第13話 個性の力
全員でチラシを食い入るように見る。
チラシには、すでに参加が決定しているお店の情報も書かれていた。
布小物のお店や、珈琲豆の焙煎、占い、皮製品を取り扱う店舗が出店するんだって。もちろん、食べ物屋さんも。
たこ焼き、唐揚げ、ピザ、スパイスカレーのお店が並ぶみたい。
「おいしそ~~! わたし、スパイスカレーが食べたい!」
「けっこう、辛いんじゃないか?」
「わたし、辛いの大丈夫だもん」
家で、ママが作ってくれるカレーは中辛と辛口のあいだくらい。けっこう、大人の味なんだ。
「あ、ここ見て!」
出店募集のところに、小さく「飲食店を多く求めています」と書かれていた。
君嶋くんと桂良さんが、目を細めながらチラシをじーーっと見る。
「ほんとうだ、書かれてるね」
「これ『きらきら☆スノー』は、かなり歓迎されるんじゃないか? 飲食店は今のところ、スイーツ系が決まってないみたいだし」
「そうだね。たこ焼きに唐揚げ、ピザ、スパイスカレー……ぜんぶ、ご飯系だもんね」
君嶋くんの指摘に、桂良さんがうなずいている。
「甘いものは、ぜったいに必要ですよ!」
わたしは辛いものが好きだけど、同じくらい甘いものも好きなんだ。
なんか、うまくいきそうな気がする!
すっごく、やる気が出てきた!
「決まりだな」
「うん、チャレンジしてみるよ」
こうして『きらきら☆スノー』は、新たなお客さまの獲得をめざして、イベント出店を決めたんだ。
イベントに出店するのは、『きらきら☆スノー』の定休日。
テナントの関係で、雪乃さんのお店は、毎週水曜日がお休みなんだ。それで、イベント参加は水曜日に決まった。
◇
イベントに出店するようになってから、三週間が経った。
水曜日の、学校が終わったあとの夕方。
わたしは『きらきら☆スノー』にいる。向かいに座っているのは、雪乃さん。
お店が休みだから、店内にはふたりだけ。桂良さんは、商店街のイベントに出店しているから不在なんだ。
君嶋くんは、桂良さんのお手伝いに行っている。
もともとは、雪乃さんも出店の手伝いをする予定だったんだけど……。
「あーー! ダメ、終わらないよ~~!」
雪乃さんが頭をかかえた。
今、雪乃さんは事務作業の真っ最中なんだ。
「もう電卓たたきたくないよぉ~~! 数字も見たくない~~!」
さっきまで、電卓をダダダダッと勢いよくたたいていたんだけど。
ちょっと疲れちゃったみたい。
「少し、休憩しましょう!」
「うん~~! 休むーー!」
お店をやるのは、すごく大変だ。接客をする以外にも、いろんなおしごとがある。
売上げのお金を管理したり、発注をしたり。
発注といっても、お店の備品から、消耗品、かき氷やパンケーキの材料まで、たくさんのものを管理する必要がある。
普段は、お客さんがいっぱいで、すっごく忙しい。だから、事務仕事がたまってしまうみたい。
それで、雪乃さんはイベントに行かずに、ここで作業をしているんだ。
わたしは、そのお手伝いをしている。
イベントのほうも気になるんだけど、大変そうな雪乃さんを放ってはおけない。
それで、今日は君嶋くんと別行動をしているんだ。
「はぁ~~! やっぱり、可愛いものを見てると癒される~~!」
雪乃さんは、SNSを見ていた。『きらきら☆スノー』のアカウントだ。
新商品や、お店の休業日、いろんな情報をお知らせするためのアカウントをはじめた。
雪乃さんは、画像の加工が得意みたい。とっても上手なんだ。
商品の背景をギラギラにしたり、ゴテゴテにしたり。
君嶋くんは「画面がまぶしすぎる」って、渋い顔をしてたけど。
わたしは、雪乃さんらしいなって思った。
お店のアカウントは、もちろんフォローしている。雪乃さんは、SNSの更新もがんばっていて、毎日のように通知が届くんだ。
寝る前に、美味しそうなかき氷やパンケーキを見ると、つい食べたくなっちゃうから注意が必要なんだけど。
でも、その「食べたい」っいう気持ちが、お店の売上げにつながると思う。まめに更新するのは、大事なんだなって気づいた。
『きらきら☆スノー』のアカウントを見ていたら、君嶋くんからメッセージが届いた。連続でポンポンポン、と送られてくる。
『忙しすぎ』
『モテすぎ』
『雪乃さんに振られるの分かりすぎる』
続いて、画像も届いた。
お客さんが、たくさん並んでいる様子が映っている。
君嶋くんが「忙しすぎ」って言うのも分かる。行列が、ずらずらーーって、すごいんだ。
お客さんは、やっぱり若い女の子たちが多いみたい。
二枚目の画像では、桂良さんが、ニコニコ笑っていた。
柔らかい表情。女の子にかこまれる桂良さん。
女子は皆、うっとりした目で桂良さんを見つめている。
これは「モテすぎ」って、言いたくなるのが分かる写真だ……。
「萌音ちゃん、どうかした~~?」
「え? い、いえ!」
わたしは、ビクリと肩を揺らした。
桂良さんがモテモテなこの画像は、雪乃さんに見せないほうがいいよね……?
