うから。その夢、叶えてあげたいなと思って」

 さすが、モテモテな物の怪さんだ。

 考え方もイケメンなんだって、わたしは感心した。

「そういうことなら、協力します! 相談にのりますよ! ね、君嶋くん」

 雪乃さんの夢が叶うように、わたしも力になりたい!

「……仕方ないな」

 しぶしぶ、という感じだったけど、君嶋くんも納得してくれたみたい。

 さっそく、桂良さんから、具体的な話を聞く。

「雪乃の店は、特に営業活動はしていないけど、このままでいいのかなってこと。あとは、SNSの効果はあるんだけど、もっと違う方法でお客さんを増やせないかなと思っていて」

 なるほど。

 というか、桂良さん、すごく真面目に考えている。

 それだけ、雪乃さんのことを真剣に思っているんだなって感じる。

「……営業活動は、シンプルにSNSをやるのはどうですか? お客さんたちが情報を拡散してくれているから、必要ないって思うかもしれませんが。新商品のこととか、前もって情報を提供する意味はあると思います」

 さすが、君嶋くん!

 的確なアドバイスをしている。

 すっかり『おしごと相談』に馴染んでいる。なんだかもう、プロのひとみたい!

「たしかに、そうだね」

 桂良さんが、うんうんとうなずいている。

「あと、臨時休業とか、お店からのお知らせをお客さんに伝えられるのも、良いですよね!」

「それは良いね。実は、このあいだの改装工事のときは、張り紙で対応してたから」

 わたしの意見にも、桂良さんは良い反応をしてくれる。

「違う方法で、お客さんを増やすっていうのは……」

 うーーん、と君嶋くんが考え込んでいる。

 なかなかアイデアが出て来ないみたい。

 わたしも、なにか良い方法はないかな? って、考えていたとき。

 ふいに「出店募集」と書かれたチラシが目に入った。

 シギノ不動産の駐車場には、掲示板がある。地域のイベントのお知らせが、その掲示板に張られていたんだ。

 わたしは、そのチラシをじいっと見た。

 イベントは頻繁にあって、場所は商店街だったり、公園だったり、いろいろあるみたい。

「なに見てるんだ?」

 真剣に掲示板を見るわたしに、君嶋が声をかけてくる。

「イベントに出店するのは、どうかな?」

 わたしは、チラシを指さしながら、君嶋くんと桂良さんを見た。

「イベントか……」

「それは良いですね」

 ふたりの反応は、すごく良かった。

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