「君嶋くんから? 今日のイベントは、順調なのかなーー?」
「す、すっごく大盛況みたいですっ! 長い行列が出来てるみたいで……!」
わたしは、一枚目の画像だけを雪乃さんに見せた。
「良かった~~!」
「新たなお客さんを獲得できたら、雪乃さんの夢に一歩近づきますね!」
「うんっ! あま~~くて、美味しいものを食べたら、幸せな気分になるじゃん? 可愛いものを見たら、テンションがあがるし。それが合わさったら、最強に元気になると思うんだ。私、お客さんに元気になってもらいたんだ!」
夢を語る雪乃さんは、生き生きしている。
『きらきら☆スノー』が順調で、本当に良かったって、思っていたんだけど。
それから数日後、事件が起こったんだ。
◇
シギノ不動産の駐車場。
雪乃さんが、ベンチに力なく座っている。
実は、『きらきら☆スノー』の常連のお客さんが、行方不明になっちゃったんだ。
昨日から、自宅に帰っていないみたい。
雪乃さんは、昨日「栞ちゃんがお店に来ない」って、少し気になっていたんだって。
「毎日来てくれる子だから。でもまさか、行方不明になってるなんて……」
しぼりだすような声で、雪乃さんが言う。
今日は土曜日だから、お店は営業する日なんだけど。栞ちゃんのことが心配で、お休みすることにしたみたい。
「も、もしかしたら、私のせいかもって思って。それで……」
雪乃さんが、涙目になった。
「どうして、自分のせいなんて思うんですか……?」
「……私が、物の怪だから。もしかしたら、わるい物の怪に目を付けられたのかも。だって、栞ちゃんはね、事件に巻き込まれるような子じゃないんだよ。大人しい子だし、良い子で、ぜんぜん不良とかじゃないんだ」
家出の可能性は、低いみたい。
うなだれた雪乃さんの肩を、桂良さんがささえている。
「人間と物の怪が、仲良くしていること。不満に思う物の怪もいるんだ。本当に、ごくまれになんだけどね」
桂良さんが、雪乃さんの肩をさする。
「わ、私のお店の常連になったばっかりに、なにか、じ、事件に巻き込まれてたら……」
「考えすぎですよ……! きっと、大丈夫ですから!」
なんとか、雪乃さんをはげましたい。
「狙われるなら、接点の多い俺たちのほうだと思うんで。ぜったいに見つかると思います」
君嶋くんの力強い言葉に、雪乃さんのかたい表情が、少しゆるんだ。
「雪乃。栞ちゃんって子を探すのに、なにか手がかりになりそうなことないか? 気になったこととか」
雪乃さんは、真剣な顔で考え込んだ。けれど、手がかりになりそうなことは、記憶にないみたい。
ゆっくりと首を横にふった。
「……とにかく、やれることをしましょう。他の常連さんで、事情が知っているひとがいるかもしれません」
「そうだね」
さっそく、SNSで呼びかけた。
すぐに、ぽつぽつと情報が届き始める。SNSの力はすごい。『きらきら☆スノー』のアカウントを開設して良かったと、改めて思った。
『栞ちゃんを見かけた』
という情報があれば、それがいつなのか。誰と一緒にいたのか。ひとつずつ確認していく。
最後に彼女が目撃されたのは、駅のホーム。一緒にいたのは、同級生だということが分かった。
「あ、この同級生の女の子、知ってる……」
「雪乃さん、それ本当ですか?」
「うん、いつも栞ちゃんと一緒に、お店に来てくれる子だよ」
「たしかに、見覚えあるな」
雪乃さんと桂良さんが言うなら、間違いない。
さっそく、同級生のところへ向かおうとしたんだけど。
「どこに住んでるか、知らないですよね……?」
君嶋くんと、雪乃さんは、うなずいたんだけど。
「ちょっと時間かかるけど、分かると思うよ。その子の連絡先は知らないんだけど。イベントに来てくれるお客さんの中に、たぶん友だちの友だちがいたはず……」
そう言って、桂良さんはスマートフォンを操作する。
「……もしかして、お客さんと繋がってるんですか?」
君嶋くんは、ドン引きしているみたい。
「今は非常事態だから、なんでもいいわ。IDが分かる女の子全員に連絡して」
雪乃さんが、桂良さんに指示をした。
その結果、なんと本当に、同級生の女の子にたどり着いたんだ。
連絡してみると、彼女はやって来た。すぐに栞ちゃんのことを聞いてみたけど「知らない」と言うばかりで……。
「私、本当になにも知らないんです!」
「知らないって……。一緒にいるところ、何人ものひとが見てるんだぞ」
「そうよ! どうして隠すの!? お願い、言ってよ!」
君嶋くんと雪乃さんが、いっしょうけんめい説得する。
「たくさんのひとが協力してくれているんです。わたしたちも心配していて。だから、教えてくれませんか?」
わたしも、なんとか頑張ってみたんだけど……。
こわばった表情で、彼女は「知らない」「関係ない」を繰り返すばかりで。かたくなな態度に、わたしたちは、どうすれば良いのか分からなくなってしまった。
困ったなぁ……。
そう思っていたとき。
「君は、栞ちゃんの友だちなんだよね?」
桂良さんが、優しい口調で語りかけた。
「そ、そうですけど……」
「友だちが行方不明になったら、普通なら心配になるよね。俺たちみたいに情報を集めたりして、必死に探そうとする」
たしかに、そうだ。でも、彼女は……。
「君は、そうしていない。栞ちゃんが行方不明になった理由を知っているからだ」
彼女の顔色が、明らかに変わった。
「栞ちゃんは、本当は家出したんじゃない? 駅から電車に乗って、自分の意志で姿を消した。君は、駅まで一緒に付き添って、その場面を何人かのひとに見られていたんじゃないのかな」
決して怒らず、急かさず。
いつものおっとりした口調で、微笑みながら、桂良さんは彼女に問いかけた。
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